・第百八話 『鈴音の町』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、今夜は異世界テンプレの一つ宿屋に宿泊です。
兄貴が異世界に転移してからもう二月ほど・・・・。
それだけの日数で初めての宿屋なんだが。
正直悪くない。
何だかんだでほとんどが、王宮の客間か野宿という偏った経歴だ。
普通の宿屋・・・(一応クリフォードから路銀を大量に持たされているので、そこそこに高級)は、飯もそれなりで部屋も清潔だった。
こっちの世界では余り見ない、大浴場的なものまであるらしい。
そこ!「お風呂でアクシデントですよね。わかります。」なんてニヤニヤしない!
少なくとも「おれは」、そんな気持ちは微塵も無いぞ!
旅は始まったばかりなんだ。
風呂入って飯食って、さっさと寝るぞ?(←フラグ
■
街道から少しはずれた草原。
バイアがゆっくりと大地に降り立つ。
竜兵がポーンと頭から飛び降り、イアネメリラがおれの腕にその手を絡ませたまま、ゆっくりと舞い降りる。
少々ビビリながら、シルキーとアフィナが風魔法で降りてきた。
全員が降りたのを確認し、バイアがボワンと煙を上げ、中華風仙人衣装、白髪白髭の老人姿に人化する。
「バイア、ご苦労様。」と労うおれに、「ほっほ、造作も無いことじゃて。」と好々爺な笑顔。
それなりに距離のある『鈴音の町リーンドル』。
中央に建つと言う巨大な鐘楼のサイズから見て、徒歩約一時間程度だろう。
このペースなら、暗くなる前に町の中に入れそうだな。
まずは一安心と言った所か。
とりあえず『図書館』からローブを四枚出す。
竜兵、アフィナ、シルキーに一枚ずつ渡しながら、自分も結構だっぽりとしたそれをさっさと着込んだ。
色は無難な茶系の落ち着いた感じ。
あくまで旅装の域を超えないように注意しなくてはいけない。
念のためフードもかぶっておこう。
「アニキー、おいらもフード被った方がいいー?」と聞いて来る竜兵に、「そうだな。」と返しておく。
アフィナとシルキーも一瞬逡巡したが、大人しくフードを被ることにしたようだ。
いや・・・これはあかんな。
さすがに四人フードは怪しすぎる。
基本的な交渉ごとなどもするだろうし、おれだけはフードを脱いでおく。
自分も脱ごうとしたアフィナに、「お前はだめだ。」と再度被せておくことにした。
あっと・・・それから。
「メリラは箱に入っててくれ。徒歩一時間・・・この世界だと一刻か?くらいの距離に町があるんだ。どこに人目があるかわからない。」
イアネメリラは少々不服そうに口を尖らしながらも、「はぁ~い。」と言って箱へ入った。
狭い?のかどうかはわからないが、せっかく久々の外に出れたのでかわいそうだとは思うが、彼女の姿は余りにも目立ちすぎるしな。
想像して欲しい。
薄桃色のウェーブがかった長い髪と、少し垂れ目だが色っぽい碧眼。
そのうえ、この世界ではよほどの南方地か、魔族にしか発現しないらしい褐色の肌。
やたら透ける素材で織られている踊り子さんみたいな衣装に、漆黒の大きな翼を備えた絶世の美女。
服装、人相が隠せても翼が隠せない。
そこに黙っていれば美少女な二人、アフィナとシルキーだ。
一緒に居るのは見るからに好々爺とした老人と、人族の少年が二人。
うん、トラブルの匂いしかしねぇ。
内包する力を知らなければ、遠巻きに見ながら晩酌のツマミに使われるか、もしくは難癖をつけて絡んでみるかの二択しかないだろう。
そこから正体がバレ、わけのわからん騒動に巻き込まれるのは心からご遠慮願う。
なんたって我らが誇るテンプレマスター、アフィナさんが同行中だ。
最善の注意を払って行動したい。
まぁそれなら町に寄らなきゃいいのでは?って意見もあるとは思うんだが。
今回は未だ「ヴェリオンが襲撃中」、そんな情報しかないので、道中できる限りの情報収集もしたかったんだ。
