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騎士の事情

 塔の中は、古い蔵のようなひんやりとした土の匂いがした。

 下から天辺まで首を反らして見上げるほどの高さが、全て吹き抜けになっている。

 そこを細かな骨のように階段が繋ぎ、半階分ずつずらして左右交互に部屋が設けてあるようだ。足元には地下室まであるらしい。便利なものだと麻衣は思った。


「麻衣様と護衛の方はこちらの部屋をお使いください」


 完全に護衛扱いの明洋をチラリと見遣れば、ひたすら建物の構造を観察している。

 気にするだけ馬鹿馬鹿しい気分になって、麻衣はユゥシュアに話し掛けた。


「あの…1部屋を私たち2人で使うんですか?」


「護衛は主の身辺に侍ってこその護衛。麻衣様は慣れていらっしゃらないでしょうが、そういうものとお考えになるべきです」


 確認を込めて明洋を見れば、いつからこちらの話しを聴いていたのか当然とでも言うようにうなずく。

 そんな明洋に、麻衣は憮然とした。


「諦めろ。俺も諦めた」


 明洋の言葉に、何か言い募ろうと必死に言葉を探した麻衣は口を2、3度開閉して諦める。

 あまりにも分かりやすい哀れみの視線を向ける明洋と、当然だと言い切って自分の発言の正しさを微塵も疑わないユゥシュア。誰も麻衣の味方をしてくれる者は居そうにない。


「流石に衝立や、上手くすれば控えの間があるはずだ。そうですね、風の竜族の姫君」


「無論、婦女に男が護衛につく上、侍女も従えていないのだ。それなりの配慮はしている」


 明洋の問いに、不本意そうな応えを返すユゥシュアに、麻衣は首を傾げる。


「と仰っているのだから、これ以上疑うのは不敬に当たるという訳だ」


「説明、してくれる約束でしたよね」


「ああ」


「分かりました」


 無言の圧力を掛けて来る無表情な明洋に、麻衣は仕方なく口を閉じた。


 不安も不満もある。でも、約束したことをむやみやたらと破る明洋でもないだろう。

 麻衣はそう思うことにした。


「晩餐の用意が整いましたら、またご案内に参ります。それまでゆるりとお過ごしくださいませ」


 麻衣に向かって典雅な仕草で軽く膝を折る礼を取り、ユゥシュアが退出していくと、室内は妙に静かになったような気がした。

 ユゥシュアはどこからどう見ても優雅で優しげな姫君だ。発する声も、殊更騒々しいということもなかった。

 だが、高貴な人間にありがちな態度なのだろう。人を思い通りに動かせると信じて疑わない、悪く言えば強引な部分が見えて麻衣は落ち着かなかった。

 その上、無邪気な性格なのだろう。その強引さも仕方がないのだと、納得させてしまう雰囲気を今更ながらに実感してため息をついた。


「妙に疲れる姫君だな」


 呆れを多分に含んだ明洋の口調に、麻衣も苦笑を浮かべてうなずく。

 同じ気分を共有しているらしいことに安堵している自分を感じて、麻衣は少しだけ意外な気がした。


「麻衣。俺は、アクティスという騎士の依頼を受けてエセルメリアという姫を救出しようとしている。そして、恐らく君はその姫の関係者なんじゃないかと俺は思っている」


 思いがけない明洋の言葉に、麻衣は首を傾げる。

 心当たりはと聞かれると、どこか曖昧なような心許ない気分になる。

 不安な麻衣の内心をその表情に見て取ったのか、明洋は麻衣からの言葉を待たずに更に言葉を重ねる。

 ぶっきらぼうで我が道を往くタイプに見える明洋は、時々驚くほどの察しの良さと細やかさを発揮して麻衣の心をざわめかせる。

 誰かに守られることは、麻衣にとってはどこか馴染まない感覚で、その安心感はかえって麻衣を落ち着かない気分にさせた。


「上手く説明できないけれど、俺とアクティスは意思疏通が出来る。だからわからないことがあれば、俺がたいていは答えられると思う」


 明洋の言葉に、麻衣はうなずいて理解していることを示す。

 麻衣に向けられた明洋の瞳はまっすぐで澄んでいる。何もやましいことのない目をしていると麻衣は思った。

 話す内容や言葉を選んでいる感じはする。だからたぶん、話していないこともあるのだろう。でも、今のところ嘘は言っていない。

 じっと明洋の表情を見定めながら、麻衣はそう結論付けた。

