・第百十八話 『氷河期(アイスエイジ)』
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※三人称視点。
竜兵&バイアVSホナミの続話です。
竜兵は、手にした愛用の大剣『竜王の牙』を振りかざし、狐面の女・・・ホナミへと向けて突進する。
突然激昂した竜兵に、その場に居た誰もが付いていけない。
爆発した殺気を向けられたホナミは元より、老練なバイアですらその瞬間、思考が止まった。
それもそうだろう。
直前まで彼は努めて冷静に、その若さをどこか忘れてしまうほど、穏やかに話しているように見えたのだから。
しかしそれは、あやふやな情報、不安定な足場の中、少年が必死で保ってきた理性的判断に過ぎない。
彼の心の中、異世界に無理矢理連れてこられ、右も左もわからずに居た自分を、優しく迎え入れてくれたバイアや、『竜の都』のドラゴンたち。
そこに向けられた、謂れの無い悪意である鳥面の行為。
敬愛する兄貴分、セイを助けるために遭遇、会敵した猿面の男。
伝え聞くのは幼馴染の姉貴分、ウララを巻き込んだ猫面の女、『女帝』桜庭春の暗躍。
ずっと安否を気にかけていた秋広の情報。
そこに浮上した「狐の女」と言うキーワード。
実際に会ったその女が口にしたのは、「知らない、どうでもいい、邪魔をするな。」と言う言葉。
ストレスの積み重ね・・・それの限界が訪れた。
ホナミの不用意な言葉は、竜兵の心の柔らかい部分に刃を突き立て、その傷口をグリグリと抉る行為に他ならない。
さすがにその時になって、ホナミも我を取り戻し、素早く後退。
「魔導書」の呟きで、彼女の眼前にA4のコピー用紙サイズ、六枚のカードが現れる。
しかし竜兵は怯まない。
「ふっざけるなああああああああああ!!!」
裂帛の気合と共に、鉈のような大剣、その片刃を振り下ろす
その小柄な体躯からは、到底考えられないほどの斬撃。
身体強化魔法の『沸血』の効果と、確かな怒りに裏打ちされたその一撃は、バックステップで下がっていたホナミにも、明らかに自身の回避能力を凌駕するものであると知らしめた。
仕方なし、素早くカードを一枚選択。
召喚の理を唱える暇も無い。
インスタント召喚で現れた、巨大なカイトシールドを持つ帝国兵、『盾兵士』が竜兵とホナミの間に割ってはいる。
ズゾンッ!!
肉を断ち切る鈍い音。
竜兵の放った一撃は、構えた大盾ごと、全身鎧に身を包む『盾兵士』を両断した。
ホナミの呼び出した盟友、『盾兵士』がカードに変わる。
その間に距離を開けるホナミ。
追撃は無かった。
竜兵はバイアの、「お竜ちゃん!冷静になるんじゃ!」の声で我を取り戻し、油断無く『魔導書』を展開する。
竜兵の前に浮かぶカードは四枚。
(やむおえないか・・・。)
ホナミにとって、状況は最悪に近い。
すでに戦闘準備が整っている『力』の竜兵。
そして彼の盟友である小型とは言え、決してその力を侮ることはできない『火鱗竜』の存在。
更に何者かはわからないが、どう見ても強者に思える白髭の老人。
その上、てっきりウララと会敵するものだと思い、メタと言われるような対策カードばかり組み込んできていた。
この状態で竜兵と戦うのは危険極まりない。
『地球』のカードゲーム時代、竜兵は決して片手間に倒せる相手ではなかった。
ほとんどセイと戯れているばかりの彼だが、他プレイヤーとの戦績には目を見張るものがある。
相性の問題でセイを圧倒的に苦手にしているだけで、竜兵もやはり世界ランキングに名を刻む猛者なのだ。
それはわかっている。
わかってはいるがホナミに、他の選択枝は無い。
このまま黙ってモノリスを破壊させる訳にはいかないのだ。
ホナミもまた覚悟を決めた。
『魔導書』のカードを選択していく。
五枚の手札の内、実に四枚。
武器、特殊環境魔法、召喚・・・そしてコストだ。
この後『悪魔』のセイと戦っているであろう、ドクロ面の仲間を救援に向かわなければいけないのだが・・・。
竜兵相手に出し惜しみをして、とてもどうにかなるとは思えなかった。
むしろウララ対策を揃えた『魔導書』で、今有効なカードが三枚も引けていることを僥倖に思う。
ホナミは特殊環境魔法『氷河期』を発動した。
彼女の使用したカードから冷気が迸り、モノリスを中心とした直径20mほどのドーム型結界が構築される。
そして愛用の鉄扇、『華鳥扇』を閉じた状態で十字に構え、灰色のカード一枚を雪の結晶型紋章に変換。
厳かに召喚の理を唱えた。
『雪の精霊統べる者、冷たき風を運びし者、我と共に!』
金色の召喚光の後に現れたのは・・・水色髪のショートボブ、氷で出来た四枚羽根を持つ騎士鎧姿。
冷貌の女天使。
「主よ・・・敵は彼の者か?」
その冷たい美貌には似つかわしくない、鈴を転がすような可愛らしい声で天使が問いかける。
「そうよ。排除して。」
淡々と答えるホナミ。
「『氷の天使』アリュセ・・・!」
その者の名は、少し青ざめた竜兵が呟いた。
■
『反転』の要であるモノリスの周囲。
そこは今、直径20mほどのドーム型、氷の世界と化している。
図らずも竜兵にとってその盟友、特殊環境魔法『氷河期』、共に相性が最悪だった。
