・番外編 ある英雄のお気に入り
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※番外編SSです。
短めですが、楽しんで頂けたら幸いです。
「ケェェェェン!!」
森の中、少々不自然に開けたその広場に、とある獣の叫びが響き渡る。
その広場には、一本の大樹を加工して作られたように見える建造物。
大樹の中程にある木製の扉が開く。
中から現れたのは鮮やかな緑の長髪、青い瞳のうら若き女性。
特徴的なその長耳ゆえエルフ族であること、なればこそその年齢が見た目通りでないことは、想像に難くない。
「どうしたのかしら?今日はずいぶん早いわ・・・。」
そんな事を呟きながら、額に手をかざし上空を見上げる。
空に浮かぶ大柄な影。
鳥・・・ではない。
それは獣。
大鷲の翼を持つ獅子、『翼獅子』だ。
建造物の上空を、悠然と旋回していた『翼獅子』が、女性の姿を見止めゆっくりと広場に降りて来る。
女性も合わせて広場へと向かった。
「今日はどうしたのカーシュさん?ずいぶん早いようだけれど・・・。」
怪訝な表情を浮かべながら、広場に降り立った『翼獅子』に話しかける女性。
本来なら不思議なことである。
基本魔物と呼ばれる者は、言葉を話すことができない。
人化できる一部の魔物が、人語を話せることは少数ながら確認されているが、獣の姿である以上それは望めないはずだった。
しっかりと研究されている訳でもないが、およそ口の構造などが言葉を発するのには向かない。とされているのが大きな要因である。
もちろん魔物とて愚鈍では無い者も多々居るため、言葉こそ話せずとも人の言っていることはわかる。
簡単な意思疎通など、ジェスチャーや表情の動きで確認することは、簡単ではないが可能である。
しかし、彼女の場合はそのような雰囲気ではなかった。
聞けば応えてくれるのがわかっている。そう明確に思っているのが傍目から見てもわかっただろう。
カーシュと呼ばれた『翼獅子』は、女性の目をじっと見つめた。
その途端女性の脳内に響いてくる渋い男性の声。
【『森の乙女』カーシャよ。今日は届け物があったのだ。】
「届け物?」
そう、『森の乙女』カーシャの守護する『オリビアの森』の結界塔、そこを訪れたのは『翼獅子』族の指導者『獅子王』カーシュ。
彼は『念話』によって会話ができるのだ。
【英雄の弟殿が、また何やら便利な物を作ったらしい。それと・・・もう一つ、『森の乙女』に頼みがあってな。】
そう言って、自分の首にしっかりと結ばれた風呂敷を見せるカーシュ。
カーシャは小首を傾げ、「竜君が・・・何かしら?」と風呂敷を開ける。
中から出てきたのは、オニキスをあしらった秀麗な銀細工のブローチと、手紙が二通だった。
「オニキスのブローチ・・・?」
いまいち理解できない。そんな表情でカーシュをみつめる。
【内容は手紙に書いてあるらしい。】
「とりあえず・・・カーシュさん、上がって行って?」
結界塔へと促すカーシャに一つ頷いた『獅子王』が、慣れた様子で【邪魔するぞ。】と階段を付いていく。
中に入って即気付くカーシュ。
【食事中だったか。済まぬな。】
木製のテーブルの上には食べかけの食事。
カーシャはテーブルの上を、ざっと片付けながら苦笑する。
「いいの、いいの。本当はそんなに食べなくても良いのだけれど、セイさんにおいしい食事を教えられてしまってからはだめね。最近は毎食ちゃんと取る様になってしまって・・・。」
【なに、食事は重要だぞ。】
自身のいつもの居場所、イスを除け広げたテーブルの下を空けてもらい、生真面目な口調で返答するカーシュに、「太らないか心配なのよ。これでも女ですから。」と言って微笑むカーシャ。
「そうそう、カーシュさんこれ食べてみて?」
カーシャが差し出したのは、セイが作ったものに良く似たサンドウィッチ。
マヨネーズであえたゆで卵を挟んだ、所謂たまごサンドというものである。
【ふむ。お言葉に甘えるとするか。】
サンドウィッチを器用に嘴で受け取ったカーシュを尻目にいすへと腰掛ける。
そして「どれどれー?」などと呟きながら、手紙を読み始めた。
「また・・・すごい物を作ったわね。」
手紙にはこんなことが書いてあった。
カーシャ姉へ
おいらがんばったよ?
