・第百三十三話 『分体』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君は覚えているだろうか?
兄貴がそれに気付いたのはいつだったか・・・。
竜兵は面白い奴だ。
同じ幼馴染という間柄であっても君や秋広と違い、明らかに人を選ぶであろうおれとウララ。
だがそんなおれたちにとっても、あいつは可愛い弟分。
その点に関して一切の齟齬は無かった。
この世界に来てからの成長・・・目を見張る物がある。
決して泣き言を言わない。
それどころか率先して他者を救おうとしている姿には、柄にも無く目頭が熱くなる想いだったりする。
そんな中で気付いたこと。
絶対不変、あいつのアイデンテティーとして変わらない事がある。
そう、ドラゴンに対する感情だ。
この世界のドラゴンには確かに意思が存在している。
人化するバイアやアリアムエイダなんてその極端な例だろう。
おれだって意思疎通のできる存在に思うところはある。
だが、竜兵の場合は違うんだ。
たとえその姿が魔物然としたドラゴンでも、相手がドラゴンならば竜兵は迷い無く飛び込む。
たしか・・・『リ・アルカナ』を始めた時にはすでに、「ドラゴンフォォォォ!」って言ってたよな?
■
「神殿が襲われている。」そう告げたアリアムエイダは、胸を押さえ苦しんでいる。
その上身体が激しく明滅し、端々から光の粒子を散らし始めた。
たとえその身が分体と知っていても、とてもじゃないがまともな状態には見えない。
抱きかかえたおれの腕の中、彼女は竜兵に向かって必死に手を伸ばす。
「エイダ姉!」
叫んだ竜兵がその手を握る。
深刻な顔で何事か悩んでいた様子のバイアも、慌てておれたちの側に駆け寄ってきた。
他の面々もそうだ。
外敵を見張る必要のあるヴィリスと、身体的に不可能な『水竜』、それ以外の仲間たちは、ついさっき現れたばかりの彼女にすっかり心根を寄せていた。
「エイダ姉、辛そうだけど教えて!おいらたちがきっと助ける!」
決然と、そして真摯に誓う竜兵。
おれも後押しするように、彼女の瞳を見つめしっかりと頷く。
当然それに逆らう者などこの場には居ない。
アリアムエイダは竜兵と握った手も、その瞳から流れる涙もそのままに、本体の危機を伝えた。
「結界の基盤となる神殿が攻撃されておる。防衛しておった水棲魔物たちは、すでに七割が『幽霊船』に殺され、その内五割はアンデッドに変えられた後、こちらへの攻撃陣に組み込まれおった。特に神殿周りはひどい・・・妾の本体が手強いと見るや、毒攻撃と遠距離砲撃に切り替えたようじゃ。」
「そんな・・・。」
シルキーが思わず呟く。
ぎゅっと握り締めた手が、色を失うほど白くなっている。
水棲系の魔物・・・それがアンデッドになったとは言え、今まで味方だった者、アリアムエイダを始め他の同族たちに襲い掛かっている。
『イリーン階段丘』で彼女自身が経験した、魔物同士骨肉の争い。
その悪夢が蘇ってもおかしくはない情報だ。
すっかり親友と言える間柄になったであろうアフィナが、彼女の背を優しく撫でて必死に慰めている。
「アニキ・・・あの特技かな?」
「『死屍累々(コープスフェスティバル)』じゃないし、おそらく『幽霊船』の方だろうな。」
そんな二人の様子を目端で気にしつつも、竜兵とおれは問題を確かめ合っていた。
『幽霊船』・・・異界の英雄級盟友であり、かつ『謎の道具』としてもカウントされる存在。
見た目は50mサイズ、ボロボロの帆船。
しかし正面には巨大な衝角、両舷に多数の砲門を抱え、毒の散布などと言った厄介な特技を幾つも有している。
特に厄介なのが『屍起官』と言う特技だ。
これは『幽霊船』に倒された盟友が、その指揮の下にアンデッドとして復活すると言うもの。
この災厄の船は、維持費として一定時間にアンデット一体の生贄を要求するのだが、『死屍累々(コープスフェスティバル)』で生まれた個体を最初の贄にしてしまえば、後は回りに生物が居る限り『屍起官』で調達。
まさに半永久機関に成り代わってしまうのだ。
どうやらそちらはすでに、最悪の無限ループが始まってしまったと見るしかない。
おれ、竜兵どちらも疑う余地は無かった。
その上敵は『幽霊船』だけじゃない。
『死屍累々(コープスフェスティバル)』の効果で生み出されたアンデットの残党と、アンデットと化した水棲系魔物たち。
詰んでいる・・・とは言わないが、簡単な話じゃないのは明らかだ。
そしてもちろん場所が悪い。
すでに呼吸を必要としないアンデットなら問題ないのだろうが、残念ながらこちらのメンバーはほとんどが陸生だ。
唯一人魚であるヴィリスや、ローレン、オーゾルと言った水属性のメンバーが居るくらいで、主力であるおれ、竜兵、バイアは水中戦が得意な訳じゃない。
そんなことを考えていると、アリアムエイダがおれの思考を読んだのか、「それについては・・・少しだけ朗報が・・・。」と言った。
「「朗報・・・?」」
おれと竜兵、疑問の声がハモる。
「うむ・・・妾の守る神殿の周辺、そこには乾いた陸地がある。妾は神殿の上にある海域にて迎え撃っておる形なのだ。」
(そうなのか・・・だが、それならどうして?)
