・第百十一話 『焦燥』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、これはまずいかもしれない。
兄貴は・・・どうも見落としていたようだ。
いや、おれだけじゃなく、おれたちと関わったもの皆が、事の重大性に気付いていない可能性がある。
ヒントはたくさんあったはずなのに、おれたちは元より、あの聡明なクリフォードですら気付けなかったんだ。
それほどにおれや竜兵、そしてウララの印象が強すぎるんだろう。
もしかして『略奪者』たちは、これを狙っていたんだろうか?
だとしたら、あちらは完全にこっちより上手だ。
この世界の異物でありながら、おれたちより遥かに浸透している。
と言うよりもおそらく、ちゃんと研究し理解しているんだ。
『深海都市ヴェリオン』の指導者、『海星』ローレン、『水先案内人』オーゾル、二人との偶然の出会いが、おれたちにその事実を突きつけた。
■
竜兵に言われるまで気付かなかった。
むしろVRにも反応せず、身内で使っている人間が居なかったこの二人を思い出した竜兵がすごいのだろうが。
二人のおっさんは紛れも無く、『深海都市ヴェリオン』の指導者級盟友、『海星』ローレンと『水先案内人』オーゾルだ。
自身の称号を呼ばれたおっさん二人が、正座のままきょとんとした表情になる。
「・・・少年、その称号をどこで聞いた?」
ややあって、ローレンが静かに切り出す。
その表情は先ほどまで、うちの残念と馬にハァハァしていた温いものから一転し、凍てつく眼光になっていた。
パサッ・・・シュルリ
乾いた音を立て、オーゾルを拘束していたロープが床に落ちた。
彼は驚くおれたちの隙を突き、即座にローレンを小脇に抱えると、部屋の端まで一気に距離を取る。
「ローレン様、相手の力量が読めません。ここは早急に脱出したいと、このオーゾルは愚考致しますぞ。」
「素直にさせてくれるとも思えんが・・・。」
二人は口早に、小声で相談する。
そこには完全にデキる男の表情になった二人が居た。
二人揃って中々の殺気をぶつけてくる。
とっさのことで、うちの連中は全く付いていけていなかった。
おれ以外では唯一バイアが、目を細め髭を撫でながらの自然な動作で、「え?え?」と慌て続けるアフィナの前へ移動したことくらいだろうか。
(念のために、イアネメリラを箱から出した方が良いか?)
彼らを部屋に連れてくる時、イアネメリラにはその存在を隠すため、箱に入ってもらったんだが・・・もし二人揃って抵抗してきた場合、この狭い室内は余りよろしくない。
そこでハタと思い当たる。
(そうか・・・これはあのテキストか・・・。)
こちらを完全に警戒している二人の、カードゲーム時代『リ・アルカナ』に書いてあったテキスト、それも『能力』や『特技』の表記ではなく、その背景を思い出し一人納得した。
『海星』ローレン・C・ファーデルト・・・彼のカードテキストはこうだ。
【『深海都市ヴェリオン』の貴族で、世界に溶け込む形の諜報員。普段は従士の『水先案内人』オーゾルと共に、諸国に潜伏している。その称号、そして行動はヴェリオンの上層部、ほんの一握りしか知らない。】
つまりスパイ、エージェントみたいなもんだ。
ローレンが名乗った貴族ってのも事実。
何かで聞いた事がある。
本当に隠したいものがある時は、わざと別の所を目立たせる。
うその周りに真実を散りばめることで、そのうそを見えなくする。
云わば、手品の手法。
おそらく彼があえて貴族を名乗り、目に付いた女性に声をかけるのもその一環なんだ。
なればこそ、おれたちに殺気を送って来る理由はわかる。
本来一般人が知る由も無い彼らの称号を、正体不明の相手に突然言い当てられたんだ。
そりゃ驚き、警戒もするだろう。
(だが、なぜこんなところに?)
ヴェリオンは今、そんな余裕は無いはずだ。
いかにパッと見、変態にしか思え無い行動をしていても、そこは二人とも指導者級の実力者。
双方、実にいやらしい『能力』、『特技』を持っていたはずだ。
さっき一瞬で拘束から抜け出し、即座に距離を取った動きを見ても、ガセやハッタリじゃないだろう。
とっくに国の防衛へ回っていてもおかしくはない・・・。
(いや・・・待てよ。)
おれは重大な勘違いをしている。
なぜおれたちが「ヴェリオン襲撃」の情報を知っているか。
簡単だ。
セリーヌの神託を受けたクリフォードに聞いたからだ。
まず・・・そこ。
神から直接話を聞いたクリフォードなら知っている。
ゆえにおれたちは、情報を得ることができた。
しかし、その情報を流したのはフローリアの守護神である『自由神』セリーヌ。
当然、もともとの情報元、ヴェリオンの守護神である『平穏の神』オーディアも、自身の巫女に話はしているだろう。
だがこの町からヴェリオン・・・その手前である『港町カスロ』まで、休まずに飛んだバイアでも二日かかる。
陸路なら目も当てられないだろう。
ましてこの世界には、竜兵の作った「ドラゴンホットライン」なんてオーバーパワーな代物は、ほぼほぼ存在していない。
大体にして、ヴェリオンの最寄町であるカスロに居た、パモ・ピモの羽根妖精二人ですらその情報を掴んでいなかった。
彼らが語ったのはあくまで、秋広と思わしき人物のことだけ。
つまり・・・カスロにすら情報が流れていない?
