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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第三章 深海都市ヴェリオン編
110/266

・第百三話 『聖杯(カップ)』後編

いつも読んで頂きありがとうございます。

ブクマ励みになります^^


※美祈視点後編

地球視点の重要人物ブラッド伊葉さんとの絡みです。


 殴られた頭を抑えている山本さんを尻目に、伊葉さんはわたしたちに向き直って言いました。


 「嬢ちゃんたちが客だってんなら・・・場所を変えようや。」


 さっさと背を向け、お店の更に奥へと向かう伊葉さん。

 わたしとあすかちゃんは一瞬顔を見合わせましたけど、他に選択肢も無いので彼の背中を追いかけました。

 伊葉さんはドンドン進んでいきます。

 山本さんも復活して、わたしたちの後ろに控えました。

 かなり際どい格好のお姉さんや、蝶ネクタイをしたお店の人が、すれ違う度に伊葉さんに挨拶をして、それに伊葉さんも何事か返しています。

 

 「マスター、奥借りるぜ?」


 「あいよ。」


 そんな会話が聞こえてきて、わたしたちは八畳ほどの個室に通されました。

 ガラステーブルを挟んだ対面式ソファー、向かって奥側にドカリと腰掛けた伊葉さんが、わたしたちを目で座るように促します。

 わたしとあすかちゃんは並んでソファーに腰掛けました。

 ドアを閉めた山本さんが、わたしとあすかちゃんのちょうど間くらいの位置、背中に立ちます。


 それを見届けて伊葉さんは口を開きました。


 「まずは嬢ちゃんたち、すまなかったな。普段ここを拠点にはしてるんだが、さすがに女の子が来るなら場所も変えたんだがな・・・。」


 そんなことを言って頭を下げる伊葉さん。

 わたしたちは未だに状況についていけてません。

 いえ、わたしはともかく、あすかちゃんは違いました。


 「山本?あなた、伊葉さんにアポイントを取れたと言いましたわよね?ワタクシたちの事を話してないんですの?」


 振り返り問いかけるあすかちゃんに、山本さんはサングラスではっきりとした表情が読めませんが、どうにもバツが悪そうな雰囲気です。

 それを遮るように伊葉さんが手を左右に振って言いました。


 「良孝・・・お前さん、わざと言わなかったな?」


 それは質問口調ですが、完全に断定しているような声音です。

 山本さんはそこでため息をつき、「はい。」と答えました。

 何事もそつなくこなしているような、彼らしくない態度です。

 きっと理由が・・・。


 「今回の件、相手が女性。しかも十代の高校生だなんて知ったら、先輩、絶対会わないでしょう?」


 そんな事を言う山本さんに、「まぁなぁ。」と伊葉さんは顎を撫でながら答えました。


 「でも一度会ってさえしまえば、その目で見極めると言った約束を反故にする人じゃない。だから今回はこういう形になりました。」


 それを聞いて伊葉さんは、「まぁ、何となくわかってたがよ。」と面白く無さそうに呟き、Yシャツの胸ポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出し、ジッポライターで火をつけました。

