閑話 深き闇に希う
人は闇を厭う。
そこに潜む悪意を、害意を、脅威を連想し、怖れ、厭う。
この世は闇がなければ成り立たず、安息すら得られずに朽ちていくだけだというのに、それでも人は限りなく愚かしい。
物心ついた後、私もまたそんな彼らを厭うた。
光あるところに闇があり、闇もまた恵みだ。
命あるものは夜の闇という安息がなければ生きられず、特に哀れな我らは全てを光の下に暴かれれば、それもまた命を失う理由にさえなる。
人という生き物は多かれ少なかれ、他者の目に触れさせることが出来ない穢れを隠して生きているものだ。
それを知らぬかのように、他者を責め、陥れ、弾劾する人の浅ましさよ。
私には生まれつき、人の抱える闇が見えた。
粘りつく悪意に、嫌悪し、憎悪し、その自分自身の感情にも吐き気がした。
深い深い闇に囚われて、全てを塗りつぶされるようで恐怖に泣き叫んでも。
私は決して命を絶つことが出来なかった。
役目を果たすまでは、決して死ぬことが出来ない。
そういう契約だからだ。
そのための、命だから。
この命を目的のために使いきるまで、私は死ぬことが出来ない。
悪夢のような現実の中で人知れず泣き叫びながら、それでも私は神に祈ることをしなかった。
これは、残酷な神と身勝手な竜族の取り決めの結果でしかないのだから。
私は、何を恨み、憎み、呪えばいいのだろうか。
神か、竜族か、それとも私をこの世に産み落とした父母か。
私のこんな感情にさえ、何の意味もないことを私は知っている。
私は、全てを知った上で人柱になることを選んだ。
そのように生まれ落ちたことさえ自分自身の選択であれば、誰を恨むことも呪うことも、後悔さえおこがましいというものだろう。
自分で選んだのだ。
私は深い闇に飲まれてやがて消えるまで、変わらず願い続けよう。
私を決して愛さないであろうこの世界の平穏と、人々の安寧を。
自ら悪評を背負い、人々の憎悪をあおり、そうして生きてきた。
誰かを求めぬよう、誰にもすがらぬように自分を戒めて。
それでも、そんな私の思惑を踏み越えて、差し伸べられた手を掴んだ私は本当に罪深い。
それでも、どこまでも深い闇に共に堕ちようと笑ってくれた人の温もりを、この記憶を、私はこの魂が擦り切れるまで忘れずに抱き続けよう。
私は、神になど祈らない。
だけど。
整えられたこの舞台で、私はこの上ない悪になる。
愛するがゆえに、愛するからこそ。
全ての罪悪を、呪いを、憎しみを断つために。
深い闇に囚われて、希う。
目覚めることのない眠りと、終わりと、安息と。
「……エセルメリア」
尽きせぬ幸福の光を、希う。




