・第百十四話 『反転(リバース)』
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リーンゴーン・・・
リーンゴーン・・・
リーンゴーン・・・
こんな時間に絶対鳴るはずの無い大鐘楼の鐘が鳴る。
それも三度・・・。
不気味なほど静かな町並みが、一瞬の静寂の後どこかしら慌しい空気をまとい始める。
家々のカーテンが少し開かれ、そこから漏れ出す幾つもの灯り。
さすがにすぐ外に飛び出す者なんかは居ないようだが・・・。
竜兵は表情をぐっと引き締め、タブレットPCサイズの銀板を食い入るように見つめていた。
彼が語ったその銀板の性能。
アフィナとシルキーを指しているであろう赤い光点は、すごい速さではないがそれでも少しずつ移動しているのがわかる。
いや、地図の尺図から考えるとすごい速さなのかもしれないが、そこはおれには判断できない。
その時隣室・・・アフィナとシルキーを寝かせたはずの部屋とは逆側の一室からノック。
「イアネメリラ様、セイ君・・・何事だ?」
「ローレン、開いてるから入ってくれ。」
さすがに扉越しに話すような内容じゃない。
おれの声音からトラブルの匂いでも感じ取ったのだろう。
ローレンとオーゾルがさっと部屋に侵入し、後ろ手にドアを閉める。
この辺りはさすが熟練の諜報員と言ったところか。
彼らはおれたちと情報交換をしてすぐ、宿に十分な謝罪をした後、おれの取った部屋の隣の一室に移動してきていた。
さっと部屋を見回す二人。
開け放されたままになっている、おれたちの部屋続きの小さめの部屋。
アフィナとシルキーの姿が無い事を一瞬で理解した様子が見えた。
それでも情報の把握なんだろうな。
「何があった?」と聞いてくるローレン。
「アフィナとシルキーが攫われたようだ。おれも呪い魔法で、夢から攻撃を受けた。」
ローレンとオーゾルの瞳が剣呑な輝きを孕む。
そして勝手に盛り上がっていく。
「あのような美少女たちを攫うとは・・・神が許しても、このオーゾルが許せませんな・・・。」
「よく言ったオーゾル!それでこそ誇り高きヴェリオンの貴族よ。」
竜兵のおかげで位置こそ判れど、それなりに緊張状態のおれたちを尻目に、がっちり握手するおっさん二人。
いやいや、お前らかっこつけてるけど覗き犯だったからね?
ヴェリオン襲撃話の一段落で、「あれ(覗き)も演技か?」と聞いたとき、二人揃って「あれ(覗き)は地だ!いや、むしろ我々の義務だ!」と自信満々頷いたのを、おれたちは決して忘れない。
「アニキ・・・!止まった。」
竜兵の声で我に帰る。
言うとおり、赤い光点は動きを止めていた。
「大鐘楼じゃの・・・。」
バイアがポツリと呟く。
もはやそれは確認と言うよりも諦念に近い。
(ああ・・・やっぱりな。)
そうだろうよ。
どう考えてもそれしか思いつかない。
ある意味テンプレ、余りにも芸は無いけれど八割方の予想通り・・・光点は地図上の大鐘楼で止まっていた。
おれたちもまるで同じ気持ちだ。
「アニキ、夢の中で襲われたって事は・・・相手見たの?」
おっと、うっかりだ。
竜兵に確かめられなかったら、危うく話すチャンスを逸脱してしまうところだった。
「間違いない。『略奪者』だ。」
「やっぱり・・・。」
竜兵は半ば予想していたのだろう。
彼を筆頭に、おれたちの盟友、ローレンとオーゾルも尚一層表情を引き締める。
「夢の中で遭遇したのは二人。二人とも見た事が無い奴だった。一人はドクロ面、もう一人は狐面の・・・女だ。」
「狐の・・・女!」
おれの言葉に竜兵は即座に反応する。
竜兵もおれと同じ見解に至ったようだな。
「とりあえず・・・追うぞ!」
まずはアフィナとシルキーを助けなければ・・・そんな気持ちばかり急く状態。
イアネメリラがとても心配そうに見つめてくるが、奴らがおれに対し「大人しくしていろ。」と言ったことも考えれば、逆におれに動かれると困ると言う見方もできる。
ズズン・・・ゴゴゴゴッ
(なんだ!?)
