・第百十七話 『火鱗竜(ファイアドレイク)』
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマ励みになります^^
※三人称視点です。
モノリス破壊組、竜兵とバイアのお話です。
場面は変わる。
広場から上下左右に伸びた大通り、その西側へ駆け抜けるのは竜兵とバイア、そして竜兵が呼び出した盟友である『火鱗竜』。
『火鱗竜』・・・竜兵の使役するドラゴン族の中でも、ことさらに小さめなその個体。
全長こそ3mほどだが、高さは実に1.5Mほど。
空を飛ぶ翼も持たず、地面を四速歩行で走るしかないのだが、その脚力は『地球』でいう軽乗用車辺りと比べても、なんら遜色は無い。
むしろ森林だろうが砂漠だろうが、その強靭な足腰でゆうゆうと踏破することができる生物だ。
竜兵はバイアを本来の姿に戻すことも無く、また多数の飛行型盟友を携えているにも拘らず、あえて『火鱗竜』のゴツゴツとした背に跨り、二人と一体は、愚直なまでにただ真っ直ぐ西門に現れたモノリスへと向かっていた。
もちろん目的は、この町・・・『鈴音の町リーンドル』を異界化、つまり『反転』させている魔法の要である、モノリスの破壊。
目に見える距離なら、とっくに辿り着いているはずの場所。
されど直線に見える大通りは、どこかでループでもしているのではなかろうか?そんな不安を覚えさせるほどに距離が縮まない。
それは『反転』による異界化の影響だった。
竜兵の後ろ、同じく『火鱗竜』の背に跨ったバイアが、彼を気遣うように声をかける。
「お竜ちゃんや、空からで無くて良いんかのぅ?」
その疑問も当然である。
単純に考えて地面を走るより、障害物を飛び越えていける飛行の方が早いし、会敵した時も高低差の優位を取れる。
現に先ほど、哨戒部隊と思われる飛行型魔物と戦ったときは、本来圧倒的力量差があるはずの竜兵とバイアを持ってして、なかなかの苦戦を強いられた。
高低差もさることながら、バイアが人化状態なのも厳しい。
この大通り、広いとは言えバイアが真の姿になれば、周囲の民家や商店を軒並み押しつぶしてしまうことは、想像に難くない。
色々な意味を込めたバイアの質問に、その意味を完全に理解しつつ竜兵は答える。
「いあ、じっちゃん。空はたぶんまずいよ。じっちゃんがドラゴンモードになれるくらいまで高度を上げたら、まず間違いなく『反転』の効果に弾かれるんだ。『地球』に居た頃の知識だけど、おそらくここも同じだと思う。それに・・・じっちゃんが真の姿になったら、この町の人たちきっとパニックになる。」
竜兵の言葉にバイア、「なるほど。」と得心する。
言われてみれば竜兵の言う通り、緊急事態とはいえ住民に過度のストレスを与えてしまえば、この場でどんな問題が起きるかわからない。
それに竜兵は、一直線モノリスを目指しながらも、周囲の民家から窓を開けて覗く住人に対し、部屋の中に居ること、決して外には出ないことを厳命していた。
このような状況でも他者を思いやる余裕がある。
その事実にバイアは活目し、たった15歳・・・自身の二万年と言う年月から比べたら、ほんの爪先程度の時間しか生きていない少年に、再度信服した。
(ほっほ・・・長生きはするもんじゃの。まぁすでに、肉体は死んでおるのじゃが・・・。)
バイアは、目の前に座り毅然とした表情で、未だ距離の詰まらぬモノリスを睨みつける少年の背中を見つめながら、静かに一人ごちた。
竜兵と言い、彼がアニキと信頼を寄せる黒衣の少年と言い、実に面白い。
まるで明けの明星をその身に宿すが如く、いやむしろ明けの明星そのものであるかのように、魅力的な輝きを放つ、『地球』からの転移者たち。
(この老いぼれの全力を持って、この子らを守ってやらねばのぅ。)
長き生涯を閉じるその直前、竜兵と言う少年に出会わせてくれたことを、『カードの女神』アールカナディアに感謝するバイア。
■
「じっちゃん、また来た!」
バイアの思考を遮り、竜兵が上空を見上げ叫ぶ。
「なんともはや、また『ガーゴイル』とは・・・芸が無いのぅ。」
さっきから襲ってくるのはこればかり、なんとかの一つ覚えとは良く言ったものだ。
竜兵が『火鱗竜』の首筋を叩き、その歩みを止めさせる。
『火鱗竜』も嫌気が差しているのだろう。
実に面倒くさそうに、上空へ向け『吐息』を放つ。
その『吐息』は火炎放射器のようなものではなく、一つ一つが独立した直径50cmほどの火球が10。
キュド!ゴゴンゴン!
