・第百二十二話 『疑惑』
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※三人称視点、『略奪者』側です。
それは真っ白な空間。
空間の中央に鎮座するのは、どこかファンタジーを感じる空間とは場違いな、事務デスクとデスクトップPC。
そして足に車輪の付いた事務イスだ。
ここには今一人の男が居る。
事務イスに逆向きに座ったまま、くるくると回転する白いローブ姿の男。
金髪のツンツン頭、片耳に下品なほど開けられたピアス。
それ以外はこれといった特徴も無い、されどその表情を見れば決して常人とは思えない。
そんな狂気を身に纏う男。
彼には三つの顔がある。
一つは『レイベース帝国』の『特設内政顧問』ツツジ。
そして猿面の『略奪者』。
最後に『地球』のカードゲーム『リ・アルカナ』トップランカー、『審判』の堤浩二。
彼は今、少々悩んでいた。
思わず・・・と言った体で呟きが漏れる。
「いやーさすがは『悪魔』だなぁ・・・。最初はぬるゲーから難易度上がったと思って喜んだけど・・・これ以上邪魔されるとしんどいし・・・。ホナミとマドカで止められるかな?」
回っていたイスの回転が止まり、思わず天を仰ぐツツジ。
そこでハタと気付く。
白い空間に今まで感じられなかった人の気配。
何も無かった中空に、人一人が通り抜けられるような漆黒の穴が開き、その中から一人の人物が姿を現す。
その人物はツツジ同様白いだっぽりとしたローブを着込み、ドクロを模した面を被っていた。
「マドカ早かったね?あれ、ホナミは・・・?」
声をかけるツツジを一瞥し、小さく首を振りながらドクロ面をはずす男。
落ち窪んだ瞳、こけた頬、青白いとも言えるほど不健康そうな顔色。
その顔は、面を被らずともまるで骸骨のようだった。
更に手傷を負ったか何なのか、ひどく辛そうに顔を歪ませ、肩で息をしている。
彼の名は円谷翔太、通称マドカ。
『地球』では『死』の称号を持つトップランカーだった。
「ありゃりゃー?その雰囲気は負けちゃったー?」
憔悴している様相を呈すマドカに対し、どこか軽い調子で話しかけるツツジ。
そんなツツジの目を見据え、マドカは静かに切り出した。
「ツツジ・・・報告と、聞きたい事がある。」
マドカの態度に思うところがあったのか、それとも真面目に取り合うことにしたのかはわからないが、ツツジも真剣な表情になり、「なんだい?」と問いかける。
そしてマドカは、信じたいことを確かめるように、そして状況を整理するように、難しい顔で言葉を紡いだ。
「『鈴音の町リーンドル』で『悪魔』と交戦した。最初は夢からの呪い魔法、問題なくかかったように思われたが、攻撃するタイミングで解呪された。これは『黒翼の堕天使』イアネメリラによって無効化されたと思われる。それからホナミの情報にあった、緑髪の少女と金髪の少女を人質にリーンドルを『反転』させるが、モノリスを破壊され無効化された。詳細はわからないが、『正義』か『力』が来てたんだと思う。ホナミも防衛に失敗。どうやらそれ以外にも別働隊が居たようだが、とてもじゃないが索敵するような余裕は無かった。」
相変わらず事務イスに逆向きで腰掛けたまま、「ふんふん。」と頷きながら聞いているツツジ。
「やっぱり『悪魔』はヴェリオンに向かってるっぽいねぇ・・・。それにホナミも行方不明か・・・。」
「ヴェリオンに向かっているのは間違いないだろう。ホナミの事は済まなかった。俺もまさかアイツが負けるとは・・・。」
ツツジの確認に対し、肯定と謝罪を返すマドカ。
そこでまたツツジがくるくると回りだす。
「しかしいまいち解せないなぁ・・・。いくら偽善者の『悪魔』にしても、ずいぶんとこの世界の奴ら・・・所詮ゲームの登場人物に過ぎないあいつらに、肩入れしすぎてると思わない?」
それはマドカへの問いかけなのか、はたまた独り言なのか。
飄々とした態度からうかがい知ることは出来ない。
マドカはツツジの発した疑問を、当然自分達も思い浮かべたことを想起する。
そして慎重に前置きをした。
「それは俺たちも本人に確かめてみた・・・。まぁ聞いたのはホナミなんだが。」
ツツジは回転したまま、「ふんふん、それでー?」と、まるで大して気にしていないかのように先を促す。
マドカは意を決し、一番聞きたかったことをその舌に乗せた。
「ツツジ・・・計画が実れば、本当に俺たちは『地球』に帰れるんだよな?」
「ん?そうだよー。」
(余りにも軽い。)
この世界に来た当時とは状況が違う。
転移したばかり、右も左もわからず彼の言った計画ににべも無く飛びついた。
それはひとえに帰りたかったから。
ツツジは・・・自分もゲームだと断じ、この世界の生物を狩ってきた。
いくら生物が死ねばカードに変わるとはいえ、少なくとも殺すまでは(・・・・・)確かにそこに生きている存在だ。
今までの行動に思うところが無いわけではない。
