・第十三話 『大会議場』
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今話は三人称で進みます。
セイ視点ではありません。
『精霊王国フローリア』の遥か北、リラ大平原や多数の小国を挟んだ先にそれはあった。
中央の巨大な噴水広場を中心に、近くは富裕層が住むであろう邸宅や、果てはバラックのようなスラム街、東西南北におよそ30kmづつは広がっているであろうか?
街を行き交う人々の顔は皆一様に明るい。
それはあくまで、人族だけのものである。
見るからに角を生やした魔人族、羽根を生やした有翼種、妖精種であるエルフやドワーフなどは皆、足に鉄球や首輪などをはめられ、馬車馬のように労働させられている。
つまり『奴隷』である。
ここは、人族至上主義国家『レイベース帝国』の城下町。
その城下町を見下ろす形で建っている、巨大な白亜の城。
中世の洋城のような美しい外見にそぐわないのは、不思議な光沢を放つ金属製の二足歩行機体『魔導兵器』が、そこかしこで軍服を着込んだ兵士ともどもうろついている姿のせいだろう。
そこは『紅帝』カーマイン・G・レイベースの居城であり、『戦神』オーギュントの神殿でもある『アークキャッスル』。
その一階にある会議場、中央に玉座を抱いた半円状の広間、議席の数は50程だろうか?
日本で言えば、国会議事堂のような物を想像していただきたい。
そこには今、『レイベース帝国』の重鎮とも言えるべき、将校や文官団、魔術師ギルド長などと、主だった貴族たちが集まっていた。
場内は決して静かではないが、大きな声で話す者も居ない。
映画館での開場直前のざわめきのようである。
小さなざわめきは、兵士のかけた大声で止められた。
「『紅帝』カーマイン様のご入場です!!!」
一瞬にしてざわめきを止めた会議場の、一際巨大な意匠扉が開く。
会議場に居る者全員が、右拳を自分の左胸へと付けて臣下の礼を取る。
扉の先には、燃える炎のような赤い髪、青い目を鋭く光らせ無精髭を生やした、筋肉質な壮年の男が現れた。
この『レイベース帝国』を、自代でエウル大陸最強の軍事国家へと押し上げた男。
『紅帝』カーマイン・G・レイベースである。
■
カーマインは、一度会議場全体を見回した後、ゆっくりと空席だった玉座へ向かう。
そして深々と玉座に腰掛け、片手を上げて「ご苦労。」と言った。
それを聞いた会議場の参加者たちは、一度深々と頭を下げた後各々の席へとつく。
会議場は「ほぼ」埋まっている。
空席は最前列に、三つ。
それを見止めたカーマインが、側仕えの秘書官に尋ねる。
「ガキと爺は不在か?ツツジ殿は・・・まぁいいか。」
「はっ!『皇太子』デューン様と、『剣聖』ディオル老は東の村落に出没した『多頭竜』退治に向かうと言伝てられました。ツツジ様は・・・」
秘書官が答えようとした時、緊張した会議場には不似合いな陽気な声が響く。
「陛下、ちゃんと来てますヨー。」
そこには、先ほどまで確かに空席だった最前列の一席に、まるでずっと居ました。とでも言わんばかり、白いローブを目深に被った人物。
顔は奇怪な猿の面で隠されているが、声からして男だと思われる。
そしてその白ローブの男の背後に、付き従うようにもう一人白ローブの人物。
こちらは狐の面で顔を隠しているが、ゆったりとしたローブでも隠しきれていないその豊満さは、
女性で間違いないだろう。
会議場が一瞬静まり返るが、あちこちから「相変わらず面妖な・・・」「なにゆえ陛下はあのような者を・・・」などと囁き声が広がる。
「・・・ツツジ殿、おられるのなら良いのだ。」
少し嘆息気味に苦笑うカーマインに、異を唱えた男が居た。
「陛下!良くありませぬ!ツツジ殿、陛下の御前である、その面は失礼に当たろう?」
そう言って猿面の男ツツジににじり寄ったのは、ごましお頭を短髪に刈り上げ左目を刀傷で塞がれた巨漢の中年。
諸外国に、『レイベース帝国』にその人在りと言わしめた、『大将軍』ガイウス・O・マケドナルである。
その怒気を受けツツジは、ひょいと立ち上がり猿面とフードをささっとはずす。
そこに現れたのは、金髪のツンツン頭と下品なほどに多数開けられた、片耳のピアスさえなければ、本当にどこにでも居そうな青年の顔。