 一度大きく吸い込んで、深々とため息のように煙を吐き出す伊葉さん。


 「でだ。結局嬢ちゃんたちは何者だ?」


 わたしたちを値踏みするような鋭い眼光です。

 気圧されている暇はありません。

 わたしが先陣を切り、あすかちゃんが続きます。


 「はじめまして。わたしは九条美祈くじょうみきです。」


 「はじめましてですわ。ワタクシは天京院飛鳥てんきょういんあすかと申します。」


 伊葉さんはわたしたちの自己紹介を聞いて、訝しげに目を細めました。


 「天京院財閥のお嬢様と・・・九条・・・九条・・・『悪魔デビル』の妹か!」


 あすかちゃんにすぐに察しをつけ、わたしの苗字を反芻した後、伊葉さんはその答えに辿り着きました。


 「やっぱり・・・伊葉さんも覚えてるんですね!?」


 わたしは高鳴る鼓動を抑えきれず、思わずそう言って身を乗り出します。

 伊葉さんはわたしのそんな様子に一瞬驚くも、「なぁるほど・・・。」と言って頷きました。

 わたしの尋ね人は覚えていてくれたようだけど・・・。


 「伊葉さん、鈴原保奈美・・・『節制テンパランス』のホナミは覚えてらっしゃいます?」


 あすかちゃんが重ねて確認します。


 「・・・ああ、ホナミな。覚えてるぜ。そう言うってことはアイツも嬢ちゃんたちの?」


 「ええ、鈴原保奈美は・・・ワタクシの異母姉ですの。」


 ぐっと眉を顰め一つ舌打ちをした伊葉さんが、頭をガシガシと掻いてタバコを乱暴に灰皿に押し付けました。

 山本さんが静かに問いかけます。


 「先輩、状況は理解して頂けましたか?私が先輩を謀ってまで、お嬢様と美祈様をここまで連れてきた意味も・・・。」


 「・・・ああ、わかったよ。こいつぁ、しかし・・・だが待てよ。」


 独り言を呟きながら考え込む伊葉さん。

 すっと顔を上げ、わたしとあすかちゃんを順に見つめます。


 「嬢ちゃんたちは・・・タロット持ちじゃねーよな?なんであいつらを覚えてる?」


 「ワタクシたちはタロットこそまだですが、『ソード』と『聖杯カップ』ですわ。」


 その返答を聞いた伊葉さんは、またもひとしきり考え込むと、こんな事を言い出しました。


 「事情はわかったが、タロット持ちじゃねーなら・・・忘れろ。って言っても納得できねぇわな。しょうがねぇ。一回バトルして、話はその後だ。」


 「「ええ!?」」


 わたしとあすかちゃんの声が綺麗にハモりました。



 ■



 「一体どういうことなんですの?」


 問いかけるあすかちゃんに伊葉さんが答えます。


 「嬢ちゃんたちを巻き込んで良いか、正直判断がつかねぇ。その資格があるか、悪いが試させて貰う。」


 伊葉さんの意味深な言葉。

 わたしたちはすでに巻き込まれてると思っていたけど、彼からするとそうではないみたいなんです。

 でも何か知ってるなら、絶対教えて欲しい。

 その資格がバトルだと言うなら戦うしかありません。


 「二人とも、魔王戦は知ってるか?」


 魔王戦・・・多対一の特殊ルールです。

 チームで魔王役の相手を倒すルール、魔王役は数の不利を手札枚数とライフ増量で補います。

 あと・・・ドローもふえますね。


 わたしたちが問題無い事を伝えると、伊葉さんは部屋の壁にあったリモコンを操作します。

 奥側の壁が音も無くスライドして、そこには四台のPUPAピューパが設置されていました。


 「今回は特別ルールだ。俺が魔王、手札とライフはそのまま。ドローだけ2にする。」


 随分なハンデです。

 確かに世界ランキング二位相手に、まだタロットの称号すら持たない二人が相手ですけど。

 あすかちゃんは即座にむっとします。


 「いくらワタクシ・・・。」


 わたしは慌てて彼女の口を塞ぎました。

 「んーんー。」と目を白黒させるあすかちゃんに、静かに首を振ります。

 大人しくなった所で手を離し、わたしの考えを小声で伝えました。


 「あすかちゃん、伊葉さんが手加減してくれるならそれで良いんだよ。わたしたちの目的はあくまで情報をもらうこと。正々堂々とか、真向勝負とかそんなこと言ってる場合じゃないよ?」


 わたしの言葉にあすかちゃんも納得。

 「・・・そうですわね。ワタクシ、かっとなってしまいましたわ。」と落ち着きました。

 それに・・・たぶん、それだけのハンデを貰っても勝てるか・・・。

 いえ、伊葉さんは「自分に勝ったら教えてやる。」なんてことは言ってません。

 おそらくこの戦いで、わたしたちが彼の許容できる水準に達しているか。

 そこが問題なんです。


 「じゃあそろそろ始めようかい。」


 伊葉さんの言葉に、わたしたちは揃って「「お願いします!」」と答えました。


 約30分後・・・。

 わたしたちは負けました。

 これだけのハンデを貰っても、やっぱり伊葉さんは圧倒的に強かった。

 あすかちゃんが五分前に、そして粘ったわたしも30分でジリ貧。

 お兄ちゃんが良くボヤいていたのを思い出しました。

 「あの人には勝てる気がしねぇ・・・。」って。

 お兄ちゃんがそういう相手です。

 二人掛かりでハンデ貰ってでも、30分耐えたらすごいんじゃないでしょうか?

 いえ、この言い訳は自分でもちょっと悲しくなってきました。


 力なくソファーで肩を落とすあすかちゃんとわたしの前に、山本さんがそっとミルクティーをカップに注ぎ置きました。

 伊葉さんの前にはブラックコーヒー。

 山本さんが静かに問いかけます。


 「先輩。お嬢様と美祈様の、実力と覚悟は見て頂けましたか?」


 伊葉さんはタバコに火をつけ、コーヒーをゴクリと飲んでから、「そうだな・・・。」と呟きます。

 わたしたちは彼のお眼鏡に適ったのでしょうか?