 明洋は良くも悪くも実直な性格らしい。麻衣が聞けば、ある程度までは隠さずに話してくれると妙に確信めいた思いがあった。


「私、不思議とあなたのことは信じられる気がする」


 ポツリと呟いた内容に、麻衣は自分自身でも狼狽えた。

 間違っても、自分が人懐こいとか真っ直ぐで素直な性格だと思ったことはない。


「いや」


 自分の興味がある分野以外はムッツリしている明洋から、意外なほどの鋭さで否定の言葉が返る。


「信用するな。俺なんて」


 どう表現すれば良いんだろう。この気持ちを。

 麻衣は明洋の言葉に、どうしようもなく泣きたくなった。

 いつものように目元に力を入れて涙をこらえながら、麻衣は言い返すことが出来ない自分に戸惑っていた。


「簡単に信用するな」


 表情の読みきれない明洋の顔が、痛みを耐えるかのようにわずかに歪む。

 それを目にした瞬間、麻衣は思った。


「大伯母が言っていたんですが、誰にでも他人に話したくないことや知られたくないことがあると」


 麻衣の言葉に、今度こそはっきりと明洋の表情が歪む。


「全ては時が来れば自然とわかるようになっていると。私もそう思います」


 明洋がどんな事情を隠しているのだとしても、話せないことを苦しいと感じているこの人はまともな人間だと、麻衣は思った。


「俺は外に出ているから、今のうちに着替えといた方が良い」


 あっさりと背を向けて部屋を出ていく明洋を引き留められず、麻衣は諦めて部屋の奥へと足を進めた。

 下層に位置する部屋は十分な広さがあり、彫り込まれた紋様の美しい木製の洋箪笥や座り心地の良さそうな籐のようなもので編まれている椅子、同じく籐のようなもので足と枠を編み、木の板を天板にした丈の低いテーブル。

 窓には鎧戸なのだろう、両開きの木彫りの扉がつけられている。

 そして、洋箪笥の脇にある大人が5、6人はゆったりと寝そべることのできるほど大きなベッドも木製だ。


「おっきい……」


 部屋も予想外だが、ベッドも予想外の大きさだ。そして、光沢と程よい薄さに織られ、緻密な刺繍が施された寝具は恐らく目眩がするほどの手間隙が掛けられたものなのだろう。どう見ても文化財級の美術品だ。

 しかも、どの家具も良く手入れされているのだろう。あまり家具に詳しくない麻衣から見ても、色、艶、細工、どれを取っても年代物の逸品にしか見えない。

 くつろげない。

 歓迎の気持ちがふんだんに盛り込まれているのだと思うが、それでも豪華すぎる調度品がくつろぐだけの気持ちの緩みを与えてくれない。

 ため息をつきながら洋箪笥を開けると、そこには青一色の着物のようなものが掛かっていた。


「これって……和服のようなものと言うより、漢服に近いのかな?」


 ユゥシュアが着ていた西洋風な衣装とも違うその形に困惑する麻衣は、背後に人の気配を感じて振り向いた。


「明洋さん?」


 銀や黒の糸で複雑な刺繍の施された深い青の衣装を、重さを感じさせない立ち姿で着こなしている様子は、あの無愛想が服を来て歩いているような明洋とは別人のようだ。

 そして彼は、麻衣の呼び掛けに柔らかな微笑みを浮かべる。


「誰ですか?」


 麻衣の問い掛けに、その人はサッと床にひざまずく。


「私はアクティスと申しまして、キュリア姫の騎士を勤めさせていただいている者にございます。お初にお目に掛かります」


 ひざまずいたその人にギョッとした麻衣は、次いで名乗られた内容に、困惑する。

 確かに思わず呟いた言葉だが、それを肯定してくるとは思っていなかった。

 明洋とは間違っても付き合いが長いとは言えないが、一日中他に誰もいない状況でずっと傍にいたのだから、多少服装が変わったぐらいで別人かどうかぐらいの区別はつく。


「ああ、この姿ですか」


 麻衣の複雑そうな表情に気がついたらしいその人は、にこやかな表情のまま答える。


「確かに理由があって今は明洋に器……つまり身体を借りていますが、私はアクティスです」


 大したことでもないかのように笑顔で告げられた内容に、麻衣はため息をついて、天を仰いだ。

 夕食よりも睡眠よりも、今はこの世界の常識について切実に知りたいと、そう思った。

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