カーシャ姉の『ゲート』を強化する『謎の道具』の開発に成功しました!
たぶん普通にフローリア内の、木が生えてるとこならどこへでも。
あとはおいらの近くにも飛べるよ。
それからそれから、アニキがその内シャングリラも開放してくれるから、変な干渉が無ければアニキの側にも飛べると思う。
おいらのドラゴンネットワークの力も流用してるからね!
さすがに木の力を使わない場合は、一週間とか魔力を貯める必要があると思うけど・・・。
手が空いたら試してみてね?
竜兵
明らかに世界に喧嘩を売れるレベルのオーバースペック。
カーシャも思わず絶句、常識人としては少々頭痛がしてきたようだ。
気を取り直し、もう一枚の手紙の封を切る。
「図面・・・かしら?」
広げた手紙には、野草のような見たことが無い文様が描かれていた。
たまごサンドをきれいに平らげたカーシュが声をかける。
【ごちそうさま、大変美味であった。そちらの手紙は我の頼みごとの方だ。】
首を傾げるカーシャに、【『森の乙女』は染物が得意と聞いてな。】と応える。
「この文様の・・・布を織れば良いのかしら?」
いまいち状況が掴めないまま、とりあえず確かめると【うむ。是非頼む。】と力強い返答が返ってくる。
「あんまり・・・おしゃれには見えないけれど・・・。」と呟くカーシャに、心底驚いた表情をその獣面でやたら器用に表現するカーシュ。
【カーシャよ・・・。その文様は唐草模様と言うらしい。弟殿が図案を起こしてくれたのだ。それはな・・・英雄が好む文様ぞ!】
「えぇっ!?セイさんが!?」
余りの衝撃に言葉を失うカーシャ。
とてもあのクールなセイが好むようには思えない。
だって何だかぐねぐねしているし、色があんまりな緑である。
逆にカーシュは「我が意を得たり。」と言わんばかりに頷くと、事の真相を語り始める。
【我がこの首に布を巻いた時、英雄は確かに心で思ったのだ。「あら、かわいい。これで唐草模様なら完璧なのに・・・。」とな!口にこそ出さずとも、我の『念話』には筒抜けよ。ゆえに、我は何としても唐草模様の布を首に巻かねばならぬ!】
「なんて・・・こと・・・。」
がっくりと項垂れるカーシャ。
彼女にとっては正に盲点、驚きの新事実だ。
セイさんにそんな趣味があったとは。
そう言われて見れば、何だかすごく素敵に思えてきた。
「カーシュさん。私もこの布、首に巻いてみようかしら・・・。」
【良い考えだな!二人で英雄を喜ばせようではないか。】
「そうね、そうよね!」となんだか異様な光を目に宿すカーシャ。
そこでカーシュがハタと気付く。
【『森の乙女』よ!どうせなら大量に作って、他の者たちにも英雄を喜ばせる手伝いをさせようではないか!】
「カーシュさん・・・素晴らしい考えだわ!私頑張る!」
【うむ。我にできることがあれば、何でも手伝おう!】
こうしてセイの不用意な思考が、名前の良く似た二人を大暴走させ・・・『精霊王国フローリア』に、唐草模様のネッカチーフが大流行することになる。
それを見たセイがドン引きする結果になるのだが、それはまた別の機会に・・・。
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※カーシャさんは清楚で大人の女性な雰囲気ですが、セイと出会ったせいで300年物の乙女をこじらせていますw