・第百三十二話 『懐想』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、なんだか情報が小出しにされているようで、どうにもすっきりしないんだ。
兄貴もさすがに無意味なことじゃないと思う。
思えばこの世界に転移して・・・いや、もしかしたら『地球』でも、似たようなことを言われた覚えがあるかもしれない。
おれが『蒼槍の聖騎士』ウィッシュに似てるって話だ。
初対面時のアフィナを筆頭に、おれの盟友たち、特にギルド『伝説の旅人』に属していたやつらに何度か言われた。
自分でははっきりわからないが、そんなに似ているんだろうか?
そういえばウララが鎮魂歌を歌った時も・・・突然金髪碧眼に変化した彼女に対し、『横笛の乙女』テュレサが言っていた。
『法術姫』ルピタ・・・。
やはりギルド『伝説の旅人』のメンバーが気付いた、当ギルドの英雄だった存在。
そしてそれが今回竜兵にも・・・。
一体、何があるっていうんだ?
■
水中をこちらへ向かって、ゆっくり近付いてくる白い光。
それは深海でも届くと言うのに、柔らかな温かみすら感じさせる光だった。
竜兵とバイア、それに竜兵の使役する『水竜』は、その光をじっと見詰めている。
他の面々もその視線に気付いたのか、同じように水中を注視し始めた。
「あれは何だ?」
おれの呟きに対し竜兵とバイアが、「アニキ、たぶん危険じゃない・・・。」「そうさのぅ・・・ここであやつが現れるのは予想外じゃったがの・・・。」と口々に言った。
(あやつ・・・?)
生物、人物を指す呼称に、海洋生物と意思疎通ができると言ったローレンを見るが、彼は首を傾げ両手を左右に広げた、所謂お手上げのポーズ。
そうこうする間に、光の正体が目視出来る所まで近付いていた。
現れたのは・・・ドラゴン。
青銀の鱗をまるで発光しているかのように輝かせた、体長20mほど、長細い体サーペント型のドラゴンだった。
その竜は船の周囲、展開された水泡の結界を包むようにゆっくり旋回する。
アフィナとシルキーは驚愕し、「「ふぁぁぁ・・・」」と声まで合わせてポカーン顔。
「うん・・・うん。そうだよ。」
竜兵が何度か頷きながら小さく呟く。
バイアはその竜をじっと見つめていたが、大きく頷くとおれたちへ振り向いた。
「兄者君たち、すまんが水泡の結界を少々緩めてくれんかのぅ?」
青銀に輝くサーペント・・・その正体に何となく当たりを付けながら、おれはヴィリスやローレン、オーゾルと言った面々に視線を向ける。
バイアの発言には一瞬戸惑った彼女達も、おれの目線から了解の意思を汲み取ったのだろう。
ヴィリスが船から飛び出し、結界部分に手を触れる。
周囲の結界が、自然環境、水や圧などを防ぐ物はそのままに、外敵を弾く機構を緩和したのが感じ取れた。
すると、船の周りを滞遊していたドラゴンが、眩い光を放ち始めた。
(これは・・・。)
何度か見たことのある光景。
そう、バイアやシルキーが人化する時と同様の光だ。
光が収まると、外に居たサーペントの姿は跡形も無く消えていて、逆に船上には一人の見慣れない女性が立っている。
歳の頃は20代後半くらいか?
