奇跡の再会
「あそこの森からだ!」
リュートたちは煙が立ち昇る森を目指して素早く走っていた。場所も近かったためか、すぐにその入り口へと差し掛かる。魔獣に襲われているという人たちは無事なのだろうか。誰かも分からない人を助けるため、リュートは更にその素早さを増していく。
「あれは……!」
「囲まれているな」
前方に見えるのは<ベルド>たちに囲まれている二つの人影だった。遠目には分からないが、その背丈は大きくない。
「間に合え……!」
今にも<ベルド>に襲われようとしているのを見ながら、リュートは祈る気持ちで走っていく。しかしリュートが<ベルド>へ辿り着く前に、<ベルド>は二人のもとへと走りその爪を光らせる。
「くそっ……!」
「任せろ」
その間にリュートは入れなかったが、すぐ後ろを走っていたヒースが声を掛ける。その言葉にリュートは無条件に安心していた。
「炎よ、燃えつくせ!」
その詠唱と同時に、二人を襲おうとしていた<ベルド>が悲鳴を上げて燃え上がった。
「間に合ったようね。そのまま囲んでいる魔獣を殲滅しましょう」
襲われていた二人の命が助かったことに誰もが安堵し、そしてマリーアの言葉で全員が<ベルド>を倒そうと動いていく。マリーアとヘルムートは左へと回り、キットとキッドは右へと回った。そしてリュートはそのまま直進し、二人の横を通り過ぎて奥の魔獣へと向かっていく。
「リュート……?」
魔獣を殲滅するために急いでいたリュートの耳に、自分の名が聞こえてきた。それを不思議に思いながらも、まずは魔獣を倒すことだけに専念しようとする。
様々な戦いを経験してきたリュートたちにとって、<ベルド>の群れは難しい相手ではなかった。あっという間に二人を囲んでいた<ベルド>たちは全滅していく。しかしその<ベルド>を呼んでいた<ヘル>はどうやら近くにはいないようだ。遠くの方で気配を感じつつも、リュートはそこまで追うことはしない。<ヘル>もまた、新たに現れた人間を警戒するように様子を窺っているところだった。
「とりあえずは大丈夫そうだな」
その様子にヘルムートが周囲を見回しながら口にする。
「そうね。<ヘル>がまた<ベルド>を呼び出さないうちにこの森を抜けましょ」
マリーアもまたみんなを見ながら注意を促していく。そして助けた二人へと視線をやると、そこで驚きに目が止まった。
「マリーア?」
「貴方は……!」
マリーアの声音にみんなが驚き、そして二人の少年と少女を見やった。リュートも同じように視線をやるが、それと同時に少年がこちらへと向かって走り出す。
「リュート!!」
少年は嬉しさのあまり、勢いよく飛びついてリュートに抱きついた。自分より小柄な少年を抱きとめながら、リュートはいきなりのことで動揺する。しかしその存在にマリーアと同じように驚いて声を上げた。
「お前……クルス……!?」
それは確かにアルスタール城を抜け出したときに橋から転落して落ちたクルスだった。以前は長かった髪形をバッサリと切り落とし、その顔もまた以前と違って輝いているように見える。印象はまるっきり違ってはいたが、それでも少年は間違いなくクルスだったのだ。
「良かった。こんなとこで会えるなんて思わなかった!」
「どうしてクルスがここに……」
リュートは目に見えるように動揺していた。それはマリーアも同じで、今ここにいるクルスが幽霊なのかと錯覚しそうになるくらいに。
「おい、何でクルスがいるんだ!?死んだんじゃなかったのか!?」
キットとキッドもまたクルスの死を知らされていたために驚きを隠せない。クルスはそんな四人と見知らぬヒースとヘルムートを見回しながら、自分があの時生きていたことを口にする。
「僕は死んでないよ」
「だってあの時橋から落ちて……」
「うん。川へと落ちて流されたんだ。僕も最初はもうダメかと思ったんだけど、気がづいたらキレントアで目が覚めたんだ」
「キレントア……?」
リュートは初めて聞く名前に首をかしげる。聞いたこともないが、恐らくは町か何かなのだろう。それを補足するようにマリーアが口を挟む。
「帝国領の北にある小さな村よ。でも確かもう誰もいないって聞いていたけど……」
