・第百二十八話 『魔海の口(ガレオンイーター)』後編
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマ励みになります^^
ズバァァァァァッ!
『水の戦乙女』ヴィリスが、全力で振り下ろした三叉槍の一撃。
そこから生まれた青銀色の輝きが、おれたちの目の前、『魔海の口』の潜む海面を真っ二つに割っていく。
信じられないほどの膨大なエネルギー、水飛沫を撒き散らしながら奔る輝きが平らな海面を滝へと変える。
覗けば海底が見えるであろう裂け目、幅は約5m、着弾まで一直線だ。
ズゾンッ!ゴバァ!
『魔海の口』の乱杭歯、その中心に到達した銀閃が、盛大な水柱を上げる。
とぷんっと軽い水音を立て、着水するヴィリス。
間欠泉のように噴き上げた水柱が、おれたちの方まで雨のように降ってくるが、ローレンとイアネメリラが作り出した障壁によって弾かれていた。
間欠泉の中心、まさしく『魔海の口』が存在したであろう場所から、「ギュルウォォォ!!!」っと、身の毛もよだつような苦鳴が聞こえてくる。
効いているはず、効かないはずが無い。
これが『海閃』・・・『深海都市ヴェリオン』の秘匿魔法、そしてヴィリスの専属魔法に関わらず、世界中にその名を知らしめる余りにも有名な一撃だった。
そしてその効果は余りにも異質。
使用者自体が水属性の盟友であるのに、『海閃』は水属性を持つ相手に1.5倍のダメージを与えるんだ。
なんとも退廃的、或いは自虐的な魔法だよな・・・。
彼女は生前、どんな思いでこの力を振るったんだろうか?
もしかしたら、ヴィリスが人魚族という身の上、陸上生活で極端に不自由になるというその特性を押してまで、多国籍ギルド『伝説の旅人』に飛び込んだのは、そんな背景があるのかもしれない。
思わずと言った体でローレンが呟く。
「・・・やったか!?」
おいやめろ、それはフラグだ。
「『海閃』を使ったのは久々ですが・・・『魔海の口』も水属性の盟友、決して無傷と言うことは無いでしょう。」
ヴィリスもある程度の手ごたえ、自信はあるんだろう。
だが、おれの予想が正しければ・・・。
水柱が収まると、何事も無かったかのように海面に現れる存在感。
「「なっ!?」」
水中から光るカードが一枚現れ、粉々に砕け散る。
(やっぱりな・・・。)
「呆けてる暇は無いぞ!行くぞメリラ!」
「了解!」
己が、そして自分の元主が放った絶対の一撃。
それが与えた被害の少なさに、一瞬逡巡してしまったヴィリスとローレンを置き去りに、おれとイアネメリラは動き出す。
慌てて水中を追泳するヴィリスと、海面を滑るように移動するローレン。
「殿下・・・一体何が・・・?」
「ああ、たぶん『身代わり(スケープゴート)』かけてあったんだな。」
『身代わり(スケープゴート)』・・・読んで字の通り、対象の魔導師、もしくは盟友一体のダメージを肩代わりする魔法。
マドカのやりそうなことだ。
あいつはいつも、自分の主力盟友、特に召喚コストの高い者に保険をかけることを忘れない奴だった。
さすがに『鈴音の町リーンドル』で、『魔眼』を召喚した時はそんな余裕は無かったようだが。
今回はそれぐらいしててもおかしくないとは思った。
ちまちま削っても『身代わり(スケープゴート)』で乗り切られちゃ堪らない。
だからこそ一撃で倒せるぐらいの攻撃、ヴィリスと『海閃』はベターだった。
おれはそう思ってたんだが、当のヴィリスは違ったようだ。
「なるほど・・・では、己の『海閃』は無駄打ちだったのですね・・・。」
(ええっ!?)
無駄打ちじゃないよ?必要経費だよ?
なぜかどんよりとした気配を纏うヴィリス。
おれの少し前を泳ぎながら、「どうせ己なんて・・・せっかく呼ばれても無駄打ちですし・・・同属殺しですし・・・胸も小さいし・・・。」と、ドンドンへこたれていく。
(いや、ちょ?ナニコレ・・・。)
予想外の反応に思わず、おれの斜め後ろを飛ぶイアネメリラを振り返ると、「あちゃあ~・・・。」という表情で額を押さえている。
ローレンも苦々しい表情で、静かに首を振っていた。
そーっと近寄ってきたイアネメリラが、おれの耳元で囁く。
「彼女凄く傷つきやすいの~。メンタルがふ菓子。」
ふ菓子て・・・。
柔らかすぎだろう。
いや、あんまり呼んだこと無いから知らなかったよ。
あーなんだ、おれの盟友にまともな奴は居ないのかっ!?
イアネメリラが「ますたぁ、フォローフォロー!」と言っている。
それおれがやるんだ?