「いやぁ、『大将軍』様済みませんね~、なんせ東方のド田舎出身なもんで、大目に見てやってくださいヨー」
とのたまいながら、話は済んだとばかりに席につこうとするツツジに、なおも食い下がるガイウス。
「従者の者がまだであろう?」
顎で促すガイウスの前に、手をひらひらと振りながらツツジは立ち上がり、
「いやぁ、彼女顔に大きな傷跡があってですねー、一応女の子なんで勘弁してあげてくださいヨー、顔の傷でも『大将軍』様みたいに陛下を守った傷とかなら、箔もつくんでしょうけど?それとも『レイベース帝国』の『大将軍』様ともあろう方が、大勢の前で淑女の恥らう姿が見たいとでも?」
と、ガイウスの顔の傷を揶揄しながら、軽薄に笑いかける。
「貴様っ!」
顔をゆでだこのように真っ赤にし、一瞬で激昂しかけたガイウスを、脇から一人の青年が腕で制す。
「お二方とも、ここは会議の場だ。喧嘩がしたいのなら訓練場にでも行ってくれ。」
短めの黒髪に眼鏡をかけた冷たい相貌、襟付きの青い将校コートを羽織った人物。
『レイベース帝国』の『魔導兵器』大隊を統括する、『魔導元帥』キルア・アイスリバーである。
「ガイウス殿、陛下を思う気持ちはわかるが、ここは争う場ではない。あくまで話し合う場所だ。それにツツジ殿も、少なくとも・今は・我々の味方なのだ。そうだろう?ツツジ殿?」
ガイウスを自分の席に促しながら、多分に含みある言い方で、ツツジにその冷たい相貌を向けるキルア。
その空気を遮る様に、カーマインが声をかける。
「もう良い、その辺にしておけ。ガイウスもキルアも帝国の未来を案ずる同志であろうに。それにツツジ殿はあくまで余の客人ぞ。会議に出てくれておるのも、『特設内政顧問』の責務を果たすためだけに過ぎぬ。余が無理言って頼んでおるのだ、わかるな?」
カーマインの取り成しに、三者三様で礼をすると各自席につく。
会議場に流れていた、鉛のような空気がやっと動き出し、そのやり取りを固唾を呑んで見守っていた参加者たちも思わずほぅっと息を漏らす。
そして・・・
■
「バカなっ!」「信じられませぬ!」「斥候の職務怠慢、もしくは臆病風に吹かれて幻でも見たのではないか!?」まさに、喧々囂々。
会議は、大荒れに荒れていた。
主題となった『精霊王国フローリア』への侵攻作戦、まさにその立案中に火急の報せが入ったのだ。
それは・・・第18偵察小隊が、『双子巫女』セル・ネルの守護する結界塔の異変を感知し、偵察に赴くが、魔導鎧にて武装したオーガを含む隊員四名を損失、隊長のみがたまたま携帯していた魔道具『帰還の氷』にて命からがら帰還した。という物だった。
そこまではまだ良い。
正確には良くは無いが、瑣末に思えた。
問題は敵勢力。
謎の狼型魔獣、漆黒の法衣を着た魔導師、精霊使いと思わしきエルフ?の少女。
そして、20年前の大戦で消息不明になった、『永炎術師(クリムゾン・オブ・エターナル』プレズント。
その名が報じられた時、会議場は一瞬静まり返り、その後怒号に満ち溢れた。
カーマインはそれを静かに聞いていたが、
「気になるか?『氷の賢者』プリエイル」
と、一人の男に問いかける。
その男は、茶色のローブを纏った寡黙な男。
茶髪、茶色の瞳、肌の色、全てがとても色素が薄い。
「・・・いえ。」
『氷の賢者』プリエイルと呼ばれた男は、一瞬だけ眉を顰めるが即座に否定する。
気にならないと言えば、嘘になるだろう。
当時、帝国と袂を別ったとは言え、同じ師を仰ぎ血を分けた弟。
それが『三賢人』の一人『氷の賢者』プリエイルと、ギルド『伝説の旅人』に所属する『永炎術師』プレズントの関係だった。
それはさておき・・・そう思いながらカーマインは、誰ともなしに問いかける。
「・・・事実だと思うか?」
それに答えたのはツツジだった。
「陛下、間違いないと思いますヨー?おれも不自然な魔力を感じたんで、調べてみたけど十中八九本当でしょうネー。」
自信満々に答えたツツジ。
「ツツジ殿?それはいつもの『遠見』か?」
カーマインも、ツツジの異能を知っているゆえ、その情報がほぼ確信に変わる。
「んーまぁ、そんなとこですネー。能力の詳細は明かせませんがネー。」
軽い調子で答えるツツジだが、カーマインとて深追いはしない。
カーマインにとっても、ツツジは決して信頼できるとは言いがたいが、役に立つ男なのは間違いないからだ。