「うん。人が少ないから、多分そう言われたんだろうね。帝国に見捨てられた村なんだ」
「見捨てられただって!?」
その言葉にリュートはまたしても帝国に怒りを覚える。その怒りにクルスは優しさを感じて嬉しそうに微笑んだ。
「いいんだ。僕たちはそっちのほうが良かったと思ってるから」
「僕たちって……」
「僕の生まれた村なんだ」
「そうなのか……。でも人がいないから見捨てるなんて許せないな」
本人たちがいいと言うものの、曲がったことが嫌いなリュートにはやはり納得がいかないようだ。そんなリュートの様子にクルスは変わってないと思い、それに対して嬉しくなる。
「ありがとう、リュート」
礼を言うクルスにリュートは少し照れながらも、話が逸れたことを修正しようとする。
「けど生きてて良かったよ」
「そうね。……でもどうしてここに?」
マリーアも同じように嬉しさでいっぱいだった。自分のせいでクルスを死なせたのだと思い込み、その罪に悩まされた時もあったのだ。
「リュートを探してたんだよ」
「俺を?」
「そう」
クルスは微笑みながらリュートの顔を見る。その顔は落ちこぼれと苛められていた時とは全く違っていた。
「どうして俺を探してたんだよ」
「……仕官学生だった時いっぱいリュートに助けてもらったから」
「助けたって……そんなことあったっけ?」
リュートはクルスの言葉の意味が分からずに首をかしげる。その様子にクルスは笑いながら答えた。
「リュートにとっては大したことじゃないかもしれないけど、僕にとってリュートの存在が僕を救ってくれたんだよ。だから、今度は僕がリュートを助けたいんだ。きっとあの時のことが原因で今も帝国に追われているんでしょ?」
「クルス……」
その想いは本気だった。自分を助けてくれたリュートを、今度は自分が助けたいと願っているのだ。
「……でもどうしてここが分かったんだ?」
まさかこんなとこで出会うとはクルスにも思っていなかったが、たまにはこんな偶然もあるのだろう。
「セクツィアへ行く途中だったんだ」
「セクツィアに!?」
「うん。リュートたちが今セクツィアと協力してるって聞いたから」
「誰にそんなこと……!」
リュートは今の自分たちが置かれている状況をクルスが知っていたことに驚きを隠せない。まさか帝国に全てもれていたのだろうか。そんなことを思い浮かべてしまうが、クルスの視線の先を見るとそこで忘れていたもう一人の少女の存在に気付く。
「君は……!」
「お久しぶりですね」
「確か……チアーナさん!」
それはダルフェスの古代図書館で出会ったモルテの孫娘のドワーフだった。なぜ妖精がここにいるのか。どうしてクルスと一緒にいるのか。リュートは余計に頭が混乱していく。
「覚えていましたか。それより話は済んだのですか?<ヘル>がこっちを狙ってますけど」
「なっ……!?」
落ち着いたチアーナの指摘に全員が背後を振り返ると、そこには<ヘル>が三体こちらを狙って今にも動き出そうとしていた。
「だからそういうことは早く言ってくれよ!」
クルスは短い旅の間ながらもチアーナの性格を理解しきって呆れてしまう。その言葉を合図にまずは全員が森を抜け出そうと出口まで走っていった。
森を出たリュートたちは急いでることもあり、ダルタンまで歩きながら話していくことを提案した。それにはクルスも大賛成したが、チアーナだけはセクツィアへ帰ることの意を示した。
「どうやら貴方たちと出会えたみたいだし、セクツィアへは連れて行く必要もありませんわよね」
「そうだね……。ここまでありがとう、チアーナさん」
「礼には及びませんわ」
いろいろとハラハラさせられた旅であったが、チアーナと一緒にいて楽しかった。クルスは少しだけ寂しくなりながらも、深々と頭を下げる。
「俺からもありがとうって言わせてくれ」
リュートも同じようにチアーナに礼を述べる。
「構いません。それよりも貴方たちが魔導国家マールを味方につけて、今度はレーシャン王国へ向かっている途中だと族長様たちに報告しておきますわ」
「そうね。そうしてくれると助かるわ」
「はい。それではお気をつけて」
ここでチアーナに会ったことはリュートたちにとっても助かることだった。これで安心してレーシャン王国へと行くことも出来る。
