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世界はまるで泡(うたかた)のように  作者: 深海聡
第二章 それぞれの事情

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正体のない違和感

「このネロリの葉や茎は少しの苦味と青臭さがありますが、エーテルウッドの樹液と合わせるととても良く効く喉の薬になります」


「何だかスッとしますね」


「はい、鼻の通りを良くする作用もあります。体調を整える薬を作るために必要とされる基本的な薬草なので、良く覚えておいてください」


 きびきびとした動作で薬草を摘みながら説明するラキアの手元をのぞき込み、その形や色、香りを覚えようとする麻衣に、ラキアもいつになく楽しげに見える。

 その説明の仕方は堂に入っていて、優秀な教師のように手慣れている。

 麻衣はふと、首を傾げた。


「ラキアさんの説明って分かり易いですね。前にもこうやって、誰かに教えてたんですか?」


「ありがとうございます。昔は一族の者達や薬草の知識を求めてきた者達に多少の知識を与える役割もいただいていましたから」


「風の竜族の係累には、優秀な癒し手が多いと聞くからな」


「あ、明洋さん、お帰りなさい」


「ああ」


 行く手に危険がないか、斥候の役目から戻ってきた明洋が話しに加わり、麻衣は明洋に労いの言葉を掛ける。

 笑顔で応じる明洋にも、麻衣の側にいつでも付いていてくれるラキアの存在が大きいのか、以前よりも余裕があるようで笑顔を浮かべながら話しをするようになった。

 話し方は少しばかりぶっきらぼうな印象もあるものの、知識量も多く、人当たりが悪い訳ではないらしい。

 近頃は特に急ぎの用事がない場合、自分が加わっても問題がなさそうな話題であれば、それとなく話題に加わることが多くなった。

 麻衣のことを守らなければならないと、相当緊張していたのかも知れない。

 全ては順調で、このまま何も起こらないと麻衣は思い始めていた。

 第一、こちらに連れて来られてから一度も襲撃らしい襲撃を受けたことはおろか、敵らしい人影すら見たことがない。


「何かありました?」


「いや、今日は特に何もない」


「今日も、じゃないんですか?」


「ああ、そうだな。明日も、だと良いけどな」


 複雑そうな表情を隠そうともしない明洋は、深刻な顔で考え込んでいる。

 それを見たラキアが、笑顔を消して無表情になる。


「何かご心配でもあるのですか?」


「そうだな……。でも、恐らく気のせいだろうと思う。ラキア、君も何も感じてないらしいしな」


 明洋の言葉に、ラキアが目を閉じて何かを感じ取ろうとするように集中する。

 それをじっと見守る明洋を、麻衣は不思議に思いながら見つめていた。

 ラキアの周りにキラキラと光る風がまとわりつく。

 高く低くさざめく旋律が微かに聞こえた気がした。


「綺麗……」


 思わず呟いた麻衣に、明洋が視線を向ける。


「見えるのか?」


「はい、キラキラした光が。とても綺麗……。あれ? もしかして、明洋さんは見えないんですか?」


「ああ。俺には見えない。何となくざわざわした感じはするんだけどな。そうか……麻衣にも適性があるのかもな」


 明洋の言葉に、麻衣は首を傾げる。

 問い返そうとした麻衣は、目を開けたラキアに、自分の言葉を飲み込んだ。


「風の言葉を聴いてみましたが、私にも良く分かりませんでした。申し訳ありません」


「いや、良いんだ。俺も訓練を積んだ戦士という訳じゃないから、気のせいだろう」


「ラキアさんは戦う訓練も積んでいるんですよね? じゃあ、大丈夫なんじゃないんですか?」


 心の底から申し訳なさそうに、悔しそうに謝るラキアを、明洋も麻衣も笑ってなだめる。


「ですが、私は護衛程度の能力しかありませんので、戦士に本気で気配を隠されれば気配が読めるとは思えません」


「だったら、警戒は緩めないってことで良いんじゃないんですか?」


 不安そうなラキアに思わず助け船を出しながら、麻衣は明洋を見る。


「それ以外ないだろうな。姿の見えない、いるかどうかも分からない相手に無闇に怯えても仕方がないだろう。そんなことより、だ」


 明洋は木に背を預けていた状態から起き上がり、麻衣に歩み寄るとその手をつかんだ。


「やっぱりな」


 ひんやりと冷たい手が、ゆっくりと熱を帯びていくのがわかる。

 ここ最近青白い印象だった明洋の顔色が、少しずつ血色を帯びていく様子にラキアも目を見開いた。


「麻衣には癒し手の適性があるみたいだな。少なくとも、手を触れた相手に力を送り込むのは得意らしい」


「そういえば、マッサージは得意でしたけど」


 明洋の言い出した言葉の意味が飲み込みきれずに、麻衣は困惑する。

 一人だけ良くわかっていない麻衣をよそに、ラキアは驚愕も露に明洋を問い詰める。


「なぜ気が付かれたのですか?」


「麻衣には、風の力が見えるらしい」


 興奮のあまり、今にもつかみかかりそうなラキアにたじろぎながら、明洋は言葉少なに応じる。

 そんな二人を見比べて、麻衣は思わず口を挟む。


「ええと、あと、なんか歌みたいなのも聞こえました」


 おずおずと言い足した麻衣に、明洋とラキアが視線を向ける。

 信じられないものを見るような二人に、居心地の悪さを感じて、麻衣は視線をさまよわせる。


「これは……。明日から特訓ですね」


 ポツリと呟いたラキアは、嬉しそうに微笑んだ。


「私には大きな力はありませんが、かつては優れた導き手として、数多の癒し手を育て上げたのですよ。久し振りに、胸が高鳴りますね」


 腕捲りをしそうなラキアの様子に、そっと手を合わせる明洋が視界の端に見えた。

 ラキアの張り切りように恐れをなした麻衣には、そんな明洋の行動をとがめる余力もなく、引きつった愛想笑いを張り付けてラキアに応じる。

 思わぬことに舞い上がって、感じた不穏な気配について忘れた私たちを、きっと誰も責めることなんて出来ないと思う。

 それぐらい全ては順調で、私はまだ何の不安も抱いていなかったのだから。


 そう。

 私にとって世界はただ穏やかで、全ては目新しいばかりで、光り輝いて見えた。

 だけどそれも、ひしひしと感じる底知れない不安を打ち消すために、自分のために自分で用意した幻想でしかなかったのではないかと、そう思う。

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