もちろん「タウンハンター」こと、川浜秋広氏の情報も、とは思っているけどな。
残念ながら、異世界物作品の定番「冒険者ギルド」っていうのは、『精霊王国フローリア』や『天空の聖域シャングリラ』には存在していなかったので、よくあるギルド間の情報共有等も無かった。
なんでもこの手の寄り合いと言うか、協会的なものはやはり人族が多く作るものだそうで、エルフやドワーフ、妖精族が主軸のフローリアにも、天使族が牛耳っていたシャングリラにも必要なかったらしい。
シャングリラに関しては天使族の弱体化と、人族のマルキストが王になったことで変革があるかもしれないが、それも年単位で時間のかかる話だろう。
そんな訳で道中、その手の施設があれば、無くてもテンプレの宿屋兼酒場な場所ででも情報を集めてみようと話していた。
そんなこんなで約一時間。
無理の無いペースで歩き続け、おれたちは何とか日暮れ前に町へと辿り着いた。
■
『鈴音の町リーンドル』・・・名前の由来は、当然中央にそびえる巨大な鐘楼。
日に三度、朝昼晩を告げる鐘が鳴り響くらしい。
人口は約五千人。
この世界では十分安定した町と言える。
町は至ってシンプルな造りだと思う。
大鐘楼を備えた広場を中心に、四方に大通りが伸び、四つに区切られた区画それぞれが独立した生活を送っているらしい。
どの区画でも商店や宿泊施設などが備えてあり、別にどこが高級区だとかは無いんだそうな。
よくあるスラム的なものも無いらしく、普通に整然としたどこかヨーロッパの町並みを髣髴とさせる建物が並んでいた。
一応魔物避けなんだろう、そこまで高くも無く強固にも見えないながら、石積みの防壁と鉄製の門があり、門の前に二人の衛兵。
すぐ側には衛兵の詰め所と思わしき掘っ立て小屋があった。
平和な所なんだろうな・・・。
門を出入りする人も少なく、ほとんどが顔見知りなんだろうが、衛兵二人は気さくに世間話をしながら通る人々を見守っている。
まぁおれたちはよそ者だ。
フード装備の三人は訝しがられるかもしれないが、こういう時の返し技はきちんとクリフォードに習ってきた。
最低限のあいさつと、ちょっとした心付けでも渡せば問題なく通してもらえるだろう。
果たしてその予想は正鵠を射ていた。
「珍しいね。旅の人かな?」
「はい、お爺様の旅に同行して、世界を漫遊しています。」
おれは一歩前に出て、頭を下げる。
「後ろのフードの人たちは・・・?」
「あの者たちもお爺様の家族です。素顔を隠しているのは我が国の宗教的な問題でして・・・成人するまでは、家族以外に素顔を晒してはいけないと言うのがあるのですよ。」
できるだけ丁寧に、にこやかなスマイルを浮かべ挨拶をする。
バイアをどこか尊い人と誤解させるのが味噌だ。
これは意外と簡単。
バイアはにこにこと微笑んでいるだけで、どこかしら謎めいた威圧感というか、大物な雰囲気を醸し出すことが出来る。
さすがは二万年生きたドラゴン。
そして怪しいフード完全装備に関しては、宗教上の問題。
神々が実在するこの世界で、宗教の話を出されて強弁できる存在は余りにも少ない。
『地球』でも年頃の女性は肌を見せないとか聞いたことあるが、普通に剣も魔法も存在する世界でそれをスルーしてしまうのは、いささか職務怠慢にも思えるが。
おそらく本当に平和な町なんだろう。
「宗教上の問題か。まぁご老体も何やら高貴なご身分の様子。騒動さえ起こさなければ問題無い・・・か。」
「ああ、そういえばそんな話聞いたことがあるな。確か東方の小国にそんな風習があるとか・・・。」
少々うまくいきすぎている気はするが、気の良さそうな衛兵のおっさん二人に追い討ちをかける。
「はっはっは。衛兵様は博識ですね。あ、そうそう、これはお勤めご苦労様です。と言う事で・・・。」
自分でも気持ち悪いと思いながら、怪しい設定と敬語を盾に内の一人にさっと金貨を握らせる。
日本円に換算したら五千円。
今夜の飲み代には十分だろう?