彼の国の指導者二人、全く耳に入っていなくても・・・。
■
おれが考え込んでいる間に、状況は動いていた。
ローレンの縄を解き、かなり緊迫した表情で、オーゾルが覚悟を決める。
「ローレン様、最悪このオーゾルが時間を稼ぎます・・・。」
チラリと目線を動かすオーゾル。
その先にはこの部屋の窓がある。
(場所が悪いな・・・。)
何をしてくるかわからない以上、予想外の行動であっという間に逃げられてしまうかもしれない。
いや、逃げられるのは別に構わないんだが・・・。
彼らに自国の窮地を教えなくていいものか?
(いや、だめだろう。)
全く知らなかったのならまだしも、おれたち(少なくともおれと竜兵)は、彼らがヴェリオンの人間だと知っていて、こうして出会ってしまった。
ならば最大限の努力はしてみるべきだ。
「待て。ローレン、オーゾル・・・出来たら話を聞いて欲しい。」
おれはできるだけ彼らを刺激しないよう、ことさらに静かに話しかけた。
オーゾルは更に警戒を強め、ローレンは眉を顰める。
「問答無用!」と言い捨て、さっと身を翻そうとする二人に、おれは咄嗟に声をかける。
「ヴェリオンのことだ!」
再度、驚愕に目を見開く二人。
数秒の睨み合いの後・・・。
ローレンはすっと肩の力を抜いた。
「ローレン様!諦めては・・・。」
叫んだオーゾルを制し、「話を聞こう。」と半ば諦念したように座り込むローレン。
なおも納得できないのか、「しかし!」と叫ぶオーゾルに対しローレンは、「いや、オーゾル。どうあっても逃げられんよ・・・。」とバイアを見ながら呟いた。
どうやらバイアがこっそりと、相当な重圧をかけていたらしい。
オーゾルもそれを確認し、大人しくローレンの横に控えた。
「して・・・ヴェリオンのこととは?」
仰々しくも、告げられた自国の名に、どこかしら焦燥を隠しきれないローレン。
(さて・・・どこから話したものか・・・。)
■
「ばかな!ありえん!ローレン様、戯言ですぞ!」
「確かに・・・大人しく話を聞いた私が間違っていたようだ。」
おれが話し終えた後、二人の反応は芳しくなかった。
確かに遥か遠方の地で起こっているであろう事変のことを、たまたま立ち寄った旅先の宿屋。
それも、自分達より遥かに歳若く見える人族に告げられても、世界を股にかける諜報員としてとても納得できることではないだろう。
おれはそんな風に解釈したが、彼らが引っかかったのはそこではなかった。
「言うに事欠いて・・・まさかゾンビーなどと・・・!」
「闇属性魔法で動くスケルトンならまだしも、ゾンビなど空想上、いや・・・数千年前には存在したかも。と言われる程度の者ぞ!」
「「え?」」
おれと竜兵の声が見事に重なり、二人同時に顔を見合わせる。
問題は・・・そこなのか?
ゾンビが空想上の産物・・・いまいち理解できない。
(いや・・・待てよ!)
背筋に走る寒気。
おれの様子に気付いた竜兵が、「アニキ・・・。」と呟く。
そしてすぐに、おれ同様さっと表情を曇らせる。
どうやら竜兵も事の重大さに思い当たったらしい。
なんで気付かなかった?
おれたちだけならまだしも、おれたちの仲間であるこの世界の住人、アフィナやシルキー、それにバイア・・・ひいてはクリフォードですらも・・・。
いや、違うな。
きっとクリフォードも、最初は訝しんだはずだ。
現に、「そんな魔法に心当たりは無いか?」と聞いている。
それにおれたちは「ある。」と答えた。
そこで話は終わってしまった。
つまりおれたちのせいだ。
おれたちの世界『地球』、そしてカードゲームの『リ・アルカナ』の常識に、この世界の住人である人々も、意識せずに引っ張られてしまった。
これは・・・相当、深刻にまずい!
良く考えればわかることだ。
この世界では人はおろかモンスターに至るまでの生き物、中には『魔導兵器』なんていう無機物っぽいものですら、死ねば光の粒子かカードに変わり消える。
死んでも消えないのは一部の家畜用生物だったり、もしくは素材として扱うために、「冒険者ギルド」で専用の魔法をかけてもらってから倒したモンスターのみ。
つまりゾンビの素材となる「腐った死体」なんて存在しないんだ!
そこにおれたちは気付かなかった。
むしろカードゲームの知識で肯定してしまった。
こう考えるとどうだ・・・。
もしヴェリオンが、ゾンビに襲われていると救援を出したとして・・・。
どれほどの人間がそれを信じる?
この世界の人間が、どこまで危機感を募らせるだろう?
ローレンとオーゾルの反応を見れば、答えは出ている。
やばい!やばいぞ!
もしかして『略奪者』の連中は、ここまで考えて行動してるのか?
いや・・・してるんだろう。
だとしたらおれたちは、完全に出遅れている。
「竜兵!クリフォードに連絡だ!」
「うん、アニキ・・・まずいね・・・。」
「ああ・・・最悪だ!」
一気に焦燥感を募らせたおれと竜兵を、この世界の住人たちは呆然と見守っていた。
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