定められた選択肢
白い衣を纏うその人を前にして、エイルワードは来るべき時が来たことを知った。
柔和な笑みを浮かべながら紡がれる言葉には、選択肢が用意されているかのようでありながら、全てが決まっていたかのように、結果に向かって収束していくような感覚を覚える。
エイルワードには、ずっとそれが気に入らなかった。
腑に落ちない、という感覚が相応しいだろうか。
水が高いところから低いところへ流れるような、そういう感覚。
しかし、そこに何らかの作為を感じてならないのだ。
それがずっと気に入らないと、エイルワードは思っていた。
「それで、青の巫女姫は私に何をお求めなのですか?」
静かな口調で問い掛けながら、目の前の人の一挙手一投足を、細部まで見逃すまいと凝視する。
こちらの視線の厳しさなど感じているだろうに、穏やかな笑みを絶やさず、小動もしない老女に流石にこの場面で遣わされるだけの人物と、エイルワードは内心舌を巻いた。
おおよそ荒事の気配を感じさせない人物の、どこにも付け入る隙がないのだ。
「姫様は、民の安寧と争乱の一刻も早い終結をお望みです。そのためには、自らエスティオーラ様を討つことも覚悟の上――むしろ、姫様にしか成しえないことと心得ている、と仰せです」
イリュミアの言葉に、エイルワードはチラリと傍らにいるアストリアと視線を交わす。
同じ卓についた幹部たちと頷き合って、意志を確認する。
満場一致で、受けるべき申し出だと簡単な評決を取る。
告げられた言葉は予想が出来ていた。
エイルワードは、腹を決めることにした。
「姫君におかれては、唯一の騎士すら奪われて難儀しておいでのことと存じます。私もこの国を守らんとする騎士の端くれ。号令いただければ如何様にも動きましょうと、お伝えください」
エイルワードの言葉に、イリュミアは満足げに頷く。
「姫様もお喜びのことでしょう。つきましては、わたくしからも一つお願いがございます」
「お伺いしましょう」
エイルワードの言葉を受けて、イリュミアの目がスッと細められる。
それだけでイリュミアの纏う空気が鋭いものに変わり、卓に集った者たちの間にわずかにざわめきが走る。
「エスティオーラ様の元に辿り着くには、アストロフィルが障害となりましょう。わたくしと共に、彼の者を討ち滅ぼさんとする方はいらっしゃいませんか?」
イリュミアの言葉に、一瞬場が静まり返る。
やがて、一人の男が静かに立ち上がった。
「ワシが、引導を渡してやろう」
「師匠……ですが」
異を唱えかけたエイルワードを視線だけで黙らせて、その男は挑戦的な笑みを浮かべた。
「不肖アスルガー、イリュミア殿の露払いといきましょう」
壮年の筋骨隆々とした見るからに剣士らしい男に、イリュミアは視線を向ける。
見た目にふさわしい、ざらついた太い声が場の空気を揺らすのにわずかに目を細めた。
「貴方様が共に赴いてくださるのなら、心強いですね」
いつか、若かった頃の感情が、日向に転がった林檎のように不意に香り立つ。
エセルメリアの不在を埋めるために失った時間の、有り得たかもしれない選択肢を思って、イリュミアは少しだけ視線を下げた。
誰もが幸福になる選択などというものがあったのなら、イリュミアはこの場にいなかっただろう。
それが本当の幸いなのか、見せかけの幸福なのか、選んでみたところで誰にも分からないだろう。
だから、過去を惜しむよりも今はただ成すべきことを成すことに集中していようと決めた。
どれほど芳しい香りを放とうと、捨てられたものを拾って口にすることは出来ない。
それはもう、朽ち果てて土に還る運命なのだから。
「エスティオーラ様から腹心の部下であり、騎士団長でもあるアストロフィルを引き離し、可能であれば討ち滅ぼすこと。そして、アクティスを救出することが出来れば、恐らくこちらの勝利は固いでしょう」
