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Mystisea~想いの果てに~  作者: ハル
八章 遠き道のり
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キッドの想い

 小さな鳥の囀りが耳に入ってきた。それは耳を澄まさなければ聞き逃してしまうほどの小さなものであったが、眠りから覚醒を始めていたリュートの脳を少し刺激するには十分なほどだった。

「ん……」

 寝たりそうな声と共に、ぼんやりと身体を起こす。まだ朝と呼ぶには早く、けれど太陽が少しだけ出て暗い夜を少しずつ明るく照らしていた。当然だがまだ誰も起きてはいないだろうと思ったし、マリーアやヘルムートですらゆっくりと眠っているようだった。こんな早い時間に起きたことは久しぶりで、それに感動するように欠伸をしながらも立ち上がる。すると眠っているはずの仲間の中で、一人だけ欠けている人物がいることに気づいた。

「キット……?いや、キッドか……?」

 頭を傾げながら思うが、双子のどちらかがいなかったのだ。それがキットなのかキッドなのかはリュートには分かるはずもない。見分けられるのなんて当人たちだけだろう。

「どこ行ったんだ……?」

 二人と一緒になってからはまだ日も浅い。リュートは少しだけ心配になり、まだみんなが起きないうちに周囲を探してみることにした。ここが街道の近くであるため、視界を遮る障害物などはほとんどない。それにホッとしながら歩いていると、すぐに一人の人影を見つけ出す。その人影へリュートは小走りに駆け寄った。

「おーい、こんなとこで何やってんだよ!」

 近くなったところでその人物へ呼びかける。顔こそ見えない後姿であったが、それはキットかキッドのどちらかであるのは間違いないだろう。そのどちらかがリュートの声に驚いたのか、僅かに身体を震わせ勢いよく振り向いた。

「なんだ……リュートか。ビックリさせるなよ」

 呼びかけた声がリュートのものだと分かると安心したような笑顔を見せる。

「キッドか……?」

「そ。よく分かったじゃん」

 なんとなくの勘でどちらかを当てたリュートにキッドは驚くように肯定する。すると同時にその手の中から白い小鳥が空へと飛んでいった。

「鳥……?」

 その鳥が起きた時に聞こえた囀りの持ち主だったのかと思った。

「行っちゃったか……。リュートが怖かったのかな」

「なんだよそれ」

 心外だとばかりにリュートはすねる。自分がそんな人間でないことを証明しようと小鳥を見ようとしたが、すでに遠くの空へと飛んでいってた。その様子にキッドは笑ってしまう。

「ハハッ、冗談だよ。俺もさっき起きて散歩してたら、そこの岩にいたからさ。ちょっとだけ遊んでたんだ」

「遊んでたって小鳥とか?」

「いけないか?俺はこう見えてリュートやキットと違って真面目なんだ。そんな俺のことがちゃんと分かってくれたんだろ」

「だから、なんだよそれ。お前が真面目なんて絶対ないって」

 よくキットと一緒に悪戯をしていたくせに真面目はないだろ。そんなことを思いながらリュートはキッドの言葉を否定する。

「そうか?まぁ……でも確かにそうだよな……」

 キッドはそれに対して少しだけ自嘲気味の笑みを見せた。

「キッド……?」

「だって俺もいろいろ悪さしたからなぁ」

 するとすぐにさっきのことが嘘のような笑顔になる。そこに反省した色合いは見られなかった。

「ホントにな。俺も巻き添いいっぱい喰らったし」

「よく言うぜ。お前も楽しんでたくせに」

 二人は仕官学生時代のことを思い出しながら軽く笑いあう。

「そりゃ少しはだけどさ。……それより傷の具合は大丈夫か?」

 リュートは昨日よりも平気そうに立って笑うキッドを改めてみる。こうして見ると分からないが、その服の下にはまだ包帯がきっちりと巻かれているのだろう。

「あぁ。もうほとんど大丈夫みたいだ。お前にも心配かけちゃって悪いな」

「俺は別に全然いいよ。それよりキットのが大変だったんだぞ。いくら言ってもキッドの側を離れようとしなかったし」

 その姿が容易に想像できたキッドは不謹慎ながらも笑ってしまう。

「あいつはちょっと心配性なだけだろ」

「ちょっとってほどじゃないと思うけどな……」

「まぁそれは確かに。……けど、驚いたよ。お前たちと一緒に行くって聞いたときはさ」

「そうだったのか……?」

 リュートは目の前にいるキットに小さな違和感を感じた。それが何なのか分からず、胸の中に不安が漂う。

「別に帝国を抜けてお前たちと一緒に行くことは全然いいんだ。俺も騎士になってからは帝国にいろいろと思うようになったしな」

「そっか……」

「俺が驚いたのはそのことじゃなくて、あいつが初めて一人で決めたことなんだ……。見たまんまかもしれないけどあいつってホント子供でさ。何をやるにしても俺が一緒じゃなかったりしないとダメだったんだぜ?笑っちゃうよな……」