小気味良い爆発音を奏で一瞬にして迫った火球の雨が、上空にホバリングしていた『ガーゴイル』の一団を襲う。
煙が収まった先には、重要な部位を砕かれカードになってしまった者と、他の個体を盾にしたのか、はたまたたまたま運良く被害が少なかったのか、何体かの討ち漏らし。
竜兵はスタっと『火鱗竜』の背から降り立ち、何も無い空間に向けて手を伸ばす。
その手が空間の切れ目に飲み込まれ、引き戻した後には一振りの大剣が握られている。
刃渡りだけで1m、まるで鉈のような刀身、片刃のそれは、竜兵の愛剣『竜王の牙』。
いつも通り大剣を肩に担ぎ『魔導書』を開くと、運動強化魔法『沸血』を自分にかける。
「お竜ちゃんや、何か得物はあるかの?」
バイアが竜兵に尋ねる。
突然の申し出に竜兵は、「じっちゃん武器使えるの!?」と驚いた。
それもそのはず、今までのバイアは本来の姿である全長12mのドラゴンモードなら、その強靭な腕や顎、はたまた彼専用の凶悪な『吐息』が武器であるし、人化していても大抵は魔力障壁による防御か、魔法弾による攻撃しかしていなかったのだ。
問われたバイアは、「ほっほ、年の功じゃよ。大体の武具は使えるんじゃ。まぁ・・・長物が好ましいのぅ。」と、茶目っ気たっぷりにウインクする。
「それなら・・・これでどお?」
竜兵が『魔導書』から選択してバイアに渡した物は・・・『竜棍』。
長さ1.5mの不思議金属で作られた棒状武器だ。
棒の上下先端には、竜のアギトを模して作られた装飾があり、一本の棒として使うことも出来れば、簡単な手順で50cmごと、間を鎖で繋げた三節棍にもなるという代物だった。
渡された『竜棍』を数回振り回し、しっかりと頷くバイア。
「これは良さそうじゃ。ちと借りるぞい。」
そう言ってバイアは『竜棍』を構え、『火鱗竜』の尻尾部分に立つ。
「じゃあさくっといこー!」
以心伝心。
言葉が無くとも理解している『火鱗竜』が、尻尾を鞭のように上空へ向けしならせる。
尻尾に乗っていたバイアが、カタパルトよろしく空へと飛び上がり、滞空中の『ガーゴイル』を『竜棍』で滅多打ちに。
最終的に叩きつけるように、地面へと打ち出された『ガーゴイル』を、下で待ち構えている竜兵と『火鱗竜』が粉々にぶち壊す。
その時にはすでにバイア、最初の犠牲者を踏み台に飛び上がり、近場に居た個体を哀れな犠牲者へと加工していく。
あとは最早単純作業。
ほんの数分で『ガーゴイル』たちは、竜兵の『図書館』に収納されていた。
「こいつらもやっぱり・・・『略奪者』が使役してたんだね・・・。」
アンティルールが確認されて竜兵も、元から気を抜いていたわけでもないのに、いやがおうにも緊張感を高めた。
再度『火鱗竜』の背に跨り、モノリスに向けて移動しようと動き出す。
リーンゴーン・・・
鐘の音が鳴り響き、三者三様それぞれに、目には見えないダメージが累積される。
そして・・・竜兵の目の前に、あんなにも遠かった・・・実際何処まで続くのかさえわからなかった場所への通路が、突然顕現し始めた。
「条件は・・・『ガーゴイル』の指定数撃破とか・・・そんな感じかな?」
「やもしれんのぅ。」
どことなく気の抜けた会話を交わす竜兵とバイア。
その眼前で、黒曜石のような碑石、『反転』の要たるモノリスが姿を現した。
■
「狐の・・・女!」
竜兵の言葉通りだ。
モノリスの脇には一人の人物が佇んでいる。
純白のだっぽりとしたローブ越しでも容易にわかる、その女性らしい体つき。
そしてその顔を完全に覆い隠す、奇妙に意匠化された狐の面。
目に見えて竜兵とバイア、更には『火鱗竜』にまで緊張が走る。
警戒する面々を尻目に、狐面の女性が呟く。
「なるほどね・・・竜兵君が来てる訳か。てっきりウララが来るものだとばっかり思っていたけれど、これは計画の変更が必要かしら・・・。」
竜兵は不思議だった。
出掛けにセイにも言われていた、「どうやら自分のことを知っているらしい。」と言う言葉。
そのセリフを後押しするように、まるで自分やウララの事も旧知であるかのような物言い。
確かに・・・声には聞き覚えがあるような気がする。
しかし顔は隠されていてわからない。
隠しているのだから簡単に素顔を晒してくれる訳も無いだろう。
「おいらたちの事を知ってるの?」
思わず口から飛び出した問いに、返ってきたのは沈黙。
物言わぬその姿から、はっきりとした拒絶を感じ取る。
それよりも今は重要なことがある。
竜兵は何とも言えないざらつく違和感を無理矢理押し殺し、狐面の女性へ静かに問いかけた。
「あきやんを・・・どうしたの?」
(またしても答えてもらえないだろうか?)
半ば覚悟しつつも、確かめずにはいられなかった。
しかしその問いには答えが返ってくる。
「秋広・・・?知らないわ。こっちが聞きたいくらいよ。」
投げやりに、されどひどく困惑した雰囲気。
けれどそれが演技ではないと、竜兵には判断できない。
なぜなら、秋広と思われる人物が狐の女性と行動していると聞いていたから・・・。
そして『略奪者』の中には、ヴェルデの母竜とバイアの仇、鳥面の男が居るのだから。
竜兵の中で暗い感情、殺気が噴き上がる。
「おいらたちをどうするつもり?」
努めて冷静を繕う。
そう、クールに・・・自分の尊敬するアニキはいつもクールな男だ。
必死に言い聞かせた竜兵の努力が、狐面の放った言葉で霧散した。
「別にどうでもいいわ。邪魔をしないで。」
竜兵の頭に一気に血が上った。
彼はまだ15歳、異世界転移という理不尽に対し、中学三年生という多感な時期でも耐えてきたのだ。
それはセイという兄貴分の存在であったり、自分を庇護してくれたバイア、逆に自分が守らなければいけないヴェルデという子供のこと。
いくつもの事象が重なって、彼は感情を抑えてこれたに過ぎない。
「どうでも・・・どうでもいいってなんだあああああああああああああ!!!」
竜兵は激昂し、『竜王の牙』を上段に振りかぶり、突貫した。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。