・第百十話 『イナズマビンタ』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、信じられるか?
兄貴が新たな旅に出ることになって一日目。
そう、一日目でこのトラブルだ・・・。
あいつがついてくる・・・十分に覚悟はしていた。
やりそうな事を予測、できる限りの対策も練った。
確かに・・・確かにだ。
おれは露天風呂にうかれたかもしれない。
それでもその予想の斜め上を行く残念な人。
そして錯乱と共に、見事なフレンドリファイアをかます馬の人。
更には、一癖も二癖もありそうな自称貴族のおっさん二人。
「あ・・・足が・・・。」
うるさい、誰が正座辞めて良いって言った?
■
湯船に散乱する破壊された間仕切りだったはずの板切れ。
女湯側の岩場でタオルで必死に身体を隠し、べそべそと泣いているシルキーと、ぐったりして横たわりその身にタオルをかけられているアフィナ。
普段は比較的落ち着いた感じのシルキーも、己が特技で盛大なフレンドリファイアを引き起こしたせいで、歳相応の少女になってしまっている。
男湯の湯船には、腰にタオルだけ巻いたおっさんが二人、ぷかぷかと浮かんでいた。
竜兵が必死で岩場に引っ張り上げてくれなければ、おれも彼らの仲間入りをしていたであろう。
当の竜兵は急いで上がってもらい、バイアを呼びに行ってもらっている。
味方は現在0、おれはソロでこの窮地を脱しなければいけない。
とりあえず服だけでも着れたのは救いだ。
「お客様・・・。これは一体・・・。」
ですよね。
女将さんごめんなさい。
おれはこの宿の主、なかなかに上品な感じの女将に、深々と頭を下げていた。
「本当に申し訳ありません。私のツレが、そこで浮いている男二人に入浴を覗かれたと言って、攻撃魔法を使用しました。もちろん壊れた設備等に関しましては、出来うる限り弁償させていただきます。」
壊れたから直せば良いって問題じゃないのはわかっている。
だが、せっかくの素晴らしい露天風呂を台無しにした、最低限のお詫びくらいはさせてもらわなければ・・・。
そんな思いで、当然のお叱りや、最悪弁償代を置いて出て行けと言われる覚悟もしながら謝った。
しかし頭の上、女将さんの口から聞こえてきたのは、「また・・・ですか。」と言う苦々しい呟きと、盛大なため息だった。
呟きの意味がいまいち図れずに顔を上げるおれ。
おれの訝し気な表情に気付いたのか、女将さんが説明を始めた。
「いえね、そこのお二人は覗きの常習犯・・・いえ、覗きだけではなく、見目麗しい女性が居ると、ちょっかいを出さずにいられないという厄介な人たちなんですよ。入浴なんかは宿泊される皆さんに注意を促してはいるのですが、お客様たちは当初フードで顔を隠されていたでしょう?しかも受付の者がまだ不慣れでして・・・一言かけるのを忘れてしまったみたいなんです。」
「そうだったんですか・・・。」
なるほど、苦々しい態度とため息はそんな理由が。
しかしなんで、そんな素行の悪い奴泊めてるのか?