「そうか、ならば『精霊王国フローリア』に、『永炎術師』が与しているかもしれないと仮定して立案せねばならんな。」
カーマインは大きすぎる障害に、半ば眩暈すら覚えながら会議の再開を促した。
■
ツツジと狐面の女性は今、ツツジの与えられた執務室に居た。
左右の壁際に、大量の蔵書を備えた本棚。
デスクには、書類が山のように積まれている。
ツツジがおもむろに、指をパチンッと鳴らす。
一瞬で景色が変わる。
そこはどこか、あの空間に似ていた。
そう、セイが『カードの女神』と対面した、真っ白な空間だ。
趣が違うのは、白い空間の真ん中に一台の事務デスクのようなものと、脚に車輪の付いた事務椅子、そしてデスクの上にPCのモニターのような物が乗っていること。
その空間に飛んだ、ツツジと狐面の女性。
いや、もう狐面ははずし、ローブもはだけている。
それは黒髪の美女だった。
年の頃二十歳前後と言った所だろうか?もちろん、顔に傷など見当たらない。
突然、弾かれたように笑い出すツツジ。
「くふ、くふふ、くふふふふふ、。」
「はぁ~、なんでガイウスとわざわざ揉める訳?」
責めるような目線の美女に、
「いやー、だってあのおっさん、からかいがいありすぎだろ?」
会議場に居たときとは、まったく違う口調で話すツツジ。
軽薄さが色を増している。
「それで?見せたい物って何よ?浩二。」
ため息混じりに、まるで期待などしていない素振りで聞く美女。
「・・・ホナミ、おれは今『レイベース帝国』の『特設内政顧問』ツツジだ。間違うな。」
急に低く冷たくなったツツジの声に、ホナミと呼ばれた美女は一瞬眉を顰めるも、
「・・・ごめんなさい、昔の癖でね・・・。」
と、殊勝に謝る。
溜飲が下がったのか、「まぁいいよ、とにかくコレ見て。」と、まるでいたずらっ子のようにPCのモニターのようなものを操作するツツジ。
そこに動画が映し出される。
緑髪の少女を守りながら、黒装束の覆面『暗殺者』を紙でも引き裂くように、爪で屠る2m大の黒い狼。
同じく、藍色に輝く左手で『暗殺者』を殴り倒す、漆黒の法衣の少年。
そして黒衣の少年が、投擲されたナイフを紙一重で避け、何事か呟く。
少年に向かって詰め寄る画面から、一瞬その姿が消えると、画面に迫る藍色の掌。
画面が空を映し出し、突然暗転する。
「・・・これは・・・。」
ホナミは絶句する。
ツツジはその反応が見たかった。とでも言うように、笑いをかみ殺してホナミを伺う。
「笑えるだろホナミ?そう、『悪魔』だよ!よりにもよってアイツがこの世界に居るんだ!」
どうすればいいかわからない、そんな表情のホナミが呟く。
「なんで彼が・・・まさか彼が居るって事は・・・」
「うーん・・・妹ちゃんはどうかわかんないけど、たぶん『悪魔』の腰ぎんちゃくどもは居るんじゃない?」
あくまで笑みを絶やさないツツジと、完全に顔色を失うホナミが対照的だ。
「信じられないよね、アイツ自分に強化魔法かけたからって、首投げ一発で指導者級盟友倒すとか、チート帰れって感じだわー。」
「チート死すべし」コールを続けるツツジに、ホナミが問いかける。
「これからどうするの?私は彼に接触する?」
ホナミの問いかけに、ツツジは顎に手を当てながら、
「んっんー、しばらくは静観かなー?なんか結界も張りなおされちゃったしー?アイツがどう動くかまだわかんないしね。とりあえず今んとこ、帝国頑張れ、みたいな?」
と、やる気なく答える。
それを聞いて、ホナミは少しだけ逡巡した後、
「・・・わかった、私は例の件に戻るわ。」
と言って狐面とローブを付け直し、白い部屋から消えた。
白い部屋には、事務椅子に反対向きで座り、くるくると回りながらニヤニヤするツツジだけが残された。
「んっふー、面白くなってきたよねー。今まで激ぬる設定、初心者モードだったのがいきなりベリーハード?いや、むしろ地獄って感じー?ワクワクが止まらないねー。」
そこで一旦言葉を切り、
「『悪魔』は、この堤浩二・・・いや、『審判』のツツジが殺す!そう、殺してやる・・・くふ、くふふ、くふふふふふ。」
と、いやらしく笑った。
その表情は酷薄に歪んでいたが、目だけは底冷えするほどの狂気を湛えていた。
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次話からまたセイ視点に戻ります。