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Mystisea~想いの果てに~  作者: ハル
八章 遠き道のり
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ヘルムートの想い

 キットとキッド、そしてヘルムートが再び仲間になったリュートたちもこれで六人になる。聖都セインツを出発してから港町ノルンを目指している途中だ。そこにはきっとまだダインたちが滞在しているだろう。無事に魔導国家マールを味方に付けたことに果たして驚くのだろうか。

 道中、夜も更けてきた六人は途中の街道で一夜を過ごすことになる。六人は思い思いのままにその夜を過ごしていた。

「ありがとう」

 目の前に座るヘルムートにマリーアは声をかけた。その声にヘルムートは顔を上げてマリーアを見る。周りにはリュートたちが身を寄せ合うように眠っていた。

「どうした急に?」

 少しだけ笑いながらヘルムートは答える。

「そういえば言ってなかったなって思って……」

「……別にそんな言葉必要ないさ。俺は俺のために行動してるだけだ」

「でも……」

「俺はお前と一緒にいたい。本当にそれだけさ」

「ヘルムート!」

 またいつものような冗談を言うヘルムートにマリーアは怒鳴った。けれどすぐにその声を落とし、リュートたちが起きないかを確認する。けれどその心配は杞憂に終わり、寝息を立ててぐっすり眠っているようだ。

「城で休んだとはいえ、まだ疲れているんだろ」

「そうね……」

 穏やかな表情をして眠るリュートたちを見ながら、二人は彼らに似合わないこれまでの生活を思った。特にジルと出会うまでには月影の神殿やそこで起きた出来事、そして<グナー>の一件もある。肉体的、精神的、どちらの疲労も軽いものではないだろう。

「マリーア」

 呼びかけにマリーアはヘルムートの方へ振り向く。するとヘルムートは真剣な様子でマリーアを見つめていた。その逃げられない視線に囚われながら、マリーアは無言で返事をする。するとヘルムートはマリーアに向かって思いがけない一言を口にした。

「ライル=レンスター」

「……ッ!!」

 突然にその名を口にされ、マリーアは目に見えるように動揺を見せる。

「あんたがあの人と恋人だったことは知ってる。帝国を逃げ出す直前、目の前でアイーダに殺されたこともな」

「……」

「ライル=レンスターといえば、この世界で知らないやつはいないほどの男だ。俺がまだ国にいた頃から噂も聞いてきたし、ジル殿からもいろいろと聞いている。ジル殿の身内話はともかく、ライル=レンスターの噂はそのどれもが彼を褒め称えるものだった」

 知っている。この世界の中心である帝国にいたのだから。その男の隣にいたのだから。

 マリーアはゆっくりと、ヘルムートの話に耳を傾ける。

「実際俺も話したことはないが、子供のころに見たあの人の剣技は今でも鮮明に覚えてるほどだ。その全てを知ってるわけじゃないが、剣士としても、男としても、あの人を尊敬していたと言ってもいい」

「そう……」

 確かにライルを尊敬している人は数多くいるはずだ。

 強く、義に厚く、礼を重んじる。傍から見れば完璧な人間だった。けれど知っているだろうか。本当は負けず嫌いで、頑固で、朝にも弱い。そんな子供のような一面が彼にあることを。そんなライルをマリーアは愛したのだ。

「妬けるな……」

「……え?」

「今、思い出してただろ」

 脈絡のない言葉に疑問を感じたが、続く言葉にマリーアは納得する。そしてそれを否定することはできなかった。こんな今の日常でも、些細な事でライルを想ってしまうのだ。

「まさかライル=レンスターの恋人だとは思わなかったな」

「……釣り合わない?」

「いや、そんなことはない。さすが俺の尊敬した人だ。女を見る目もある」

「……貴方だけよ。そんなこと言うの」

「俺は正直に言ってるだけさ。あんたはいい女だ。俺が保証する」

 ヘルムートは気持ちを正面からぶつけてくる。それがマリーアにとっては新鮮で、嬉しかった。

ライルはヘルムートと違い、気持ちを正面からぶつけてくることはあまりなかった。あまり言葉を口にせず、けれどその態度や仕草が自分への愛情を物語っていたのだ。

「ありがとう……」

 素直に礼を述べるマリーアを、ヘルムートは優しさを込めた目で見つめる。そしてつい最近のことを昔のことのように思い出していく。

「坑道でマリーアに助けられたとき、俺は本当に女神を見た気がした。別に女神を信じてるとかじゃなくて……ただそれくらい衝撃的だったんだ。一目惚れだと言ってもいい」

「ヘルムート……」

「サレッタからあんたたちに付いていったのは最初は好奇心だった。帝国に追われながら必死に逃げようとするあんたたちに興味がわいたのさ。そしてその道中で、自分を犠牲にしてでもあいつらを守ろうとするあんたの覚悟を知った。俺には到底持ち得ないものだ」

