・第九話 『風の乙女』
※4/26 微修正しました
異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君は今どうしているだろうか?
兄貴は今、時代の流れを感じている。
ここはゲームの中の世界じゃない、この世界に生きてる人は確かに存在し、成長する。
そんなことを再確認したよ。
おれの幼馴染たちも、それに気付いてくれるといいが・・・
特にあの二人がゲームかなんかと、勘違いしていないか不安でならない・・・。
■
おれが酩酊感のようなものから目覚めると、そこは最初の石櫃のような部屋の緑に光る魔方陣の上だった。
「・・・帰ってきたのか・・・。」
一人ごちながら、周りをもう一度見回す。
最初は気付かなかったが、狭い室内の端に木でできた扉がある。
(たしかここは、セル・ネルの管理する結界塔とか言ってたか・・・。)
おれを喚ぶために、そして『カードの女神』と会わせる為に、命を捧げた老婆二人のことを少しだけ思い出す。
(たしかに勝手な理由で巻き込まれたんだが・・・どこか憎めなかったんだよな・・・。)
それはあの老婆たちのまなざし、おれを初めて見た時に浮かべた、まるで我が子を慈しむような目線が脳裏に残っていたからかもしれない。
それはそれとして、元の世界に帰るためにもずっとここに居るわけにもいかない。
おれは目の前、部屋の端にある木の扉を開く。
そこには幅は人一人がやっと通れる程度、20段くらいの石造りの階段があった。
暗いが見えないほどじゃない、上の方から光が漏れてきているようだ。
階段を上るとまた木の扉があり、その扉を開くと小さな部屋があった。
ここは老婆たちの居住区ってとこか。
さっきの石櫃のような部屋とは違う、簡素な絨毯が敷かれた部屋に小さな暖炉と、木で出来た粗末なテーブルと椅子が二脚。
部屋の隅には小さな祭壇と二段ベッドがある。
二段ベッドの下の段には人が寝かされているようだ。
(たぶんあれが、今回の召喚劇の首謀者だな・・・。)
老婆の態度から予想は付いていた。
おれはそのベッドにゆっくりと近づく。
あれだけ頼まれて恨みも無いが、どんな奴かくらいは確認しておこう。
「『風の乙女』シイナ・・・?」
その人物を見た瞬間、おれの脳裏に浮かぶ一枚のカードに思わず漏れた呟き。
緑の髪をサイドテールにしたおれと同い年くらいの、その少女に見覚えがある。
だが、少しだけ感じる違和感・・・。
(何だ・・・?あっ・・・そうか耳か。)
おれの知っているカードの『風の乙女』シイナは、エルフとして描かれていた。
この少女の耳は人としては少し長いが、尖っているというほどではない。
おれが少女を観察していると、彼女の青い目がゆっくりと開く。
「・・・ウィッ・・・シュ・・・さま?」
なるほど、彼女たちが召喚したかった勇者ってのは『蒼槍の聖騎士』ウィッシュだったのかもしれんな。
「違う、おれは九条聖、異世界人だ。」
おれの言葉に目を見開く少女。
「ボッ、ボクは・・・失敗したんだね・・・。」
人の顔見て失敗とか失礼な奴だな。
一度ベッドから身を起こすが、すぐに体勢を崩す少女におれは聞く。
「おい、お前は『風の乙女』シイナか?」
一瞬きょとんとした少女だが、詰まりながら答える。
「ボ、ボクは『風の乙女』だけど、シイナじゃないよ・・・シ、シイナはボクの母さんの名前・・・えっと、しじみはお母さんのことを知ってるの・・・?」
(しじみって・・・おれは味噌汁の具じゃねーぞ、異世界だと呼びにくい名前なのか?混乱してるだけかもしれんが・・・それに娘ね、なるほどこの世界がいよいよ現実じみてきたな。)
