夜の闇の中で
「ラキアさん、起きてますか?」
あの後、安全な聖域である森を抜けきる前に夜を明かそうというラキアの提案により、早めに簡単な夕食をとって眠ることにした。
何となく目が冴えて眠れない麻衣は、ラキアが作ってくれた野草と干し魚のスープの味を思い浮かべ、教えてもらった材料と手順をお復習していたが、それにも飽きて、隣で保温の術式を織り込んであるという布に包まって横になっているラキアに話し掛けた。
「はい、何でしょうか?」
眠っていると思っていた相手から思い掛けず返答があって、麻衣は慌てて喋ろうとしてむせる。
「申し訳ありません、驚かせてしまいましたでしょうか」
軽く笑って麻衣の慌てぶりを流したラキアは、少し眠たそうなゆっくりとした話し方をしている。
「私はあまり深く眠る習慣がないので、眠っていても話し掛けられれば大抵はお相手出来ますので、いつでも話し掛けてください」
「ごめんなさい、やっぱり寝てたんですね」
「お気になさらなくても大丈夫です。元々、あまり眠らなくとも良いので。それよりも、なにか私にお話しになりたいことがあったのではないですか?」
恐縮する麻衣にやんわり微笑んで、ラキアは話しの続きを促す。
「大したことではないんです。でも、誰かに聞いてもらいたくて……」
口ごもる麻衣に、ラキアは柔らかな微笑みを浮かべる。
「私でもよろしければ、お話しいただけますか? 今でしたら私以外聞いておりませんので」
少し離れた場所で不寝番をしている明洋を目線で示して、イタズラっぽく笑う。
気持ちを解してくれようとしているのが伝わってきて、麻衣は無性に泣きたくなった。
なおもためらう麻衣を、ラキアは微笑みを崩すことなく待ち続ける。
ややあって、麻衣はようやく重い口を開いた。
「ねぇ、ラキアさん。もし自分がもうすぐ死ぬとわかったとして、それを親しい身近な人に言うのってどう思いますか?」
麻衣の問い掛けに、ラキアは目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
青ざめたその顔を見て、麻衣は自嘲する。
「やっぱりそういう反応ですよね。良かった。私にだけじゃなくて……」
ホッと息を吐いた麻衣に、ラキアも表情を緩める。
「どなたかが麻衣様にそのようなことを仰ったのですね」
「はい。私には双子の妹がいるんですが、どうやらこの娘には小さい頃からこの先起こることが分かるようなんですよね。ええと、それは、ラキアさんにはうまく伝わらないかもしれませんが、私の世界ではとてもとても特別なことなんです」
目を閉じれば浮かんでくる、自分と同じ造りの、だけど違う顔の娘。
物心がついた頃から不思議なことを私だけにそっと囁いてくる半身。それは二人だけの特別な秘密で、小さい頃は何だか嬉しくて誇らしかった。
「私の世界には、不可思議な力も、もちろん先見の力と言うんでしょうか。そういったものはないというのが普通でしたから。そんな中で、あの娘は違った……。時々未来を見ては、私だけにそれをこっそり教えてくれました。私はそんな二人だけのささやかな秘密が嬉しくて誇らしかった。あのままだったら、きっと私たちはちょっと普通じゃない不思議な力を楽しんでいただけで終わったのかもしれません。でも、あの娘は熱を出すことが増えて、度々倒れるようになって、そして……」
「自分がもうすぐ死ぬと麻衣様にお伝えになったのですね」
「私、その時気が付いたんです。あの娘がいなくなると聞いてホッとしている自分がいることに。そしてその事さえも見抜かれていて、しかも当たり前のことだとあの娘は微笑みすら浮かべた……! 私は、理解したくなかった。それで、逃げたんです。あの娘のまっすぐな視線が怖かった。私の汚い部分を、それ以上気づかされたくなかった。私は、どうしたら良かったんでしょう?」
「その方が麻衣様をお責めにならないのでしたら、誰にも麻衣様を責めることは出来ないでしょう」
麻衣の話しにじっと耳を傾けていたラキアが、静かに語り掛ける。
声と同じく静かな瞳が、炎を受けて光を揺らめかせる。その瞳は普段とは違う色を宿して、麻衣をひどく落ち着かない気分にさせた。
「でもっ……!」
「確かに、麻衣様の気が済むかどうかは別ですね。ですが、もしも罰が必要なら、麻衣様はそれを受けていると私は思います。こんなにも胸を痛め、悩み苦しむことが罰でないのなら何なのでしょう。……ですから麻衣様がご自分を罰したいのなら、その罪悪感を決して忘れなければ良いのではありませんか?」
ラキアの淡々とした言葉の持つ厳しさに、麻衣は打ちのめされる思いがした。
そして、自分がラキアに許して欲しいと、甘くて優しい、耳障りの良い言葉をくれると期待していたことに気づいて愕然とした。
「そうです、ね。私、甘えていたみたいです」
必死にぎこちない笑顔を作る麻衣に、ラキアは苦笑する。
「あまり自分に多くを求めすぎてもいけませんよ。私たちは、自分自身が思っているほど物分かりも、割り切りも良くありませんから。そうですね、時に驚くほど愚かで、容易に立ち直れない位には下衆な行動をしますから。それでも、私は貴女にそんな自分を見限らず生きてほしいですね」
冗談めかして笑うラキアに、麻衣も微笑む。
ラキアの心遣いが優しいのになぜかとても痛くて、厳しい言葉よりも胸に染みて、麻衣はこぼれそうになった涙をまぶたに力を入れてこらえた。
泣くことなんて、出来ないから。
「わかりました。頑張ります」
ギュッと拳を握っておどけた麻衣に、ラキアが笑い出す。
麻衣も一緒に笑いながら思った。
もっと強く、しなやかに生きたいと。
ラキアのように。