自身の掌を確認した衛兵が、一瞬驚くも「いや、悪いな。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。」などと一気に態度を軟化させる。
後ろ手に相方にも金貨を見せているので、相方のおっさんもすぐにご機嫌になる。
「できれば良い宿屋を紹介してくれませんか?お爺様を下手な所で寝かす訳にもまいりませんので、それなりに高級な所で・・・食事がおいしければ言うことは無いんですが・・・あ、防犯はきちんとしている所をお願いします。」
二人の衛兵はにこやかに笑うと、「ならこの道を真っ直ぐ行って、大鐘楼広場に面した場所にある「朝日亭」が良いだろう。少々高いが防犯はもちろんのこと、飯がうまいよ。大きな太陽の看板が目印だ。」と情報をくれた。
「親切にありがとう。」ともう一度一礼し、おれの行動に固まっている残念と馬を引き連れ移動した。
■
宿で二部屋を取り、ちょっと広めの男部屋に全員集まる。
一息つき、フードをはずした所で、アフィナとシルキーが詰め寄ってきた。
「セイ、さっきのはなに!?」
「セイさん、あんな話し方もできるの!?」
ふーやれやれ、当たり前だろうが。
「トラブルを回避するための処世術だ。サーデインが居ないんだから、おれがやるしかないだろう?」
言外にお前らにはできないだろう?と言う意味も込めてるぞ?
「じゃあ何でクリフォード様には・・・。」と、納得いかない雰囲気で呟くアフィナ。
簡単だ、クリフォードにはその必要が無いからだ。
「ほっほ、兄者君は多才じゃのぅ。」とにこにこバイアに、「でっしょー!アニキはすげーんだ。」と何がすごいのかわからないが、えらく誇らし気な竜兵。
「ますたぁ~?出ていい~?」
箱から聞こえてきた甘ったるい声に、「いいぞ。」と答え、イアネメリラが現れる。
「ますたぁの勇姿は箱の中でしっかり見届けましたぁ!サーデイン君も感心してたよぉ~?」
いや、その情報はいらないよ。
それはともかく。
「飯は運んでもらうとして・・・竜兵、大浴場があるらしい・・・。」
「アニキ・・・わかる!わかるよ!」
そうか・・・わかってくれるか。
意味がわかっていない異世界組。
おそらくは入浴の文化があまり濃くないのだろう。
典型的日本人であるおれと竜兵。
この世界の入浴に関する無関心さは、はっきり言って腹に据えかねる物だったのだ。
いや、あるにはあるんだぞ?
風呂もあるし、温泉もある。
しかしそれは王族であるクリフォードや、貴族だったアフィナですら「きれいな泉で水浴びでよくね?もしくは魔法。」と言わんばかりの態度だったのだ。
おれは声を大にして言うぞ。
入浴は正義だ。
いそいそと準備を始めるおれと竜兵。
そう、風呂が待っているのだ。
「いいかお前ら、おれと竜兵はこれから風呂だ。この時間を邪魔するものは何人たりとも容赦しない。」
ドン引きするアフィナとシルキーにジト目を向けておく。
バイアは我関せず、イアネメリラはいつものにこにこだ。
「アニキ・・・さすがに言いすぎ・・・。」
苦笑いの竜兵へ向き直り、おれは彼を優しく諭した。
「いいか竜兵。おれは大浴場をとても楽しみにしている。このテンプレマスターと王女様はおそらくおれたちの気持ちを理解できまい。ならばこそ自分達のイメージで、おれたち日本人の至福の時間を邪魔してくる可能性があるんだ。それは絶対に阻止しなければいけない。」
おれの情熱を感じ取り、アフィナとシルキーの顔を見つめ、竜兵は何かに納得した。
「あっちゃん、シル姉。今のアニキを怒らせたら、きっとおいらでも止められない。お願いだから大人しくしててね?」
二人は無言でコクコクと頷いた。
これで万全だ・・・お風呂でキャッキャウフフな展開など御免こうむる。
美祈とならまだしも・・・(マテ
安堵したおれは竜兵と共に大浴場に向かった・・・それが盛大なフラグだとも知らずに・・・。
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