さっと装備を整え、いざ部屋から出ようとしたところで、腹に響くような振動が宿の床を伝ってやってくる。
窓から身を乗り出し外を確認。
竜兵も同様だ。
「「なっ!」」
さっきまで深夜の・・・そして平穏な町並み、そして一際目立つ大鐘楼は、まるで異界のような禍々しい物に変わっていた。
■
赤と黄色、それに緑のマーブル模様に広がる空。
到底人が作ったとは思えない、異様な捩れ方で天に向かうようそびえる大鐘楼。
大鐘楼から左右に伸びた通りの端、東西の門前に突如生まれたモノリス。
「やられた・・・!」
「アニキ!フィールド魔法だ!」
おれと竜兵は同時に気付く。
カードゲーム『リ・アルカナ』にも存在したフィールド魔法。
特定の地域を丸ごと変質させてしまう魔法だ。
今回のはおそらく・・・『反転』。
元を正せば、この世界の人やアイテム、それどころか町や地名ですらカードゲームの名称を踏襲している。
『鈴音の町リーンドル』もそうだ。
つまり、この町と同じ名称のカードが存在する。
カードゲーム時代、地名のカードを場に出せば、その土地が持つ効果を引き出すことが出来た。
それはエリア魔法よりも遥かに広い範囲。
そして本来ならばプラスの効果ばかりの土地カード。
これを逆転させ、マイナス効果を浮上させるのがフィールド魔法『反転』。
「アニキ・・・『鈴音の町リーンドル』のリバース効果覚えてる?」
不安を滲ませた竜兵の声に、黙って首肯を返す。
どうも竜兵は覚えていなかったらしい。
残念ながらおれは覚えている・・・。
思い起こせばさっきの三連続の鐘が、正しくこの効果の開幕の合図だったのだろう。
「鐘が一つ鳴るごとに、この町に存在する者はライフを削られる。」
簡単に言ってしまえばそれだけ。
だがこれが地味に効く。
おれたちや指導者、英雄級の存在ならまだしも、この町に住む一般の人々は完全にアウト。
しかもおれたちに巻き込まれる形と言うことで、おれや竜兵の罪悪感を煽る効果まで付与されている。
なんともはや・・・えげつない。
おれの顔からその辺まで察したのだろう。
竜兵が思わずと言った体で、「うげ!最悪!」と吐き捨てる。
「おいら『反転』は持ってないんだよね・・・。アニキは・・・持ってるわけ無いよね。」
逡巡し、おれに確かめる前に答えに辿り着く。
そう、土地の『反転』は、もう一枚『反転』をかければ元に戻る。
しかし竜兵はそれを持っていないのは知っていた。
彼は土地にマイナスをかけるのではなく、逆に『成長』・・・効果を上昇させる魔法しか持って居ない。
マイナス効果を成長させたら目も当てられないだろう?
そしておれ・・・土地をどうこうってのは、準備に時間がかかるんだ。
皆まで言わせるな。
要は、スタイルに合わないから持ってないんだ。
だが解決策が無い訳じゃない。
現におれはカードゲームの時代、そのやり方で何度も対戦相手の『反転』を破壊している。
「竜兵も知ってると思うが、『反転』には要がある。今回は東西のモノリスを壊せば解除できるはずだ。だが・・・。」
そこで言いよどむ。
相手だって『地球』のタロット持ち。
そんなことは重々承知している。
奴らが大人しくそれを許すだろうか?
答えは断じて否。
破壊しなければいけないモノリスは二つ、そして救出目標のアフィナとシルキー。
「我々がそのモノリスを一つ受け持とう。」
話を黙って聞いていたローレンが口を開く。
だがそれは・・・いや、ある意味ローレンとオーゾルはこの件に関して適任かもしれない・・・。
もしかしたら『略奪者』の二人は、おれ以外を補足していない可能性もあるしな。
呪いの夢だって竜兵は見ていないし、イアネメリラに解呪されるのも想定外だったように見えた。
きっとローレンとオーゾルのことは全く眼中に無いだろう。
「頼めるか?」
しばしの逡巡の後、おれは素直に協力を願った。
二人は、「もちろんだ。」「このオーゾルに任せてくれ。」と頷く。
「竜兵は・・・。」と声をかける時には、もうすでに竜兵の準備は整っている。
「アニキは大鐘楼に向かって!」
そう言ってアフィナとシルキーの光点を灯した銀板を差し出す竜兵。
おれも覚悟を決め、差し出された銀板を受け取る。
「竜兵、ドクロも狐もおれの記憶には無いが、向こうはおれの事を知っていた。一方的に情報を知られていると言うのは余りにも不利だ。十分に気をつけろ。」
頷く竜兵を尻目に、イアネメリラに手を引かれ、宿屋の窓から一気に空へ身を乗り出す。
一瞬後に身体を包む浮遊感。
おれを送り出し竜兵が叫ぶ。
「おっちゃんたちは、おいらとじっちゃんでフォローするよ!アニキはとにかくあっちゃんとシル姉のことだけ考えて!」
おれはサムズアップの竜兵を振り返り、「わかった。」と静かに頷いた。
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