望郷の念に駆られているマドカには、ツツジの態度はとても信用できる物ではなかった。
「『悪魔』が言ったんだ・・・。」
言葉はうまく繋がらない。
これを言ってしまったら、もしかしたら色んな事がご破算になってしまうのではないか。
マドカの心を焦燥が包んだ。
それでも・・・確かめないと前に進めない。
「この世界の住人を助けるのも、『地球』に帰るための手段の一つだと・・・。」
マドカの発言と共に、白い空間に再度転移の影。
「その話、私も混ぜてもらえる?」
黒髪のグラマラスな美女・・・ホナミが『氷の天使』アリュセに肩を借りて転移してきたのだった。
■
「ツツジ、貴方の計画は間違いないのよね?」
「ホナミ!無事だったか!」と駆け寄ろうとするマドカを手で制し、ホナミがツツジに問いかける。
「そうだよ。」
答えは余りにも短的。
彼との付き合いが長い人間なら到底納得できないもの。
普段の彼ならば、頼まれても居ないのに自信満々語りまくるはずなのだ。
イスの回転に任せて回っている彼の表情をうかがい知ることは出来ないが、その言葉から漏れ出る不機嫌さは顔を見ていなくても容易く想像できた。
ホナミは恐れずになおも続けた。
「このままだと近い将来、この世界『リ・アルカナ』と私たちの世界『地球』が衝突する。その際に発せられるエネルギーの余波で、二つの世界で凡そ97%の生物が絶滅する。それを回避するためにはこの世界『リ・アルカナ』の生物を、100万枚のカードに変えて神へと奉納すること・・・その対価として、異物である『地球』の人間は元の世界に戻れる。そういう話だったわよね?」
確認するホナミの言葉を聞き終わり、「そのとーり!」とツツジが人差し指を天へ向ける。
「ツツジ、ふざけないで・・・私たちは真面目に話しているのよ?」
マドカもはっきりとは言わないが、ホナミの苦言に賛同するかのように頷いた。
そして不安に思っていることを再提出する。
「その神託っていうのを聞いてるのはツツジだけだ。それにアンタが一番この世界に長いしな・・・。」
「セイは・・・『悪魔』も確信を持って話していた。『地球』に帰るためにも、この世界の住人を救うって・・・。」
思わずいつもの癖、愛称を言いかけ、慌てて称号を言い直すホナミ。
キィッと軋んだ音を立てツツジの回転が止まる。
「つまり君たちは、こう言いたいのかい?俺が間違ってるんじゃないか?と。」
突然ツツジから発せされた殺気に、二人は呼吸すら容易でなくなった。
気高く強力なホナミの盟友、『氷の天使』アリュセも目に見えて怯えている。
くるぅりとイスを回転させ、それまで背を向けていた状態から、マドカとホナミに相対するツツジ。
その顔は満面の笑みを浮かべていた。
しかし二人は、本能的に気付いてしまう。
(目が全く笑っていない・・・それどころか、明らかな狂気を宿しているように見える。)
「やだなぁ二人とも、そんなに緊張してどうしちゃったのさ?俺の神託は間違いないよ。この部屋も神様にもらったものだしね。」
確かにこの部屋は常識外の代物だ。
それに簡単に転移で移動できる力も、神の『加護』と説明された。
しかし納得はできない。
なぜならマドカもホナミも、その神と言う存在に会った事は愚か、名前すら教えてもらっていないのだ。
二人が名状しがたい空気に押しつぶされそうになっていると、ホナミの手がそっと優しく握られる。
だが握られたその手から感じられたのは、氷を素手で持った時のような冷たさ。
「ヒッ!」っと思わず悲鳴を上げて、握られた手の先を見つめ愕然とするホナミ。
そこには見知った猫面の姿。
「ハ・・・ハル・・・。」
全く気配を感じさせず、いつのまにかそこに立っていた人物の名を呟き、ホナミは絶句するしかない。
「どないしたん、ほなみっち?つつじっちが間違ってる訳あらへんやん。」
それは全く生気を感じさせないような、なんとも抑揚の無い声だった。
ホナミの背筋に悪寒が走る。
「ツツジ・・・ハルに何をしたの?」
わからない、でもおかしいのはわかる。
ホナミの問いに返ってきたのは、「なにも~?心外だなぁ、ホナミってそういう目で俺を見てるわけ~?」というふざけた回答。
「これで会話は終わり。」そう言わんばかり、ツツジがパンパンと手を叩く。
「それじゃ改めて指令を出すよ?ホナミは『運命の輪』の捜索。マドカはヴェリオンに向ってね。ハルはまた後で・・・。」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら、三人に向けて指示を出すツツジ。
「あれ?返事は?」の言葉に、ホナミもマドカも「わかった。」と返すしかなかった。
二人が転移で消えた後、ツツジが呟く。
「今更手遅れなんだよ。『略奪者』は一蓮托生。」
そう言って回り始めたツツジを、猫面の少女だけがじっと見つめていた。
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