 自分が同じ立場だったらどうしていたのだろうか。生徒を見捨てて一人逃げるのか。逃げるのを諦め大人しく捕まるのか。答えは分からなかったが、きっとマリーアと同じような覚悟は持てなかっただろう。その自覚がヘルムートにはあった。

「そんなことないわ」

 マリーアはそんなヘルムートに優しく声を掛ける。

「いや……あんたも知ってるだろ。俺は自分の国を平気で捨てるような男だ」

「それは貴方が思う何かの理由があったのでしょう」

「理由……ね。じゃぁその理由って何だと思う?」

 自嘲気味に笑うヘルムートからマリーアは視線を外さない。問いかけではあったが、返答を期待したわけでもないのだろう。マリーアの沈黙を見ながら、ヘルムートはすぐにその答えを口にする。

「面倒だったんだ」

「面倒……?」

「当時俺はまだ十五。兄がいるとはいえ、仮にも王子だ。剣を学びながらも、政治も学んでいた。剣を学ぶことだけは好きだったが、政治を学ぶことに何の意味があった?どうせ王位を継ぐのは兄だし、何よりあの国だ。平民と貴族の貧富の差。帝国には媚びへつらって、弱者には暴君のような振る舞いをする。それが当然だと言わんばかりの父や兄、そして腐った貴族たち。何もかもが面倒だった。だから俺は国を捨てたんだ。あの城にいるよりも、旅人を装って生活していたほうが何倍も楽しかったからな」

 ヘルムートは自分の肉親でもある父や兄にさえ嫌気がさしていた。五年経った今も、あの城はきっと何も変わってはいないのだろう。こんな自分をマリーアは親不孝だと罵るだろうか。

 ヘルムートはそっとマリーアを窺うように見る。するとマリーアから思いがけない言葉が返ってくる。

「でも、貴方は今その国へ戻ろうとしているわ」

「……何言ってる。それはあんたのためにだ」

「貴方はそう言ってくれるけど、本当は貴方自身国のことを想ってるからよ。その証拠に貴方はこの五年間、国のことを忘れたことは一度もなかった。違う?」

「……」

 絶句した。自分の中を見透かされているような気持ちだった。

 確かに国のことを忘れたことはなかったかもしれない。けれどそれは国を懐かしんでいたわけでもない。腐りきった国のことを思い出してただけなのかもしれない。その気持ちが何なのか自分でも分からなかった。

「どんな想いでも国のことを忘れてはいない。それは貴方が国を捨てていない証拠よ。本当に捨てたのなら思い出すことさえしないもの……」

「……それはお前自身のことを言ってるのか?ザルツゲイン家のマリーア」

「……ッ!?」

 その禁句にマリーアは眼に見えるように瞠目した。

「やっぱりか」

 ヘルムートはマリーアのその反応に一人納得がいく。そのマリーアもすぐに自分を取り戻した。

「やっぱり知っていたのね。だけど今はその話をしないで……」

「……悪い」

「いいの。貴方の言うとおりよ。私はあの国を思い出すことすらしなかったんだから……」

 マリーアはすでにレーシャン王国を捨てたのだ。その自覚はハッキリと強かった。

「マリーア」

「……」

 ヘルムートの呼びかけにマリーアは無言で返事をする。

「お前の言葉が正しかったとしてもだ……それでも俺はお前のために国へ戻ることを決めた」

「ヘルムート……」

「俺は本気でお前に惚れている。まだお前がライル=レンスターを忘れられなくても、俺のことを好きでなくても…………それでも、俺はお前が好きだ。何があってもお前を守る」

「やめて!!」

 マリーアは制止の声を上げた。その言葉に二人ともが動揺する。

「マリーア……」

「貴方の気持ちは嬉しいわ……。だけど、そう簡単に守るって言わないで!私は守られたいと思ってるわけじゃない!」

 それでも守られたのだ。守ってくれたのだ。



 魔族の手から、アイーダから。


 ライルが、最愛の人が、その命を失ってまで。



 あの瞬間を思い出すだけで胸が張り裂けそうになる。自分を守って犠牲になった人を想うだけで。それはきっとライルだけじゃないだろう。ヘルムートが同じことをしてもきっと同じような悲しみを味わうだろう。その自信がマリーアにはあった。だからこそ、二度と同じようなことを起こすわけにいかないのだ。

「……俺の後ろにいろだなんて言わないさ」

「え……?」

「お前を守る。それはきっと変わらない。だけど……共に戦おう。背を合わせながら一緒に。共にいながらお前を守ろう」

「ヘルムート……」

 その言葉にマリーアはゆっくりと涙を流していた。

「俺はあの人とは違う……。あんたを残して死んだりなんてしない。だから……少しでもいい。これから少しでも俺のことを見て欲しいんだ」

 その真剣な眼が全てを物語っていた。冗談でも何でもない。この人は本当に自分を好いていてくれてるのだ。その想いに応えることは出来ないが、それでもただ嬉しいと感じた。

「あり…がとう……」

 マリーアは泣きながら、ゆっくりと頷いて見せる。それを見たヘルムートも安心し、普段見せないような破顔した笑顔を見せた。


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