 「正直言うとだ・・・。まだ足りねぇ。『悪魔デビル』の妹ちゃんはもう一息ってとこだな。さすがはアイツの妹だ・・・今でも普通にタロット持ちと遜色はねーな。お嬢様はだいぶがんばらねーとだめだな。良孝、お前さん随分甘やかしてるだろう?」


 (やっぱりだめなんでしょうか・・・。)


 山本さんが、「うっ。」と言葉に詰まります。

 その時あすかちゃんが、決然とした表情で言いました。 


 「伊葉様、ワタクシが甘いと言われるならそれは仕方ありません。ですが、どうかみきちゃんには情報をあげてくださいまし。みきちゃんはお兄さんと離れ離れになってから・・・本当に辛そうで、ワタクシ見てられませんの!」


 あすかちゃんの悔しそうな瞳から、ポロリと一滴涙が落ちました。

 伊葉さんはその姿をじっと見つめて、ガシガシと頭を掻きます。


 「嬢ちゃんたちの気持ちはさっきのバトルで十分伝わった。今からおれが持ってる情報も教えようと思ってる。」


 「では!?」と意気込むあすかちゃんを伊葉さんは、「まぁ待て。」と手で制し、その考えを語ります。


 「三つ条件がある。まず第一にこれから話すことは絶対他言無用。まぁ言っても信じてもらえないとは思うが・・・。それから、近日中・・・そうだな、最低でも三カ月以内にタロットの空位を得ること。そして三つ目、これから週に三回はおれの訓練を受けてもらう。できるか?」


 わたしたちには是非もありません。

 即座に「「はい。」」と頷きました。



 ■



 それから伊葉さんが話してくれたことは正に衝撃でした。

 伊葉さんは・・・お兄ちゃんが居ると思われる世界、カードゲーム『リ・アルカナ』にとても良く似た世界に行ったことがあると言うんです。

 そこで伊葉さんは老いもせず、世界中の色んな思惑に巻き込まれながら、時に戦争にまで参加しつつ、約200年ほど過ごしたと言いました。

 それなのに帰ってきた時には、ほとんど時間の経過が無かったそうなんです。

 きっとお兄ちゃんのことが無ければ、到底信じられない話だったと思います。

 でもわたしもあすかちゃんも、伊葉さんの言葉にひどく納得できました。


 更に伊葉さんは語ります。

 彼が異世界転移に巻き込まれた時、一緒に飛ばされたメンバーは三人。

 つまり伊葉さんを含めて四人。

 お兄ちゃんたちと同じくダブルスの直前だったそうです。

 なんだか仕組まれているような悪寒がしました。


 しかも転移したメンバーは、『戦車チャリオット』の伊葉さんと『法王ハイエロファント』、『審判ジャッジメント』、そして『ワンド』。

 タロット持ち三人とその手前が一人です。

 内、伊葉さんと『法王ハイエロファント』の人は『地球』に戻ってきました。

 伊葉さんの話では「戻ったと言うか、強制的に戻された。」らしいのですが、そこは良くわかりませんでした。

 そして『審判ジャッジメント』の人は行方不明。

 『ワンド』の人は・・・戦争に巻き込まれ、伊葉さんの腕の中で亡くなったそうです。

 ですからことさらに、伊葉さんはわたしたちの力不足を不安に思っていました。

 それもそのはず、伊葉さんはもう一度あの世界に行くつもりだと言うのです。

 やり残した事があると・・・。

 その準備をしている彼の周りに、わたしたちひよっこが付いて回れば、もし何かの事故で巻き込まれた時に伊葉さんの懸念が現実の物になるでしょう。

 わたしたちは尚一層見えない壁の高さを知ることになったんです。


 言うべき事を言い終えて、伊葉さんがゆっくりと紫煙を吐き出しました。


 「まぁ・・・本当は忘れた方が良いことってのもあるんだぜ。」


 その言葉には・・・頷けません。

 でもここでそれも言えません。

 伊葉さんの遠くを見る目が、とても寂しそうだったから。

 

 空気を変えるためなのか、あすかちゃんがことさら明るい声で尋ねました。


 「そういえば・・・伊葉様は、山本の前職で先輩だったんですの?」


 「ん?ああ、そうだぜ。」と答える伊葉さん。

 その答えに当然あすかちゃんは続けます。


 「では、伊葉様のご職業は?」


 あすかちゃん怖いもの知らずです・・・。

 伊葉さん、とても堅気の方には見えませんよ。

 尋ねられた本人は、「なんだ良孝?お前さん、お嬢様に教えてないのか?」と、山本さんに不思議そうな顔を向けます。

 そしてスラックスのポケットをゴソゴソ漁ると、「おれの仕事はこれだよ。」と、わたしたちにくしゃくしゃの手帳を見せました。

 わたしもあすかちゃんも絶句です。


 「「け・・・警察ーーー!?」」


 二人の声が綺麗にハモりました。




ここまで読んで頂きありがとうございます。

良ければご意見、ご感想お願いします。


※地球側は一時中断。

次回はセイ視点です。

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