とてもそういう性質の悪い感じの宿じゃなかったのに・・・。
「どうしてそんな輩を泊めてるんだと、お思いでしょう?」
疑問が顔に出ていたらしい。
「いえ、そんな・・。」と言いよどむおれを、「良いんです。当然そう思われるのはわかっておりますので・・・。」と制し、女将さんはなおも語る。
「このお二人・・・お金の払いだけは良いのですよ・・・。迷惑料込みで五割増しにしてるんですけれど、平然と払うんです。」
おれたちは朝晩食事つき、風呂自由で一人大銀貨二枚、五人で大金貨一枚だった。
つまりは一泊約2000円。
この世界の一般的な宿屋だと、銀貨五枚(500円)~大銀貨一枚(1000円)で泊まれるらしいし、「朝日亭」は十分な高級宿だろう。
そこで五割増しは結構なボッタクリのように思うが・・・。
いや、店の評判落とされてるんだから逆に少ないくらいか。
頭の中で計算しつつ、話・・・と言うか愚痴を聞く。
どうやら女将さん、かなりストレスが溜まっているようだ。
「まぁお金の問題だけじゃ無いんですけどね・・・。なんでも、お二人とも貴族様らしくって・・・。」
またテンプレか。
「ハイ、イヤな貴族入りましたー!」脳内で叫ぶミニ秋広を、脳内のミニおれがラリアットでなぎ倒した。
「ほっほ。何やらわしのツレがご迷惑をおかけしたようじゃの。」
髭を撫でながらバイアが登場。
後ろには竜兵も控えている。
ちゃんとそれっぽく偽装した、いかにも「大金入ってますよ?」って感じの袋も持ってきている。
実際には『図書館』に『カード化』して収納しているが、さすがに人目のある所で出し入れする訳にもいかない。
そう、規格外のアイテムボックスで問題を起こすのは、異世界物のテンプレだしな。
バイアが来てくれたことで女将さんの愚痴も一旦収まり、竜兵が袋をおれに渡し、その足で未だ泣いているシルキーとアフィナに着替えを持っていく。
「シル姉、ちょっと我慢してー。あっちゃんを部屋に運ぼう?」
そう言って二人の肌を見ないよう目を逸らしつつ、シルキーを何とか立たせる紳士な竜兵に、「後は任せた。」とアイコンタクト。
竜兵が確かに頷いたのを確認して、おれは女将さんに切り出した。
「壊れた設備の修繕には、いかほどかかるでしょうか?」
女将さんは大破した露天風呂を見回し、「そうですね・・・。大金貨10枚と言った所でしょうか・・・。」と答えた。
それを聞き、おれがその場で金貨を払おうとすると、女将さんはおれの手をやんわりと押さえた。
(なんだ?)
「今回はこちらの連絡ミスもありましたし、お客様方の女性も被害にあわれています。どうか弁償など仰らずお納めください。」
逆に頭を下げられ困惑してしまう。
確かに連絡ミスはあったが、うちの残念と馬はどう考えてもやりすぎだろう?
「いや、女将さん。こんな素敵な露天風呂を使えなくしておいて・・・それは。」
おれも出した手を引っ込められない。
クリフォードには大金貨300枚渡されてるし・・・この露天風呂は素晴らしかった。
正直大金貨10枚、惜しくない。
おれの頑なな姿勢にくすりと笑い、女将さんは一枚だけ大金貨を抜き取ると、「この分だけサービスさせていただきます。」と再度お辞儀する。
いや、それじゃ足りないでしょう?と思っていると・・・。
「大金貨10枚は、そちらのお二人に請求致しますので。」
そう言って女将さん、未だ浮かんだままのおっさん二人を睨み付けたのだった。
女将さん・・・プロやで・・・。
■
男部屋用にした、少し広めの客室に戻る。
おれは、パンツ一丁で後ろ手に縛られたおっさん二人を正座させていた。
もちろん少し離して残念も正座である。
馬の人は・・・なんかすげー泣いてたから、とりあえずおれの横に座らせた。
「さて・・・。自分達がどうして正座させられているか、わかっているか?」
「ハッハッハ、少年よ。今なら大事にしないでやろう。この縄を解いて謝罪したまえ。」
「さすがはローレン様!その寛大な御心にこのオーゾル、涙で前が見えません。」
パンツ一丁で、何やら尊大な態度の茶髪天然パーマになまず髭のローレン君、推定30代後半。
同じくパンツ一丁でローレン君を持ち上げる、黒髪おかっぱに口髭のオーゾル君、同年代。
