・第百九話 『風呂』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、今回は怒っても良いと思うんだ。
兄貴は確かに釘を刺した。
お風呂タイムだけは邪魔するなと・・・。
生粋の日本人であるおれや竜兵、おそらくウララもだろう。
この世界の入浴方法、それこそまさにカラスの行水にはほとほとがっかりだったんだ。
王宮なんかにもあるにはあったが。
え?これ大きなタライですよね?って言うレベルなんだぞ。
それがここに来て、手足を伸ばせる大浴場。
日本人ならもう「フォー!」だろ?
馬鹿なっ・・・!露天風呂だとぉ!?
■
セイと竜兵がいそいそと風呂へ向かい、アフィナとシルキーが覚醒できるまでには、約10分ほどの時間を要した。
「シルキー・・・。」
「アフィナさん・・・。」
二人は顔を見合わせ、「怖かったねー!」と抱き合った。
アフィナがポツリと呟く。
「お風呂ってそんなに良いのかな?」
シルキーは首を捻っている。
この世界は入浴の文化に乏しく、まして元々は野生の『一角馬』であるシルキーには、当然何がいいのかわからない。
「セイは時々妙なこだわりがあるけど・・・、竜君も楽しみにしてたみたいだよね?」
アフィナの言葉に、「確かに・・・。」と、先ほどの出来事を想起するシルキー。
「ね?ボクらも行ってみようよ。」
思い立ったが吉日思考のアフィナに対しシルキーは、「でも・・・竜君が大人しくしててくれって・・・。」と、気乗りしない様子だった。
「大丈夫だってー。ちゃんと女湯で静かにしてれば、きっとセイも怒らないよ!」
驚くほどの簡単思考。
しかしそこは『一角馬』の王女と言えど、所詮10代の少女であるシルキーも、自分の惚れた男が意気揚々と向かった先が気になってしまう。
「そうかな・・・?そうだよね・・・。」
疑問は自己完結して、甘い誘惑に誘われてしまう。
アフィナはすでに自分の着替え等を用意し始め、「メリラ姉さんは・・・無理だよね。ごめんなさい。」と、イアネメリラすら誘おうとしていた。
対してイアネメリラ、一抹どころか十抹くらいの不安を抱えつつも、「そうね~、私はやめとくね~?あーちゃん、ますたぁに迷惑かけちゃだめよ~?」と、送り出すことにしたようだ。
「あ、バイアさん。お食事とか・・・?」
手持ち無沙汰なバイアに気付き、気を利かせるアフィナ。
バイアもせっかくの好意を受け、「そうさのぅ。軽くつまめるものと、酒があれば少々頼めるかの?」と、依頼する。
イアネメリラも、「私も、少しだけお願いしようかな~?」と声をかけ、「はーい!受付に頼んでからお風呂に行くねー!」と、シルキーの手を引き退室するアフィナを見送った。
二人が揃って部屋を出た後・・・。
「バイアさん・・・。私、すごくいやな予感がするんだけど・・・。」
底知れぬ不安が襲い掛かってくるが、もはや後の祭り。
イアネメリラは目立ちたくない都合上、部屋から出られない。
バイアはバイアで、その優しげな相貌を細め、「ほっほ、わしもじゃ。」と頷いた。
二人とも・・・アフィナのことを、ある意味ではとても信頼していたのだ。
そう、テンプレマスターとしての彼女の力を・・・。
■
「ア・・・アニキ・・・!」
「まさか・・・これほどとはな!」
無駄にテンションが上がっていくおれたち。
やるな『朝日亭』・・・まさか露天風呂とは!
身体を洗い終え、かけ湯をして、さぁ浴槽へと思った時だった。
所謂スーパー銭湯的な内風呂の横壁に、なんだかこれみよがしな扉を見つけ、竜兵と顔を見合わせ一緒に開いてみた。
そこで見つけたのがこれだ。
露天風呂・・・それは天国への誘い。
玉砂利の敷き詰められた庭園風の空間。
目にも鮮やかな新緑の若木が植えられている。
いくつもの自然岩を使って作られた、およそ10人はゆうに入れるだろう浴槽に、乳白色のお湯がなみなみと注ぎ込まれていた。
木製の樋を伝ってとうとうと、一体何の色が付いてるんだろうな?