■
「・・・ヴィリス。」
「なんですか殿下?こんなウミウシにも劣る生物に、何か御用が?」
いやいや・・・。
ヴィリスさん、最早ウル目。
今にもその相貌から涙が溢れそうである。
「お前の一手で、厄介な魔法効果を消せたんだぞ?」
移動を続けながらもフォロー。
いまいち納得してない感のあるヴィリスは、「でも己は、いらない子ですよね?」などと唇を尖らせている。
いらない子発言とか、イアネメリラの病みモードを髣髴とさせるわ。
なんか『魔海の口』が、ズゴゴゴゴとか変な音立ててるから集中して欲しい。
いやマジで。
おれは根気強く言い募る。
「それに『海の覇者』の効果があるおかげで、陸上生物であるおれが、そのまま動ける。これは素晴らしいアドバンテージだ。」
「そ・・・そうですか!?」
いや、気ぃ使うわ。
おれの言葉にヴィリス、パーッと顔を輝かせたから大丈夫と・・・思いたい。
イアネメリラがおれの肩に手を置き、「ますたぁ!ナイス!」とやけにイイ笑顔。
ローレンもサムズアップだ。
お前ら真面目にやれ。
そして『魔海の口』が、完全にこちらを敵と認識する。
目とか顔とか無いから、表情なんかではわからないけれど、その敵意がこっちに向いたことだけははっきりわかった。
奴の乱杭歯である巨石群、その中心が渦潮に変わる。
ヴィリスが三叉槍を一閃。
当然の如く、海面が凪ぐ。
続いて、目に見える巨石と同じ数だけの水竜巻が吹き上がる。
ヴィリスが海面に手を付け、何事か呟く。
すると海面が盛り上がり、それが水で出来た鯨になったかと思うと、水竜巻を全て巻き込んで海中に消えていく。
更にヴィリスが水中に三叉槍を突き込むと、『魔海の口』が潜む海中が、球形の塊になって海上に浮かび始めた。
すげぇデカさだ・・・500mくらいあるんじゃないか?
これはロカさんでも無理だな。
大体にしてヴィリスは周囲の海面全部、おれが普通に行動できる硬さに固定してるし。
表情の見えない『魔海の口』が、「えぇ!?」と言っているように思えた。
さすがのヴィリスも「ぬくく・・・。」なんて歯を食いしばり、しんどそうな表情はしているが。
ヴィリス・・・こいつほんと海限定で最強だな。
むしろなぜ凹んだし・・・。
「殿下!奴を捕らえました!」
「あ・・・ああ。良くやった。」
すごいわ、思わずドモるよ。
そのヒレ耳ピッコピッコは、完全に「褒めて褒めてー。」だよな?
情緒不安定すぎないだろうか。
『魔海の口』、水球の中でめっちゃ暴れてるし・・・。
ちょっとした天変地異になっちゃってるけど。
それはともかく。
せっかくおれの盟友ががんばってくれたんだ。
使役者としても良い所見せておかないとな。
おれは両の拳を握り締め、空中に浮かんだ水球に飛び掛った。
その動きを見てヴィリスが水球を操作する。
丁度外側、おれの拳が届きそうな位置に巨石が顔を出す。
「らぁ!」
気合と共に、白い巨石へ向って突き出す正拳。
ガゴン!おれの拳が朱色の魔力を伴い、巨石に吸い込まれていく。
白い巨石の中ではっきりと脈動する朱色。
反動で後ろに飛んだおれをイアネメリラが受け止め、その特技『忘却』を発動する。
『魔海の口』は英雄級、イアネメリラが効果を打ち消せるのは一瞬だ。
だけどそれで十分。
今回消してもらうのは、『水属性』。
一瞬でもその効果が消えれば・・・効果は劇的。
おれの『朱の掌』で殴られたそこが、炎を噴き上げ爆砕する。
都合10回、おれたちは最早作業と化したその行動を続けた。
そして・・・。
「出やがったな・・・。」
現在当初の五分の一、約100mほどに縮んだ球体。
最後の白い巨石を破壊した後、そこから生まれる青黒い宝珠。
「これがコア・・・。」
イアネメリラが確認するように呟く。
その通り。
異界の盟友、身体が特殊な者には必ずこれがある。
当然こいつを壊せば、この盟友はお帰り頂ける訳だ。
まぁ今回はおそらく、アンティルールが施行されるだろうから、カードになった後はおれが回収するんだが。
「行くぞヴィリス!」
「はい殿下!」
すっかりモチベを取り戻したヴィリスが三叉槍を投擲。
三叉槍は一直線コアへと飛びながら、その姿を鮫に変えていく。
そしておれが横合いから裏拳を放ち、コアに魔力と火属性の攻撃を加えた。
イアネメリラが『忘却』を発動。
呆気ないくらいあっさりと、コアは爆発四散した。
そして水球内が完全に落ち着き、一枚のカードが伸ばしたおれの掌に収まる。
当然手に入れたカードは『魔海の口』。
(ふぅ~、なんとかなったか。)
思わず嘆息しながら『図書館』にカードを収納。
満足気な表情を浮かべるイアネメリラとヴィリスに、「ご苦労さん。」と労いの言葉をかける。
そして・・・おれたちを見ていたローレンは、少し自嘲気味に呟いた。
「私は・・・ここに居る意味があったのだろうか?」
いや・・・途中から空気だった・・・許せ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。