・第百三十話 『紫水晶蛇(アメジスト・スネーク)』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔(デビル」)』のセイだ。
美祈?君は本当に何をしてるんだ?
兄貴には皆目見当が付かないよ。
遊んで・・・いる訳じゃないよな・・・。
全然楽しんでいるようには見えないし、かといって適当にやっている訳でもない。
表情でわかるんだが・・・なにゆえそんな苦行を・・・。
そもそも君が望んでバトルしてるのって、おれたちとじゃれてる時以外は初めて見るんじゃないだろうか。
おれが側に居ないことで、ずっと塞ぎこまれるよりは良いんだろうが、いや良いのか?
もう兄貴のことは吹っ切ってしまったんだろうか。
だとしたらおれは・・・おれは・・・orz
いや、早まるなよおれ!
美祈に限って・・・そう、美祈に限っておれのことを忘れたなんてことは・・・。
いや・・・だからなんでお前が居るんだ・・・地雷女・・・。
■
(ああ・・・これはいつものやつか。)
ふと気付けばおれは今、夢の世界に居る。
現実の世界ではないと、なぜかはっきり確認できる不思議な感覚。
結構久しぶりかもしれない。
いやいや待てよ・・・ついこの間、夢の中で襲撃されたぞ。
今回も油断は・・・って、美祈居るじゃーん!
良かった、今度は大丈夫な奴だ。
って、美祈が大丈夫じゃねえぞ!
おいおい、また伊葉さんとバトルしてるのか?
一体どんな理由があって伊葉さんと繋がり、それでバトルする話になったのかはわからないが・・・。
おれは宙に浮いているような不思議な感覚で、対峙する二人を俯瞰的に見ていた。
相変わらずの短剣と拳銃装備、北の大地の先住民アイヌのような戦装束を纏った、世界一・・・いや宇宙一愛らしい最愛の妹美祈と、咥えタバコにトンファー装備ガチムチマッチョな中年男性伊葉さん。
見た目的にはすでにカオス(おれの盟友のホモのことではない)、おっさんが犯罪を犯そうとしているようにしか見えない。
これがVR、所謂PUPAの使用による空間だろうと予測できなかったら、二秒で通報している所だ。
まぁ伊葉さんとは知らない仲でもないし、あの人が見た目に反して面倒見の良い人物だと言うのも知ってはいるが。
しかしフィールドは・・・草原か。
こんな遮蔽物が何も無いところじゃ、美祈のスタイルには不利過ぎるだろう?
現に何の構えも取らず自然体で待ち受ける伊葉さんに対し、美祈はすでに肩で息をしている。
VRだから、肉体的な疲労は無いはずなんだが、伊葉さんVRでも変なオーラ出すからな。
当然普通の女子高生な美祈にはしんどいだろう。
美祈が仕掛ける。
何も無い空中に向けて拳銃を打ち抜き、本人は身を屈めて走り出す。
確かにこの草原、それなりの長さを持った下草が生えているようだが、その姿を完全に隠せる程じゃない。
だが、上空から俯瞰していたおれの目からも、美祈の姿が掻き消える。
先に隠密系の強化魔法をかけていたんだろう。
突如伊葉さんの横、空間が揺らぐ。
彼は無造作に片手を振るう。
ギャンっと音を立て、そのトンファーに弾かれる短剣。
その短剣を握っているのは・・・『暗殺者』。
美祈の盟友か?
そして伊葉さんは、もう一度片手のトンファーを回しながら、何も無いはずの空間に突き出す。
そのトンファーを今度は、突然空間から現れたように見える美祈が受けとめ、威力を殺し切れずに少し跳ね飛ばされる。
『暗殺者』と連携して攻撃をしかけた美祈の隠れ場所を察知して、先制攻撃で潰したんだろうが、相変わらずの常人離れした動きにため息が出る。
うん、やっぱあの人は人間じゃねぇな。
おれ普通に美祈の姿見失ったし。
だが、美祈の攻撃はそれで終わりではなかった。
伊葉さんの頭の上、背中、両サイドから小さな魔方陣が生まれ、そこから最初に放ったであろう銃弾が飛び出してくる。
それに合わせて伊葉さんに襲い掛かる、美祈と『暗殺者』。
ニヤリと笑った伊葉さんが、「悪くねぇ。だが、まだ甘ぇ・・・。」と呟く。
彼は防御しなかった。
ただ、敵の居る方、前へ出た。
それだけで頭上と左右から生まれた銃弾をやり過ごし、一瞬で肉薄した『暗殺者』の頭を掴み身体を反らす。
掴んだ『暗殺者』の身体で、後ろから迫る銃弾を受け止め、それを振り回して美祈に投げつける。
さすがにそんな対策は予想していなかっただろう美祈が、「きゃっ!」っと小さな悲鳴を上げて慌てて避けると、その先にはすでに待ち構えている伊葉さん。
「嬢ちゃん、今のは悪くなかったぜ?」
そう言って伊葉さんがトンファーを振りかぶる。
美祈は防御姿勢を取るも、トンファーを受け止めた短剣が砕けて、そのまま草原を転がった。
慌てて起き上がる美祈。
足がプルプル、生まれたての小鹿のようだ。
(ああ、美祈・・・なにゆえそんな苦行を・・・可愛い顔が泥だらけじゃないか・・・。)
そんな彼女にトドメを指すべく、伊葉さんがゆっくりと近付いていく。
とても見ていられないわ!もう止めてあげて!