確信に満ちた言葉の力強さに、エイルワードは自身が抱いた違和感の正体に気付いた。
エイルワードが知るイリュミアという人物は、決してエセルメリアの前に出るような人物ではなかった。
常に静かに主の後ろに控え、過不足ないように身辺を整える、そういうことを己に課したある意味侍女の鑑のような人物だった。
そんな人物が、エセルメリアが不在の神殿で最高責任者を任され、今こうして反乱軍の元に使者として現れた。
その事実が、エイルワードの中で疑念を確信に変える。
これは誰かの定めた結末に至るための、筋書きどおりの舞台でしかないのではないかと。
一体誰がと考え始めて、エイルワードは小さく首を振って己の思考を打ち消した。
「まさか、な」
あまりにも馬鹿げた、というか、もしも仮にそうだったらと想像するだけで嫌な気分になりそうな可能性に、推測を放棄する。
今、それを追求することは無意味だ。
推測を立てたところで、やるべきことは何ひとつ変わらないのだから。
覚悟を決めるだけなのだろうと、エイルワードは気持ちを切り替えた。
誰が書いたのだかは知らないが、筋書から外れようとしたところで、どうやら良いことなどなさそうなのだ。
ならば、求められた役割を精一杯演じるだけだろうと、腹をくくる。
外を守る兵が立てるざわめきに、話しを中断してぞろぞろと外へ出る。
「これは……」
煌々と月の照る森の、そこかしこで精霊が活性化している。
色とりどりの光の粒が舞い、花が、草が、木が、するすると伸びて花をつけ、実がたわわに実り始める。
「これが、巫女姫の祈りの力です」
体中に力が満ちて来る不思議な感覚と、美しい光の乱舞、豊かな森の様子に呆然と立ち尽くす反乱軍とそこへ身を寄せた民たちは、凛と通る声に、一斉に顔を向けた。
眩いばかりの白を身に纏ったイリュミアは、独特の静謐さで人々の目を引き付けて離さない。
「この祈りの力があれば、豊かで平和で穏やかな暮らしを望めるのです」
誰かが唾をのむ音がやたらと大きく響いて、更に場の緊張を高める。
「望みなさい、そうすれば与えられるでしょう。巫女姫の名は、エセルメリア。この国の、唯一の正統なる後継者であり、豊穣を約束する者。あなたたちは望めば得られるのです。望みなさい、幸福を、平安を、豊かで穏やかな日々を。集いなさい、我が主エセルメリア様の元に」
纏う白に、光の粒が映える。
人々の目に、イリュミアはこの上なく気高い使者として映った。
湧き上がった歓声に、エイルワードは視線を厳しくし、傍らに歩み寄って来たアストリアが無言で小さく頷く。
「場が、動いたな」
「はい。流れはこれで決したでしょう。見事、としか言いようがありませんね」
困ったように眉を下げるアストリアに、エイルワードも視線の厳しさを緩めないままイリュミアを見る。
あらかじめ定められた選択肢を選び取らされる感覚に、反射的に嫌悪感が湧き上がる。
それでも、この選択肢こそが最善だという確信もある。
だからこそ、エイルワードは深々と息を吐いた。
抗いようのないものに流されていくことはあまり性に合わないが、どうやらただの木の葉にすぎぬ身の上では、抗いようのないことばかりが多過ぎるらしい。
命がけで、この濁流を泳ぎ切ることだけが生きる道のようなのであれば。
「定められた選択肢だとしても、それをどう生かすかは私次第、というところか。……であれば、望んでやろうではないか。貪欲に、どこまでも」
拳を握り込んで身を震わせたエイルワードは、イリュミアの前に進み出て膝を折り、恭順を示した。
「我らは巫女姫に従いましょう。我らの望む、豊かで穏やかな日々のために」
見上げるエイルワードにじっと視線を合わせて、イリュミアは笑みを浮かべた。