匂いは別に硫黄臭くもないし、温泉とはまた違う気がするが・・・。
巨大な岩製の浴槽は女湯と繋がっているんだろう。
女湯との壁があった場所を境に間仕切り。
ってことは総勢20人が一緒に入れる仕様なのか。
入浴文化の乏しいこの世界では随分な熱の入れようだ。
男女それぞれ、快適な空間を演出するためだろう。
間仕切りには一応しっかりとした合板を使っているようだし、それこそ肩車でもしなきゃ覗きは不可能に見える。
この世界で、修学旅行の中学生みたいに、そんな酔狂な真似をする奴が居るとも思えないが。
実に良いことではある。
風呂は静かに楽しむもの、決してそこに女の裸など求めてはいけない。
実に適温・・・何時間でも入っていられそうだ。
暑くなったら庭園の岩に腰掛け、湯休みすればいいしな。
現に竜兵はそうしている。
いや、わかってるんだぞ?
これから飯も食って・・・それなりに情報収集的なこともしなきゃいけないんだ。
それでも・・・今は・・・。
おれは湯船の中で、少しウトウトしはじめる。
慣れない空の旅に、それなりの疲労もあったのかもしれない。
ぼんやりとした意識の中で、女湯の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
「シルキー・・・これはすごいね!」
「確かに・・・これならセイさんが熱を上げるのもわかる気がするよ。」
(なんだ・・・あいつらも来たのか・・・。)
頼むから静かにしててくれよ?
そんなことを考えながら柔らかなお湯に身を任せる。
「あ、こんばんは。」と、竜兵が誰かに挨拶をした。
(誰か入ってきたのか?)
まぁいい・・・目を瞑っていれば話しかけても来ないだろう。
そんな風に考えたのが間違いだった。
ボソボソと何かを相談する声が聞こえる。
「さぁ行くぞ、オーゾル。あのような美少女が二人も入浴中とは・・・まさに天啓。貴族たる者、美しき蕾を愛でる義務がある。」
「しかしローレン様、先客が・・・。」
バチャバチャ・・・ゴソゴソ・・・
「なに・・・童とは言え奴らも男よ・・・。我々の崇高な目的に物申したりはせんだろうよ。」
「さすがはローレン様。その通りでございますね。このオーゾル、ローレン様の慧眼には、ほとほと感服の極み。」
「ア・・・アニキ・・・。」
なんだ竜兵、ちょっとだけ寝かせてくれ・・・。
ズリズリ・・・チャプチャプ・・・
「よし、オーゾル足場となれい。」
「お任せください。ですが・・・このオーゾルにも・・・。」
「アニキってば!」
あかんて、眠いってば・・・。
ザブザブ・・・
「みなまで言わずともわかっておるわ。美しき蕾たちよ待っておれ・・・。こ、これは・・・。」
「ロ、ローレン様!?どうですか?」
「アニキーーー!!!」
「「キャーーー!!!」」
(何事!?)
竜兵に乱暴に揺り起こされ、目に入ってきたのは肩車で女湯を覗くおっさん二人・・・。
ナニコレ・・・?
さっきまでの会話が脳裏に浮かぶ。
「お前ら・・・何やって・・・。」
ドゴォン!
おれの言葉は最後まで続かない。
間仕切りの板が炎の魔法で吹き飛んだ。
板があった先にはプルプルと震える、淡い緑髪サイドテールの美少女と金髪ポニテの美少女。
謎の煙さんありがとう。
貴方のおかげで彼女たちのプライバシーは守られている。
「あっちゃん、シル姉!前、前!」
竜兵が慌てて顔を背けながら叫ぶ。
「「キャーーー!!!」」
二人揃って慌ててタオルを引っつかむ。
いやいやまてまて。
一体何がどうしてこうなった?
謎のおっさん二人は、煙の向こうを見透かそうと必死で手で風を作っている。
馬鹿なの?死ぬの?
ちょっと涙目になったアフィナが叫ぶ。
「シルキー!やっちゃって!」
おっとシルキーも涙目だ。
「まだ・・・まだ・・・セイさんにも見せたことないのに!」
なんでそこでおれの名前が出てくるんだ!
馬の人!落ち着け!
「許さない!『浄化の雷』!」
人化状態で『一角馬』の特技って使えないんじゃ・・・?
あ!頭の中でリフレインする竜兵のセリフ。
「シル姉のは人化状態で『一角馬』が使える全ての技能を使えるようになる。威力も一階級分調整可能。」
付けてる!付けてるわ、あのブレスレット。
やだー、お風呂に入るときくらいはずしてよー。
ちょっと待って?雷・・・?ここで?
気付いたときには手遅れだった。
バリリリリリリッ!!
「「「「アババババババ。」」」」
謎のおっさん二人とおれ、そしてアフィナの計四人。
シルキーの放った雷が、お湯を伝って身体を舐めていく。
無事なのは庭園の方へ上がっていた竜兵と、雷を放った張本人であるシルキーだけ。
「ア、アニキーーー!!!」
「アフィナさん!!!」
おれは遠くなる意識の中で、竜兵とシルキーの悲鳴を聞いた。
だから・・・こいつら・・・いやなんだ。
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