「まぁもうちっと頑張らねぇと・・・俺には一撃入れられねぇなぁ。」
伊葉さんのセリフに、緊迫していた美祈が今日初めて微笑んだ。
ああ・・・可愛い。
「伊葉さん?一撃なら入れました。」
「あん?」っと訝しんだ伊葉さんが美祈の視線の先、自分の足を見て驚愕する。
そこには小さな紫色の蛇『紫水晶蛇』が絡みつき、太ももに牙を立てていた。
美祈、すげー!
どうやらこの一撃、その前の攻撃全て・・・自身の攻撃ですら陽動だったらしい。
驚愕に目を見開いた伊葉さんが、少しして頭をガリガリと掻いた。
「やってくれたな、嬢ちゃん。今日は終いだ。」
「はい!ありがとうございました!」
美祈がペコリと頭を下げ、世界が暗転する。
おれも視界が暗転、PUPAが四台安置される薄暗い空間に移動する。
そこには金髪ドリルの地雷女と黒スーツが、「すごいですわ!みきちゃん、伊葉さんに一撃入れましたわ!」などと興奮して、ピョンピョン飛び跳ねていた。
(いや・・・なんでお前が・・・?)
そこでおれの意識は覚醒した。
■
ガバっと身を起こす。
薄暗い小部屋に、自分が横になっていた硬い長いす。
いつのまにか毛布がかけてあったが・・・イアネメリラかな?
それにしても・・・。
(全然意味がわからねぇ・・・。)
あれはおそらく『地球』の一幕なんだろうが、一体美祈は何をやっているのか。
そして地雷女と黒スーツ、伊葉さんの存在。
考えてもわからないことながら、どうにももやもやする。
カンカンカン・・・
小さな音を立て、誰かがこの小部屋、船室へと降りてきた。
「アニキ?まだ寝てる?」
「いや、今起きた。」
竜兵だった。
舳先の魔物除けを交代してから、どのくらい経ったのか。
「問題は無かったか?」
おれの問いに竜兵は、「うん、何回か魔物が襲ってきたけど、ほとんどはヴィリスと『水竜』が蹴散らしてくれたー。おいらが直接やったのは二回くらい?」との答え。
どうやら特に問題は無かったらしい。
「そうか・・・。」と言ったおれに、「アニキ、何かあった?」と目ざとく気付く竜兵。
それともおれが普通じゃないだけかもしれないな。
おれはため息一つ、今見た夢の事を教えた。
「そんな訳でな。なんでか美祈が伊葉さんと戦ってるんだ。それと、おれたちが転移した日に遭遇した地雷女。あいつが美祈の周りウロチョロしてるんだ。」
話が終わり、竜兵も「うーん・・・伊葉さんかぁ・・・なんだろうね?」と首を捻る。
『地球』の『リ・アルカナ』世界ランキングで第二位の、『戦車』ブラッド・伊葉。
彼のスタンスにおれ、竜兵お互い思うところは色々あるが、当然答えは出ない。
実際に夢を見ていない竜兵なら、もっと意味がわからないだろう。
「まぁ考えても仕方ない。何か意味はありそうなんだが、現状『地球』のことはどうしようもないしな。それで竜兵がおれを起こしに来たって事は、もう近いのか?」
おれが話を切り上げると、竜兵はポンと手を叩いた。
「そうそう!ローレンとオーゾルが、もうすぐ潜水しなきゃいけない場所まで辿り着くから、アニキを起こしてきて欲しいって言われたんだ。」
(いよいよか・・・。)
潜水船を入手できなかったおれたちは、やむおえず普通の船でここまでやってきた訳だが、当然ずっとそのまま進める訳じゃない。
『アリポスの谷』深部、『海龍』アリアムエイダの棲む神殿にも、寄り道しないといけないだろう。
おれは簡単に毛布をたたみ、竜兵と連れ立って甲板へ。
甲板に上がると、そこには仲間達が思い思いの姿で待っていた。
イアネメリラが目ざとくおれの姿を見つけ、にこにこと寄って来て後ろから抱きつく。
舳先に立ち、水中で船を先導するヴィリスに言葉をかけているローレンとオーゾル。
どうもヴィリスは竜兵が呼び出した『水竜』の背に乗って移動しているようだ。
あいつずっと働いてたし、多少なり休めてると良いんだが。
バイアはドラゴンモードで上空から偵察してくれている。
アフィナとシルキーは・・・「ドラゴンホットライン」でウララ、クリフォードと通話中だな。
情報を共有してくれているのは助かる。
向こうは今のところ目立った動きは無いらしい。
因みにパモピモはカスロに置いてきた。
カスロの諜報活動継続中だ。
さて・・・。
おれと竜兵もローレン、オーゾルに肩を並べ、舳先から海の様子を伺う。
「起きたかセイ君。」
「少しは休めましたかな?」
肩越しに声をかけてくる二人に、「ああ、助かった。」と端的に答える。
「もうすぐ潜水ポイントだって?」
「ああ、もうすぐだ。」
「見ればすぐにわかりますぞ。」
なるほど納得。
おれたちの進む先、まるで線引きしたかのように明らかに海の色が変わっていた。
こっち側は正にマリンブルー、健全な海色と言える。
しかし約30m先ほどからぐっと深い青、かなり黒に近いダークブルー、もしくはディープブルーと言った様相になっていた。
バイアがゆっくりと下降し、人化して船上に降り立つ。
アフィナとシルキーの通信も終わったようで、竜兵に銀板を返していた。
「じゃあ・・・行くか。ヴィリス、頼むぞ。」
おれの言葉に、「はい殿下!」と答えたヴィリスが船を覆いつくすサイズの水泡を作り出し、ローレンとオーゾルがおれたち全員に水属性魔法をかけていく。
「行きます!」
気合の入ったヴィリスの掛け声と共に、おれたちは船ごとゆっくり海へ沈み始めた。
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