「・・・セイで良い。そうか、お前はシイナの娘なのか。ところで、神代級転移魔法『流転』を使ったのはお前か?」
おれの言葉に、はっとした表情で警戒を強める少女。
「・・・なんでそれを・・・貴方一体誰なの・・・?あっ!セル様とネル様はどこ!?」
やっぱりこいつが元凶か。
婆さんたちのことはごまかしてもしかたないしな。
「・・・『双子巫女』なら逝ったよ。魂の磨耗だそうだ、少なくとも苦しんではいなかった。おれはお前らの魔法に巻き込まれた、異世界の学生だ。とりあえず・・・謝罪。」
「・・・えっ・・・あっ・・・あの・・・ごめんなさい・・・。」
消え入りそうな声で謝る少女。
許すにしても謝罪は別だ、おれは親父にそう言って育てられた。
さて、それじゃ帝国にOshiokiしにいくか。
「じゃあな、おれは行く。」
謝罪も受けたし、確認もした、次の目的へ向かおうとするおれに、少女が必死という声をかけてくる。
目的も済んだから早く動きたいんだがな。
「まって!異世界人って・・・貴方は、どこに行こうとしてるの?」
「・・・元の世界に帰るために、特級クラスの魔法が要るんだよ。・・・とりあえず『レイベース帝国』だ。」
振り向きもせず告げたおれの手を、必死に掴む少女。
「そんなっ!『レイベース帝国』は危険だよ!ボッ、ボクがなんとか戻す手段を探すから!」
「要らん、『カードの女神』から加護を受けた。この力で魔法を集めて帰るだけだ。」
なんだこいつ意外と力が強いな・・・。
振りほどこうとしたのに、しっかり握られてしまっている。
「アールカナディア様の加護!?どういうこと?ちゃんと教えて!」
押しも強いようだ・・・。
おれは振りほどくのを諦め、かいつまんで説明することにした。
その前に・・・
「・・・おい、行かないからとりあえず離せ、痛い。」
まぁほんとは大して痛くも無いんだがな。
その言葉で、やっと自分が赤くなるくらいおれの手を握り締めていたことに気付き、真っ赤になって「ごめんなさい・・・」と手を離す少女。
ふぅ~・・・なんだか面倒なことになりそうだ。
おれは部屋の中を見回し小さなキッチンを見つける。
「・・・茶は・・・これか。」
立ち話もなんだろう、とりああえず茶でも飲んで話すか。
使い方がいまいちわからんが、これがコンロか?
どうやらテンプレ通り文明Lvは低いようだが、魔力式のような調理器具がある。
ラノベの主人公がよくやってるようなイメージで、コンロに設置された石に魔力を送ってみる。
ちょっと待て、えらい熱くなったぞ・・・。
少し火力を抑えるイメージでうまくいった。
なんとかお湯を沸かし、どうやら紅茶に近いようなものを二人分淹れる。
その間、少女は呆然としておれを見詰めていた。
「おい、お前こっちで茶でも飲め。」
粗末なテーブルに紅茶のようなものを置き、二つしかない椅子に腰掛けて少女を呼ぶ。
「あっ!あの・・・ボ、ボクは『風の乙女』アフィナ。セ、セイは魔道士・・・なの?」
ビクビクしながら寄ってきた少女に、お茶のカップを渡しながら、
「ああ、どうやらそうらしいな。この世界の魔法はよくわからんが、構造的にできそうだったからなんとなくやってみた。」
おれはそう答えた。
「・・・で、でも、詠唱も何も無しで・・・それも加護の力なのかしら・・・。」
・・・しまったな、できそうだから思わずやってしまったが、異常なことをしたようだ。
まぁできるもんはしかたない、次からは目立たないようにやろう。
「・・・まぁ、そんなとこだ。まずはおれがこの塔に来た時の話だな。」
おれは少し誤魔化しながら、召喚されてから『双子巫女』『カードの女神』に聞いた話を、かいつまんでアフィナに話し始めた。