陸地があるのは確かに朗報。
だがアリアムエイダ自身は海域に居ると言う。
しかし人魚族のような陸上不適正があるならまだしも、『幽霊船』は水域に強いだけで、意外にも陸上で問題無く航行できる。
だとすればアリアムエイダの本域である海中よりも、陸上から攻めた方が良いんじゃないだろうか。
「妾とて神に比肩すると言われた龍族よ。寄ってくれば如何様にでも・・・ゆえに『幽霊船』は乗組員と遠隔砲撃によって攻撃しておるのだ。乗組員はまだしも、毒と遠隔砲撃はどうにもならぬ。」
おれの疑惑を自身の能力の高さであっさり否定するも、遠距離に手が出ないことを吐露するアリアムエイダ。
確かにおれたちも遠距離攻撃は苦手と言うほか無い。
「タウンハンター」氏を見つけた暁には、数発の肩パンは覚悟してもらおう。
■
「す・・・済まぬ・・・。もう分体が持ちそうに・・・。」
苦悶の表情を浮かべるアリアムエイダ。
すでにその半身は光の粒子に変わって消えていた。
「ヴィリス、あとどのくらいだ?」
アリアムエイダを案じながらも、おれは静かに道程を尋ねた。
「殿下・・・あと二刻は・・・。」
だめだな・・・。
到底そこまで持つ気がしない。
竜兵も同意見なんだろう、八の字眉毛で首を振る。
「速度を上げてくれ。」
「しかし!」
おれの言葉に即座に反対するヴィリス。
使役者であるおれに彼女が逆らうのは、真実これ以上の速度アップが人体に宜しくない影響を与えるからなのであろう。
ローレン、オーゾルの水属性な二人のおっさんも、決して賛成ではないようだ。
止むおえないという半ば諦めに似た表情を見せつつも、一応は首を振り否定の意を示す。
その時アリアムエイダが小さく何かを呟き、残っていた半身を完全な光球に変えてバイアの胸の中へ飛び込んだ。
光球を受け止めバイアが、「なるほどのぅ・・・。」と一人ごちる。
おそらくはアリアムエイダの何かしらを受け取ったんだろう。
そしてそれはきっと、現状打破に繋がる一手。
「お竜ちゃん、済まんが紋章を出してくれんかのぅ?」
「じっちゃん!?何か手が?」
少々訝しみつつも、竜兵もアリアムエイダの置き土産に思うところがあるのか、即座に『魔導書』を展開する。
竜兵の目の前に現れるA4のコピー用紙サイズ、六枚のカード。
「三つで良いの?」と聞きながら、一枚のカードを選択する竜兵。
「うむ。泡の紋章を頼むぞい。」
バイアの返答に、竜兵は紋章を産み出すことで答えた。
そしてバイアが紋章に手を伸ばす。
紋章が静かに掌に吸い込まれ、バイアが両手をパチンと合わせる。
するとどうだろう。
バイアの全身から生まれた気迫のようなものが、おれたちの船を包む水泡、更にその周りにまで展開し、徐々に長大な姿に変わっていく。
青銀色の輝き・・・そう、最初におれたちの前に現れた、アリアムエイダのドラゴンモードそのもののような竜のオーラ。
それが船と水泡を完全に覆い尽くした。
「これで・・・なんとか、なるはずじゃ・・・。」
甲板にガクリと膝を突くバイア。
額には滂沱の汗が流れ、その顔色は決して良くは無い。
「じっちゃん・・・。」
心配そうに駆け寄る竜兵に、「なぁに、年寄りの冷や水って奴じゃよ。」と微笑むバイア。
どうやら『海龍』アリアムエイダの分体と、『古龍』バイアを持ってしてもなかなかに大変な作業だったらしい。
だがせっかくの二人の頑張りだ。
無駄にするわけにはいかない。
おれはヴィリスを再度目線で促した。
「了解です、殿下。往きます!」
その言葉に反応し、オーラの竜に変わったアリアムエイダの分体が「ルゥゥゥオン!」と鳴いた。
船が今までとは明らかに違う、斜め下方を向けて傾く。
「エイダ姉、安心して!おいらは絶対にドラゴンを守る!」
竜兵の気合と共に、船は斜め下へ向けて爆進を始めた。
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