・第十話 『斥候』
異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君は今どうしているだろうか?
兄貴は今日、生まれて初めて自分の手で生き物を殺したよ。
まぁ平和な日本には無い感覚だけど、人が生きるためにたくさんの生き物を殺していたってのはあるよな。
魔法だったから直接の感触は無かったけど、あまり気持ちのいいものじゃないね。
それとやっかいな奴が一人増えた。
どんな奴かって?
エルフとドワーフのハーフな15歳の少女だ。
一般的に見て美少女なんだろうが、ウララとは違った意味で残念な感じだ。
ボクっ娘ハーフエルフとかどんだけ属性持ちなのか・・・
秋広がはぁはぁしそうだ。
■
「なにこれ・・・すごくおいしい・・・。」
簡単な説明が終わり、紅茶を一口飲んだアフィナが呟く。
意味がわからん・・・こんなもんだろ?
よっぽど欠食児童だったのか?
「違うよ!たしかにあんまりお金持ちじゃないけど、一般ですー!」
おい、心を読むな。
おれの少々失礼な考えを見透かしたのか叫ぶアフィナ。
「おい、やっぱ貨幣の概念はあるのか?」
うっかりしてたな・・・このままだと無一文だし、この格好も目立つのだろう。
きょとんとした表情でおれを見つめた後、一人得心顔になるアフィナ。
「そうだよね、セイは異世界から来たんだから、この世界のことはわからないよね・・・」
その後アフィナが説明してくれた、この世界の一般常識少々。
どうやら貨幣は6種類ほどあるらしい。
青銅貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨。
物価を聞いてみるとそれぞれ1円、10円、100円、1000円、5000円、一万円みたいなもんらしい。
そしておれの今の法衣姿は目立つこと間違いなしらしい。
とりあえずその話を聞いて、老婆たちの物だったと思しきチェストを漁り始めるおれ。
アフィナがドン引きしているような気はするが、とりあえず放置だ。
主人がもう居ないのだから、おれがもらっても問題ないだろう。
チェストから皮袋に入った貨幣(約20万円くらいあった)と、だぼっとしたローブのようなものを拝借する。
何枚かの『カード化』した貨幣を、『図書館』に収納しているおれに、
「・・・ねぇ、なんで『レイベース帝国』なの?」
ポツリと、そんなことを尋ねてくるアフィナ。
「さっき説明しただろう?自分の世界に帰るためだ。」
「でも・・・帝国に。セイが求めてる魔法があるとは限らないんでしょう?」
「それはそうだが、どうせおれの幼馴染たちも拾っていかなきゃいかん。結局、どこからでも構わないなら邪魔っぽい所からってだけだ。」
まぁ『精霊王国フローリア』を助けてやる意味は、そんなに重要視してる訳でも無いんだが、幼女の声が耳に残っているのも確かだからな。
おれの言葉に、アフィナはしばし黙考した後、
「・・・決めたよ!ボクもセイについて行く!」
決意を込めた表情で言い放った。
「断る。邪魔だ。」
当然断るおれに、涙目で訴えかけるアフィナ。
それから自分の境遇やなぜ『流転』を使ったか、自分を連れて行けば、こんな特典があるぞ的な売り込み、なりふり構わず縋ってくる。
どうやらアフィナは『精霊王国フローリア』の新兵で15歳、エルフである『風の乙女』シイナと、無名のドワーフとの間に生まれた忌み子だったらしい。
両親ともに他界していて、シイナの力を受け継ぐ者がアフィナしか居なかったため、『風の乙女』を襲名はしたが、この世界で立場の低いハーフは迫害のようなものを受け、半ば左遷のような形でこの結界塔で生活していたそうだ。
そんな折に帝国から宣戦布告を受け、『双子巫女』とともに『流転』で状況の打破を図ったと・・・。
『風の乙女』の称号を受けているだけあって、風の精霊魔法が得意らしい。
あとはドワーフとのハーフだからか、火の魔法を少々使えるとかなんとか。
まぁ戦力的な意味で言うと、この世界の英雄級や指導者級を盟友として召喚できるおれの、足元にも及ばなそうではあるが・・・
ちなみにこの世界の生物や、おれの召喚する盟友にも等級がある。
それは兵士級、仕官級、将軍級、指導者級、英雄級、神級だ。
おれの『魔導書』に入っている盟友は、すべからく指導者級か英雄級。
正直、士官級らしいアフィナはお話にならない。
そんな時だった。
シブい声が響いて、箱から真っ黒い子犬が出てくる。
「主、何者かがこの塔に近寄ってきている。」
「ロカさん、敵か?」
「わからん、とりあえず大きいのが一つ、小さいのが五つほどである。」
「まさか・・・『幻獣王』・・・」などと呟いているアフィナは放置だ。
おれは出口と思わしき木の扉に近づき、少しだけ扉を開け外を伺う。
そこは塔の中腹と思われる、外付けの階段に繋がっていた。
■
外の荒野には、身の丈4mほど、部分的に鎧を付けた緑の肌の凶暴な容貌の巨人と、軍服のようなものを着た兵士っぽいのが五人。
兵士は帯剣し、顔にはスコープのような物を付けている。
「あれは『精霊王国フローリア』の兵か?」
おれの後ろから外を覗いていたアフィナに確かめる。
「違うよ、あれは『レイベース帝国』の斥候兵・・・たぶん偵察。まさか、オーガを連れて来てるなんて・・・」
「主、この結界塔はすでに弱体している。おそらくは『双子巫女』が居なくなったせいである。」
結界が弱まったから確認に来たとかか?