二人とも黙っていれば、中々のナイスミドルと言えるかもしれない。
だがおれたちは知っている。
こいつらがどうしようもない変態だと言うことを・・・。
「セ、セイ?ボクは被害者だよね?」
正座の理由がわからず、おれに捨てられた子犬のような目を向けてくる残念。
もう・・・頭痛で頭が痛い。
女将さんのプロフェッショナルな態度に感動したおれは、問題の元凶であるダメ中年二人を引き取り、Oshiokiを敢行することにした。
「お前らな・・・。いい年こいたおっさんが、ガキみたいな真似するなよ・・・。」
ため息混じり、痺れているであろう足の先を、竜兵にツンツンさせながら苦言を呈す。
「笑止!美しい女人を見たら口説かないなど、貴族の風上にも置けぬ!」
「ローレン様の仰る通り!このオーゾル、ローレン様にどこまでも着いて行きますぞ!」
しかし二人の変態はどこ吹く風。
いや、足先ツンツンは身悶えするほど確実に利いているが。
「相手が嫌がってるだろうが?」
「ハッハッハ、青いな少年!照れているだけよ!」
「さすがローレン様!奥手な淑女にもその愛を振りまく姿。名だたる芸術家が、後世まで褒め称えることでしょうぞ!」
だめだこいつら・・・。
「ハッハッハ、そうかオーゾル。私が銅像にでもなった暁には、貴様もその従士として名を残すであろうよ!」
「ハッ!未熟なれどこのオーゾル、終生ローレン様の下で・・・。」
おれたちを完全に無視して笑いあう二人に、おれの隣から闘気が噴き上がった。
ゆらぁりと立ち上がるシルキー。
彼女は今まで見たことも無いような・・・いや、リゲルがしゃしゃった時と同じですコレ。
何も言わず、ゆっくりと二人に近付いていくシルキーが普通に怖い。
うん、ポニーテールの揺れ幅は彼女の怒りメーターよ。
おそらくあの揺れはゲージ3、超必殺技だって撃てちゃう。
「まだ・・・。」
二人の前に仁王立ち、小さく呟いたシルキーに全員が注目。
ちょっとしたホラー映画の100倍怖い。
「まだ、セイさんにも見せたこと無いのに!」
待ってシルキーさん、そこでおれの名前が出てくるのはおかしい!
しかも貴方、馬の時全裸じゃないですか?
つっこみかけたおれをキッと睨み付けた後、シルキーは信じられない威力のビンタを放った。
ベチコーン!ベチコーン!バリリリッ!
「「へぶらばっ!!」」
顔が一回転するんじゃ無いかと思う威力のビンタ、その上ビンタを食らったおっさん二人が明らかに帯電する。
【シルキーは、「イナズマビンタ」を会得した・・・!】
脳内に怪しいログが流れた気がしたが、たぶんキノセイだ。
「セイさん・・・。」
静寂に包まれる室内。
俯いたままのシルキーが呟く。
ゴクリ・・・。
誰かの唾を飲み込む音がやけに響く。
「な・・・なんだ?」
思わず言葉が詰まるおれ。
なんだこのプレッシャーは・・・。
ゆっくりと顔を上げたシルキーの目には、大粒の涙が溜まっていた。
「私は・・・馬だけど・・・馬だけど、女でもあるんだよ?知りもしない人に肌を見られたら、普通に傷つくんだからね・・・。」
そういう風に言われると辛いな。
おれは黙って両手を広げた。
シルキーはおれの腕の中に飛び込み、静かに泣き出した。
まぁ怪我の功名か。
さすがに変態のおっさん二人もバツの悪そうな顔をしている。
「いいか?これがお前らのやった事の結果だ。」
シルキーの金髪を優しく撫でながら、おっさん二人に諭すように語る。
「・・・今は、反省している。」
「・・・ローレン様・・・このオーゾル、一生の不覚だったようです。」
おっさん二人が美少女の泣き姿にほだされている時、竜兵が突然叫んだ。
「あーーーー!!!」
「アニキ!アニキ!」と興奮する竜兵を、「とりあえず落ち着け。」と宥め、その真意を聞き出す。
「アニキ!この二人アレだ!『海星』ローレンと、『水先案内人』オーゾルじゃん!」
(なんだとっ!?)
パンツ一丁のおっさん二人を観察する。
確かに・・・うそだろ・・・?
『海星』ローレン、『水先案内人』オーゾル、どちらも『深海都市ヴェリオン』の指導者級盟友だった・・・。
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