 キッドは自分に向けて笑いかけるキットを思い出す。それは本当に子供そのものの純粋な笑顔だった。

「聞いたよ、キットから。あいつも悩んでたみたいだ。ずっとキッドの後をついてくことにさ」

 初耳だった。キッドはその言葉に僅かに驚く。

「それ、あいつがそう言ったのか?」

「あぁ。けど、そんなのちょっとおかしいだろ?だから俺があいつに言ってやったんだ。ちゃんと自分の意思で決めろって」

「リュートが?」

 その問いかけにリュートは黙って頷いた。それを見たキッドはなんともいえない複雑な表情をする。

「そうか……。それは、ありがとな」

「別にキッドから礼を言われることじゃないって」

 正面から言われ、リュートはちょっとだけ照れたように笑った。

「……それから、ごめん……」

「……?何で謝るんだよ」

「いや、さ……」

 続く謝罪の言葉の意味が分からなかったが、それをキッドは言う気がないのか口を濁すように黙る。そんなキッドを見てリュートは不思議に思ったが、話を戻すように口を開く。

「でもさ、キッドだってキットと同じように一緒じゃないとダメなんじゃないか?」

「え?」

「キットの悪戯だってどんなことも付き合うじゃん。いつも一緒にいて二人とも楽しそうだったじゃないか」

「楽しそう……?」

「あぁ。お前たちの笑顔には何度も救われた事だってあるよ。俺だけじゃなくて他のみんなだってさ」

 それは紛れもない事実だった。落ち込んでいたときに元気付けようとしてくれたキットとキッド。その輝いた笑顔にリュートは何度も癒されたのだ。

 けれどその言葉を聞いたキッドはなぜか悲しそうに笑う。

「……やっぱりお前たちにはそう見えるんだな……」

「キッド……?」

「一度もないさ」

「え……?」

 短い一言を聞き逃す。するとキッドは真剣な顔をして今度はハッキリとした声を上げてもう一度言葉にした。

「あいつといて、楽しかったことなんて一度だってなかった」

 その瞬間、リュートはキッドの言葉をすぐに理解できなかった。それほどまでにリュートにとってあまりにも衝撃的な一言だったからだ。

「何…で……?キットと一緒で楽しかったことがないって、何でだよ!?あんなに楽しそうだったじゃないか!」

「そう見せてただけだ。いつだってあいつといることが俺にとっては苦痛だった!」

 それは紛れもないキッドの隠れた本音。誰にも漏らしたことのない心の奥底に眠る本音だった。

「何だよそれ……じゃぁあの笑顔は全部嘘だってのか!?」

「……」

「キッド!何とか言えよ!!」

 立派な裏切りだった。自分だけでなく、キットだけでなく、二人の周りにいた人々に対する裏切り。リュートの中に激しい憤りが募っていく。

「そうだ。全部嘘さ。お前はその嘘の笑顔に騙されてたんだよ……!」

「何だと……!?」

「馬鹿だよな。お前もキットも、他のみんなも!簡単に騙されるんだからな!」

「もう一度言ってみろ、キッド!!」

 リュートは怒りのあまりにキッドをありったけの力で殴りかかった。その勢いにキッドは激しく後方へと倒れこんだ。

「……ッつぅ!」

 殴られた痛みと、衝撃によって響いた<グナー>にやられた傷。合わせた痛みは尋常なものでなく、キッドは顔を歪めるように傷口を抑えた。それを見たリュートもすぐに理性が戻り、慌ててキッドの側へ駆け寄る。

「ごめん!大丈夫か!?」

 さっきまでの怒りを忘れたかのように心配してくるリュートにキッドは尚更その顔を歪める。

「……何でだよ。何でお前はそうやってすぐ人の心配をする!心配なんかしないでもっと殴ればいいだろ!!」

「キッド……」

 リュートには今のキッドの気持ちが分からなかった。シェーンと同じように、キッドともその心がすれ違いを始めているかのようだ。そう思うとリュートはたまらなく悲しくなってくる。

 そんな表情を見てしまったキッドはもう何も言えはしなかった。

「……悪い。今言ったことは忘れてくれ……」

 倒れこんだままのキッドはそれだけを呟き、そしてゆっくりと立ち上がる。リュートはその動作をただ見ていることしか出来なかった。ここから一人戻ろうとするキッドの背中を見ながらも呟く。

「何でだよ……」

 それは決して返答を求めたものではなかっただろう。けれどキッドは小さな声でその問いに答える。

「……お前には分からないよ。……双子なんていいことなんか一つだってないんだ……」

「……」

「分からなくていい。いや、分からないほうがいいんだ……。本当にごめんな、リュート……」

 最後の言葉はもう聞こえなかったが、その背中を見たリュートは先ほど感じた違和感の正体が分かった。

 独りなのだ。今、キッドは独りなのだ。思い返せば二人はいつだって一緒にいた。どちらかとだけ話すことなんて今までなかったかもしれない。それほどまでに二人は一緒だったというのに。

 それなのに。今、キッドは独りなのだ。


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