『氷の大陸メスティア』の英雄級盟友、『氷の天使』アリュセの『能力』、『孤高』・・・常時発動のそれは、ネームレベルの存在を限定する力。
厳密に言えば、一定エリア内で称号持ちの盟友を、敵味方双方一体ずつしか呼び出せないと言う物。
つまり敵方はアリュセ、こちら側は『古龍』バイアしか存在できない。
その上ホナミが作り出した氷のフィールドは、氷属性の強化と火属性の弱体化を招く。
火属性を持つ『火鱗竜』は元より、火と天属性のバイアもその影響で、弱体化を受けてしまう。
逆に氷属性であるアリュセの動きは、実に悠然としていた。
今はその羽根から打ち出される氷の弾丸を、竜兵もバイアも避ける、もしくは手にした得物で弾くことで手一杯。
『火鱗竜』に至っては、すでに何発か被弾して苦しげに身悶えている。
その動きは、可愛そうなほど鈍くなってしまっていた。
そしてこれまた異な事に、竜兵の手札四枚には称号持ちのカードが三枚。
現状の打破は難しい。
「こりゃ、さすがにまずいのぅ。」
バイアも完全に攻めあぐねていた。
避け続ける事は不可能でもない。
しかし反撃できるほどの余裕もない。
せめて本来の姿になれれば、なんとかしようもあるのだが・・・。
唯一の救いはこのフィールド、『反転』した『鈴音の町リーンドル』の効果、鐘の鳴る毎にライフが減少するそれを、完全に無効化していることだけだろう。
一方竜兵は、アリュセの放つ氷弾を避けながら、この戦い方にどことなく懐かしさを覚えていた。
それが何を意味するのかはわからずに。
されど何処と無く重要な気もする。
(アリュセ・・・『氷河期』・・・。)
この戦い方は見た覚えがある。
やはり『略奪者』が同郷、『地球』からの転移者であることは、もう疑う余地が無かった。
それと共に違和感も覚える。
『地球』からの転移者、タロット持ちのトップランカーだったならばなおのこと、彼女の言動と行動がちぐはぐだ。
狐面の女はアリュセに、「排除して。」と言っておきながら、自身は攻撃に参加していない。
この状況でアリュセと狐面、双方に襲われれば竜兵やバイアとて無傷では済まない。
それにアリュセの攻撃もまた、命を狙うものにしては随分と疎か。
避けようと思えばずっと避けていられる程度の物だ。
(もしかして・・・!)
すっかり冷静さを取り戻した竜兵は、『魔導書』のカードを一枚選択する。
そのカードは『土槍』。
単純な攻撃魔法、地面から土の槍を産み出して対象を攻撃する。
ただそれだけの魔法だ。
対象はモノリス。
地面から生まれた土槍が、モノリスを貫こうとした瞬間、ホナミは慌てて扇を開きその土槍を受け止めた。
(やっぱり!)
疑惑が確信に変わる。
向こうはこちらを積極的に排除するつもりはない。
目的はあくまで時間稼ぎ。
竜兵は叫ぶ。
「じっちゃん、モノリスだ!あれを壊せば、おいらたちの勝ちだ!」
「くっ!」
気付かれたホナミは一気に苦しくなった。
『竜棍』を縦横に振るうバイアを、必死でアリュセが押し留め、モノリスに迫る竜兵を自分が防ぐ。
武器の性能だけで言えば、そこまで差がつくわけではないが、身体強化の魔法をかけた竜兵。
更に言えば、守るべき物が近くにあるものと、それを壊そうとするもの。
それでも戦いは膠着していた。
初手で放った『氷河期』の効果が大きい。
このままならドクロ面が『悪魔』を排除するまで持たせられる。
ホナミは確かな手ごたえを感じていた。
しかし、その均衡は突然破られる。
バシャッ!ボゴォーーー!!ビギギギ・・・
突如東側・・・そう、東門のモノリスが水飛沫をあげて爆発した。
それに伴い町を覆うマーブル模様の空にひび割れが入る。
「なっ!?」
ホナミは意味がわからない。
東側にはセイや竜兵はおろか、その盟友ですら向かっている形跡は無かった。
東門のモノリスは放っておいて良いはずだった。
ゆえにホナミは、西門のモノリスを守るためにここで戦っていたのだ。
(おっちゃんたち・・・やったな!)
『深海都市ヴェリオン』が誇る凄腕諜報員、『海星』ローレンと『水先案内人』オーゾルは、二人でその使命を成し遂げたらしい。
「あと、一つ!」
気合を入れなおし、モノリスへ突撃する竜兵。
それを「させない!」と、ここにきて初めて声を荒げ阻止するホナミ。
バイアとアリュセの攻防も、双方決定打に欠けるまま継続中。
だが、誰もが忘れていた。
彼はずっとそのタイミングを狙っていた。
何か事態が動き、誰もが自分を意識外へと追いやってしまう瞬間。
彼は怒っていた。
自分の主の憤りを、その心に感じて。
だから彼は・・・傷ついた『火鱗竜』は、その残された力でモノリスに体当たりをぶちかました。
「えっ!?」
バギャーン!
モノリスを粉々に砕き、カードに転じる『火鱗竜』。
そして・・・完全に粉砕される『反転』の効果。
元の町並みに戻っていく『鈴音の町リーンドル』。
何が起きたかわからずに呆然としてしまうホナミと、『火鱗竜』の献身に気付き、「ごめんね。ありがとう。」と呟いた竜兵。
明暗ははっきりと分かれた。
直前で大剣を逆側、刃の付いていない方へ向き変えた竜兵の横薙ぎの一撃が、狐面の側頭部へ吸い込まれる。
易々とホナミの意識を刈り取った。
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