少なくとも30を越えているようには見えない。
不思議な光沢を放つ青銀の髪を、後ろ頭で二つ輪を作るように纏め、瞳は閉じられているがなんとも色っぽい美貌を湛えていた。
女性にしては背も高く、たぶんおれよりは少し低いくらい・・・170cmは越えている。
手足も長く、太ももの付け根ギリギリまでスリットが入った、青いチャイナドレスみたいな服を着込み、体型もまるでスーパーモデル。
ボンキュッボンを体現したかのような様相だ。
すでにローレンとオーゾル、おっさん二人はそのスリットに釘付け。
余りにもあからさまなその視線に、メンバーの女性陣から絶対零度の視線が飛んでいる。
彼女がゆっくりと両目を開きたおやかに一礼する。
そしてバイアと、なぜか竜兵を見据え、はっきりと言葉を発した。
「遠路遙々お越しくださった事を感謝する。妾はアリアムエイダ。とは言っても、この姿は分体に過ぎぬゆえ、そう力は無いのだが・・・。」
「「なっ!?」」
驚愕するおれの仲間たち。
むしろ驚いていないのはおれと竜兵、バイアだけだ。
いや、イアネメリラはわからん・・・ずっと背中に張り付いたままだから・・・。
(やっぱりか・・・。)
何らかの情報を受けていただろう竜兵とバイアは別として、おれ自身は予想こそしていたが確信は持てなかった。
なぜならカードテキストに書かれていたのは、全長100mを越える存在だったからだ。
それが今回は約20mという姿で現れたのだが、身に纏う神々しさ故に他の存在を想像できなかった。
しかし分体・・・それならなんとなく理解はできる。
やはり彼女が、相当な力を持つ存在だと言うのは間違い無さそうだ。
■
「久しいのぅ・・・エイダ。」
バイアの言葉に小さく頷くアリアムエイダの人型モード。
竜兵は立ち上がり、ゆっくり彼女の元へ近付いていく。
「お姉ちゃんが・・・アリアムエイダ?」
アリアムエイダはその問いに、「ああ。」と答えながら・・・突然竜兵を抱きしめた。
「ふぇっ!?」っと奇声を発し、されるがままになる竜兵。
咄嗟のことに、おれたちも反応できない。
しばらくして彼女は、優しく竜兵を解放した。
「エイダ・・・一体、どうしたんじゃ?」
バイアが尋ねるが、逆にアリアムエイダはきょとんとした表情を返す。
「お、お、お、おいら・・・。」と、顔を真っ赤に染めた竜兵がなんかジタバタしている。
「バイア様・・・?この子はヴァルンでは無いのか?」
「なにっ!?」
アリアムエイダの放った一言に、バイアが珍しく動揺した姿を晒す。
(ヴァルン・・・だと?)
聞き覚えのある名称に、おれは思わず『魔導書』の控え(サイド)を確認した。
『龍の寵児』ヴァルン・・・多国籍ギルド『伝説の旅人』に所属する英雄。
出生は不明、10歳までを『溶岩竜帝』に育てられたとされる人族の少年で、11歳から紆余曲折を経た後、ウィッシュに拾われたとされる盟友。
カードに載っているイラストは、灰色の短髪に前髪の一房だけが赤いメッシュ。
そして多数のドラゴンに囲まれて満面の笑みを浮かべるその少年、やんちゃそうな鳶色の瞳が確かに竜兵にそっくりだ。
このカードもVRでは使用できなかった。
ウィッシュ、ルピタ、ヴァルン、おれの持つ『伝説の旅人』のカードとおれたちが似ている?
だが・・・それが一体何だと言うのだろうか・・・。
後ろからカードを覗き込んでいたイアネメリラも、「確かに目が似てるね・・・。」とポツリと呟く。
そんなおれたちを尻目に竜兵は、慌てていたのも束の間、きょとんとした顔で首を傾げると、アリアムエイダに声をかけた。
「アリアムエイダ、おいらはヴァルンじゃないよ?おいらの名前は北野竜兵、異世界の魔導師『力』の竜兵さ!おいらたち、アリアムエイダと『深海王国ヴェリオン』を助けに来たんだ!」
「ふむ・・・。異世界の魔導師とな・・・。」
小さく呟いたアリアムエイダは、「確かにあの子と同じ波動を感じたのだが・・・。」と、やや納得できなそうながらも、改めておれたちに正対する。
一同言葉ではなく肌で感じたのだろう。
目の前の女性が、『海龍』アリアムエイダであることを疑う者は存在しない。
スリットに目を奪われていたおっさん二人も居住まいを正す。
バイアが驚愕の表情のまま何事か呟き、未だこちら側に帰ってこないが・・・ヴァルンの名前はそんなに動揺を誘う物だったのだろうか?