ふむ、なんだかまずそうだな。
ここでおれの存在が、帝国にバレるのは良くないと思える。
できればこっそり片付けたい。
異世界だからか・・・驚くほど迷いは無かった。
「ロカさん、やれるか?」
「少々魔力をもらえたら問題無い。」
「よし、じゃあ頼む。」
即断即決、帝国兵を駆逐することに決めたおれたちを見て、アフィナが焦っている。
「斥候って言っても、帝国兵は仕官級より上しか居ないんだよ?それにオーガも・・・」
「今ここでおれの存在が漏れるのはまずい、お前は塔に隠れてろ。」
そう告げたおれは、アフィナの返答を待たず、魔力を注いで2mほどの体躯になったロカさんに跨って、外へ飛び出した。
「なんだ貴様は!」
突然塔から飛び出してきたおれたちに、帝国兵が誰何する。
おれはロカさんから降り、念のため魔導書を展開する。
おれが魔導書を開いている間に、帝国兵はすでに三人がロカさんに屠られていた。
さすがロカさん、容赦ないな。
「なんだこの魔物はぁ!」
慌てて身構えた残り二人の帝国兵が、オーガをけしかけて来る。
ロカさんの全身から、黒い霧のようなものが噴き出す。
霧に飲み込まれるオーガと帝国兵一人。
帝国兵は声も出せず喉元をかきむしった後、白目を剥いて昏倒する。
霧の中をオーガは平然と突き抜けてきた。
部分鎧が淡く光っている。
「む、主・・・闇と水の抵抗鎧だ、我輩と相性が悪い。おそらく弱点は炎である。」
なるほど、やっぱりあるのか魔法鎧。
それにしても闇と水の抵抗とは・・・
ロカさんの特技『魔霧』はまさに闇と水属性の屍毒、たしかに相性は最悪だ。
ロカさんの声を聞きつけたのか、塔上の扉から身を乗り出したアフィナが、火炎の玉をオーガに向けて放った。
隠れてろと言っただろう?
その火炎の玉をオーガは煩そうに振り払う。
おいおい、腕の一振りで消えるとか弱すぎるだろう・・・
「そんな!」とか騒いでる残念はほっといて、さっさと沈めよう。
「ロカさん、離れろ。」
「承知。」
ロカさんが距離を取るのを確認し、おれは魔導書から三枚のカードを選択する。
『伝説の旅を続けし者、炎の祝福受けし者、我と共に!』
召喚の理を唱え終えると、金色に輝く世界。
そこに現れる、赤いざんばら髪をポニーテルのように括った、身長160cmほどの柔らかい表情の青年。
濃い茶色のくたびれたローブを纏い、天辺に真っ赤な宝石が付いた、身の丈と同じくらいの大きさの木製の杖を持っている。
「・・・まさか・・・『永炎術師』プレズント・・・」
アフィナの呟きは正解だ。
「プレズント、インスタント召喚で済まない。頼む。」
インスタント召喚、呼び出した後一つアクションを起こすと帰ってしまう、緊急措置をしたおれが謝り、選択したカードの一枚を渡す。
内容は『爆破』。
「わかってるよマスター、気にしないで。」
そう言ってカードを受け取ったプレズントが、カードから魔法を顕現させ、おれが唱えた『火炎』に被せる。
そして二人の詠唱が重なる。
この間、五秒。
オーガは呆然としたままだ。
「「爆炎の召喚」」
視界は紅に包まれた。
轟々と音をたて、まるで太陽のように燃え盛る炎が、呆然と立ちすくむオーガを包み込む。
さっきアフィナの火の玉が、あっさり弾かれていたから『リ・アルカナ』最強の火魔術師であるプレズントまで呼んで、合成魔法をしかけたんだが・・・
どうもオーバーキル感が拭えない、おれの額に冷や汗が流れた。
三分ほどで炎が消え、プレズントが光の粒子に変わり、おれへ手を振りながらゆっくりと消えていく。
あとには消し炭と化したオーガ。
オーガとロカさんが屠った四人の帝国兵は、カードに変わり虚空へ消えていった。
「済まない主、一人逃がしたのである。」
放置気味だった一人の斥候は、ロカさんを撒くほどの逃げ足だったようだ。
んーちょっとまずったか・・・
とりあえずここは離れた方が良さそうだ。
よろよろと塔から降りてきたアフィナを見つつ、おれは嘆息した。