「それじゃ、すぐにレーシャン王国も味方にしてきますよ。待っていてください!」
「そう簡単に行くとは思えませんが……まぁ期待しないで待っていますよ」
リュートの言葉にそう返したのは、チアーナもレーシャン王国の実情を知っているのと、ささやかなリュートに対するからかいでもあった。
「大丈夫ですって!何とかなりますよ!」
けれどリュートは自信を持ってそう言い返す。
「そうですか……。ならば、出来るだけ急いでください。アルスタール帝国ではどこか不審な動きもありましたから」
「不審な動き?」
「はい。あの城は、おかしい感じがしました。上手くは言えませんが何か禍々しい気配も」
その言葉にはリュートたち全員が気を引き締めるような思いだった。
「分かりました。チアーナさんも気をつけて」
そしてリュートたちは最後にチアーナに挨拶してからダルタンへ進んで歩き出していく。チアーナはそんな彼らを見送り、自分もまたセクツィアへと進んで歩き出した。
新たにクルスを加えて七人でダルタンまで歩きながら話していく。その内容にはリュートたちの誰もが驚かざるを得なかった。
「魔法が使えるようになった!?」
クルスの告白に、彼の昔を知る者は全員が目を見開いていた。
「うん。おばあちゃんに教えてもらったんだ」
さも当たり前のように話すクルスに誰もがそれを信じられないでいる。
「ちょっと待てよ!お前は落ちこぼれだったんだぞ!?魔法はおろか剣の才能だってなかったじゃないか!」
「そうだぜ!いくらなんでもそんな嘘はいけないぞ!」
一番信じることの出来ないキットとキッドはクルスに詰め寄るように口を開く。最初はクルス自身も信じられなかったためにその反応は十分理解できた。
「でも本当なんだよ。僕も最初は信じられなかったけど」
困惑気味に話すクルスにキットとキッドは唸るように黙り込む。リュートとマリーアもそれを俄かには信じられなかった。実際に魔法を撃てば分かるのだろうが、先ほどの戦闘でクルスの魔力はもう尽きていたために証明できない。しかしそれを証明するように魔力を持つヒースが口を開く。
「そいつから大きな魔力を感じる。並の魔道士よりは大きい」
「ホントか!?」
「あぁ」
「嘘だろ!?」
「……嘘じゃない」
未だに信じられないキットとキッドは今度はしつこくヒースに詰め寄った。それに迷惑そうな顔をしながら答えていく。ヒースの言葉にはみんなも信じざるを得なかった。
「でもどうして魔法が使えるようになったの?」
それは一番の疑問だった。
「僕もよく分からないんだけど……おばあちゃんが言うにはもともと僕の中には魔力が眠っていたんだって。橋から川に落ちて死にそうになった時、それが目覚めたらしいんだ」
「そうだったの……」
マリーアはそれを聞いて何ともいえない気分になる。クルスの魔力が目覚め、魔法を覚えたのはきっとクルスにとっていいことだったのだろう。けれどそれが自分のせいで命の危険にさらされた時がきっかけになったと思うと複雑だった。そんなマリーアの気持ちを感じたのか、クルスはマリーアを優しい目で見る。
「僕、後悔してないです。あの夜、先生とリュートたちについていったこと。だからそんな顔しないでください」
「クルス……。そうね、ありがとう」
その言葉だけでマリーアの心は軽くなった。そんなマリーアを後ろでヘルムートは優しく見守っている。
「けどクルスが魔法かぁ……」
「あの落ちこぼれがなぁ……」
未だに納得がいかないのか、キットとキッドは恨めしそうにクルスを見る。その二人の様子にはクルスも苦笑するしかなかった。
「でもそうするともしかしたら俺の中にも魔力が眠ってるかもしれないよな」
希望に満ちた目で話すのはリュートしかいない。魔道士になりたいわけでもないが、魔法を使うのには憧れがあるのだ。僅かな可能性を掛けて口に出したが、それはすぐに一蹴される。
「そんなわけないだろ」
それは当然ヒースだった。
港町ダルタン。そこは帝国領の南東にあり、港町サレッタと対をなす帝国領のもう一つの港町である。
サレッタが魔導国家マールのノルンへと繋ぐように、ダルタンはレーシャン王国のセルーアンへと繋いでいる。今となってはこの四つの町がセリアンス大陸にある港町だ。