仕方ない、代表しておれが話すとしよう。
おれは『龍の寵児』ヴァルンのカードを控え(サイド)に戻し、アリアムエイダに来訪の真意を尋ねた。
「アリアムエイダ、おれは異世界の魔導師セイ。一応このメンバーのまとめ役をやっている。ヴェリオンの襲撃を聞き、救援に向うためにここへ来た。そちらは危険と聞いたが、一体何が起こっているのか、そしてあんたがここに現れた理由を教えてもらえるか?」
アリアムエイダは興味深そうにおれの顔を伺っていた。
「なるほど・・・異世界の魔導師・・・。ふむふむ・・・主神アールカナディア様の『加護』、カードの力か。なんと・・・バイア様はすでに亡くなられていると?」
どうやらバイア同様、ある程度の思考を読むことができるらしい。
正直頭の中を覗かれるのは、あまり良い気分じゃないがな。
「あいや済まぬ。妾にはそこまで深くは読めぬゆえ堪忍してたもぅ。」
あまり良い気分じゃない。そう思ったおれの感情を感じ取り、慌てて謝罪するアリアムエイダ。
しかしこれでなんとなく彼女の人となりが理解できた。
ドラゴンなのに人となりってのもおかしな話だが、どうやら悪い奴では無さそうだ。
「まぁいい。心が読めるなら状況はわかってもらえただろ?」
おれがそう声をかけると彼女は、「ああ、セイ殿たちの助力に感謝する。」とまたもや恭しく頭を垂れる。
そしておれたちが聞きたかった情報を話し始めた。
「およそ一週間程前からか・・・伝説の魔物とされるゾンビーの群れが、妾の守護する『アリポスの谷』に現れた。彼奴等は当初、妾たちには目もくれずヴェリオンを目指しておるようだった。しかしそのような問題、妾たちとてただ手をこまねいて傍観しておることもできぬ。とりあえず強力な水棲の魔物たちと共に、彼奴等を駆逐しようとしたのだが・・・。」
そこで一度言葉を切るアリアムエイダ。
なるほど、一週間前って言うと・・・丁度セリーヌが神託をよこしたくらいか。
しかしどうやって深海の都市に攻め入ってると思ったが・・・まさか歩いて向っているとはな。
話には当然続きがある。
「事前に抜けていたらしい数小隊を除き、順調に駆逐できていると思った。しかし正体不明の敵は恐るべき代物を投入してきたのだ。」
やはり正体不明扱いか。
セリーヌは『略奪者』のことをこっちの神様、確か『平穏の神』オーディアだったか?に話してないんだろうか。
そして恐るべき代物とは・・・。
マドカの存在を認識したおれたちには、少しだけ心当たりがあるが。
「ねぇ、アリアムエイダ・・・。」
そこでおれと同じ懸案に思い当たっているだろう竜兵が口を開く。
アリアムエイダは竜兵に声をかけられると、とても柔らかい表情で微笑みかける。
「なんじゃお竜ちゃん?妾のことはエイダと呼んでたもぅ。」
(やっぱドラゴンは竜兵の事が気になるのかね?)
思えばバイア以下、どのドラゴンも竜兵を好む習性が見てとれる。
竜兵は少し顔を赤らめつつ、「じゃ、じゃあエイダ姉?」と言い直し、再度先ほど言いかけた質問を発した。
「もしかして・・・『幽霊船』が出た?」
それはおれも懸念した存在。
案の定アリアムエイダも驚愕の表情を浮かべた後、静かに・・・だが確かに頷いた。
「セイ・・・『幽霊船』って・・・?」
不安気に問うアフィナ。
シルキーもアフィナの手をぎゅっと握り締めている。
「マドカの盟友だ。海中だと滅茶苦茶厄介だな・・・。」
端的に告げた内容、竜兵のいやそうな顔も相まって、仲間たちの不安をつのる。
実際に相対して十分その脅威を見せ付けられたのだろう。
アリアムエイダも非常に深刻な面持ちになっている。
「それがあって妾の結界で海路を封鎖したのだが・・・何とも懐かしい波動を感じてのぅ・・・。様子見で分体をここまで来させた訳なのだ・・・。」
(大体は想定道りか・・・。)
最大の問題は『幽霊船』だな・・・。
「アリアムエイダ殿、ヴェリオンは・・・どうなっていますか?」
黙って話を聞いていたローレンが、アリアムエイダに尋ねる。
「今のところは何とも言えぬ・・・。被害は受けておるが・・・滅んでしまうような物では無い。しかし妾の結界が抜かれれば・・・。」
「そう・・・ですか・・・。」
ローレン、オーゾルも目に見えて暗くなる。
まぁ自国のピンチを聞けばな・・・。
やはりあまり猶予は無いようだ。
その時アリアムエイダが突然胸を押さえ苦しみだした。
「おい!どうした!?」
「エイダ姉!?」
おれと竜兵が慌てて駆け寄り抱き起こす。
アリアムエイダは苦悶の表情を浮かべながら、必死の体で言葉を搾り出した。
「い、いかん・・・神殿が攻撃されておるっ!」
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