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閑話 過去の名残

この回、激しい流血表現があるので苦手な方は回避を推奨します。

とりあえず、読まなくても話しがつながりますので。

 嫌なことがあった夜には、繰り返し見る夢がある。

 夢の中で私は、深い闇の中誰かを求めて走っている。喉が、肺が、焼けそうに痛みあまりの苦しさに涙が出ても、私は走り続ける。

 私を走らせるのは不安、恐怖、様々な負の感情。

 長い髪が重い。重くても切ることの出来ない髪が、枷のように絡みついて手足の、体の自由を奪う。

 やたらと長い衣の袖も、タップリと取られた長い服の布地も全てが私の動きを阻もうとする。


「止めよ!」


 いつでもこの衣が、課された立場が、私から奪った。

 平穏な生活も、家族も、自由も、人生も。


「ならぬ! 神守(かんもり)を殺してはならぬ!」


 声の限り叫んでも、結末は変わらない。

 これは全て過去のことなのだから。

 彼も、私も、この運命では理を汚した罪人として殺された。

 目が覚めれば忘れる夢。でも、私は魂の底で、繰り返しこの痛みを味わう。


「彼の者は狗那から吾を守っただけじゃ。吾を守っただけ……」


 人をかき分け、泥にまみれ、まだ温かい血潮にまみれて、切り落とされた首を抱く。

 首を失った体からは、まだ血潮があふれている。

 切り口を合わせてみたところで、彼がもう息を吹き返さないことはわかりきっていた。

 いくら特別な力を持っていたところで、理を覆して死者を生かすことは出来ない。

 それでも、元の姿に戻したかった。今ならまだ傷をふさぐことだけは出来るから。

 半狂乱だった私を刺したのは、誰が最初だったのかはわからない。気がついたら刀で周り中から刺されていた。

 今から思えば、彼らは恐慌状態だったのだろうと思う。

 神守が私に無体を働こうとした狗那の長を斬ったことで、戦は避けられなかっただろうから。

 誰かを犠牲にしてでも戦を避けようという異様な状況の中に、半狂乱の私が飛び込んで死体を奪い、首をつなげてしまったことで何かが決定的に狂ったのだろう。

 でも、私にとってそんなことはどうでも良かった。重要なことは、大切なものが奪われたことだけだったから。

 音も、痛みも、全てが遠かった。離さずにしっかりと抱きしめた抜け殻の体の、その重みだけが私が感じていた全てだった。

 絶望の中、世界の全てを呪ったまま息絶えようとしたその時。

 懐から零れ落ちた鏡から彼女が現れた。

 それは私にとっては闇に射した光のようだった。

 青い衣の、異界の姫君。保護を求め、泣き叫ぶ彼女を私はそっと抱きしめた。その瞬間、彼女を守り抜くことが私の“意味”になった。

 私は、魂が離れる瞬間、残された力の全てを掛けて彼女を自らの中に封じた。

 今度は何を失っても必ず守れるように、傷ついた彼女をそっと深く抱きしめて、私も深い眠りについた。


 遠い昔、私は巫女だった。

 遠い昔、私は二つの約束をした。

 その一つは果たされず、もう一つはようやく果たされようとしている。

 全てを失った私の元に現れた姫の名はキュリア。青い衣を身にまとった異界の姫君。

 いつかその傷が癒えて異界に戻れるまで、帰還が叶うまで守ると約束した。

 そのことで世界が歪み、きしんだとしても構わない。私は世界が私を見捨てたことを忘れないから。


「ヨウ」


 私を守って死んだ人の名を呼ぶ。

 私の守人。


「どうして」


 目覚めれば消える過去の名残。

 この悲しみを、今の“私”が味わわずに済むように残酷で無慈悲な世界に祈る。


『いつでもお側に控え、お守り致します』


 実直で生真面目で融通の利かない私の守人。

 その約束は果たされずにいる。

 あれから私たちは時の波の中ですれ違ったまま、いつも会えずにいる。

 あなたは私がたどり着く前に、いつだってこの世を去ってしまう。

 それでもいつか間に合ってみせると、そう念じ続ける。祈るようなこの気持ちを掬い上げてくれる存在はどこにもいないけれど。

 私は信じることを止めないと誓ったから。


「どうしてこんなに愛しいのだろう」


 涙があふれても、この想いの意味を“私”は知らない。

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