ダルタンもサレッタと同じような町で、その規模もほとんど変わらない。しかしダインがサレッタを拠点としているために、ややサレッタのほうが賑わっているほうだろうか。
「ここがダルタン……」
レーシャン王国の目前とまで来ていたリュートは感慨深く呟いていた。
「あまり長居は出来ないわ。すぐに港まで行きましょう」
マリーアの言葉に七人は揃って港まで歩き出す。
「だけど俺たちを乗せてくれる船なんてあるんですか?先生たちは手配されてるじゃないですか」
移動している途中でキットが疑問だとばかりに声を出す。それはもっともな意見であったが、心配ないとヘルムートがそれに答える。
「それなら大丈夫だ。ダインから紹介状を預かってるし、俺やお前たちは手配されてないからな。マリーアたちにはバレないようにしてもらえば大丈夫さ」
「ダインさんそんなことまでしてくれたんですか!?」
「ちゃんと感謝しろよ」
「はい!」
リュートはここにいないダインに心の中で感謝していた。その心はきっとダインにも届いているのだろう。
「またフィレーネ号みたいな船に乗れたらいいよなぁ」
「あ、俺も乗りたい!」
キットとキッドはあの船に魅了されたようで、想いを馳せるように口にする。しかしそれをヘルムートはバッサリと切り捨てた。
「それは無理だろうな」
「え、何でですか?」
「ダインの船は一番でかいんだよ。船乗りの間じゃ知らないやつもいない有名な話だ」
「そんな凄いんですか!?」
二人は驚きに染まった顔だった。ヘルムートが頷くと、二人はますますフィレーネ号とダインに尊敬の念を抱く。
そんな子供らしい一面を見たマリーアは嬉しそうに笑っていた。二人だけでなく、リュートもヘルムートさえも思っているのだろう。
「着いたな。お前たちはここで待ってろ。俺が探してくるから」
港の入り口に立つと、ヘルムートは他の全員を待たせて一人で船乗りたちのほうに向かっていく。
「やっとレーシャン王国ですね」
リュートはレーシャン王国に入ることに期待でいっぱいだった。セクツィアとマールにも行き、最後のレーシャン王国にも行こうとしている。まさか自分がこうして大陸中を回るとは思ってもいなかったのだ。
「そうね……」
対照的にマリーアはあまりいい顔はしなかった。マリーアはレーシャン王国の生まれであり、もう二度と帰ることはない想いで出てきたのだ。けれど何の因果か、こうしてまたレーシャン王国へ入ろうとしている。
「まぁあんまりいい噂は聞かないからなぁ」
「そうなのか?」
キットとキッドもレーシャン王国へ行くことに少しだけ不安だった。
「そういえば貴方たちも確かレーシャン王国の生まれだったかしら」
「そうですよ。俺たちも王都での生まれなんです」
「っても、俺たちは庶民ですからね。上のことなんて全然知らずに育ってきましたから」
あっけらかんと口にする二人であったが、そんな二人でさえレーシャン王国がいい国だと思っていないのだ。しかしその口に恨みのようなものを感じないのは、きっとそこそこの生まれであったのだろう。もしも貧しい暮らしをしていたならば、こんなに自由に生きてはいないだろうとマリーアは思っていた。
「あ、帰ってきましたよ」
遠くからヘルムートが走ってくるのが見える。
「どうだったの?」
「見つかった。ま、俺にかかればちょろいもんさ」
得意げにするヘルムートに呆れながらも、マリーアは心の中で喜んでいた。
「準備が出来次第、すぐに出発できるそうだ」
「分かったわ」
マリーアは全員の顔を見渡しながら頷く。
「何だかワクワクするなぁ」
一番緊張感のないリュートにマリーアまでもつられてしまう。レーシャン王国で何が起きるか分からなかったが、無事に上手くいくことだけをマリーアは願った。
自分の祖国へと帰るヘルムートも複雑な思いであったが、自分に出来ることだけはやろうと決意する。
全員が様々な思いをしながらも、やがてリュートたちはレーシャン王国へと向かって船へと乗り込んだ。
この先へと待つ激動を思いも知らぬままに。
八章終了。
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