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世界はまるで泡(うたかた)のように  作者: 深海聡
第二章 それぞれの事情

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光の当たる場所

 一度打ち解けてしまうと、ラキアは意外とよくしゃべった。

 実年齢は違うだろうが、見た目では同年代のように見える常識人ラキアは、麻衣にとっても話しやすい相手だったからだろう。前からの友人同士のように気安く話す二人を、明洋はやや遠巻きに見ている。


「明洋さん、ラキアさんって薬学も詳しいんです。時間があったら是非教えてもらわないとですね!」


「そんな、長に少し触り程度にご教授いただいただけです。この森の中でしたら危険はありませんが、私が外に出た場合は守りがないので」


「そういえば、ここの森は聖域だから魔物は出ないと明洋さんも言ってましたけど」


「ええ、ここには代々の風の竜族の長の加護の力が染み込んでいますから、魔物一匹、毒草一本生えないのですが、風の竜族の領域を出ればその限りではありません」


 穏やかに微笑むラキアの様子に忘れそうになるが、本来この世界には魔物や魔獣という存在があるらしい。

 魔獣は豊かな森の魔力を帯びている、しかしただの野生生物だから肉食の大型のものでない限り人を襲うことはないらしい。仮に魔獣が襲ってきても、ある程度の訓練を積んでいて、相応の装備さえ整っていればごく普通の人間、いわゆる自警団のような人間でも仕留めることが出来るらしい。

 ちなみにラキアには、こういった獣は襲い掛かって来ないとか。明らかに獲物でないとわかる程度には、ラキアは強いということだ。

 だが、魔物は、魔獣や人間が世界から沸く毒素を体内に蓄積し、凶悪化したものだ。基本的に血に飢えていて、相手構わず襲い掛かる傾向があるらしい。言葉を理解し、場合によっては話すらしい。その上、種類によっては魔獣の群れのリーダーとなっている場合もあり手強いとか。

 よほど性質の悪いものに出会わない限り大丈夫ですと、ラキアは笑った。


「あの閉鎖的な塔の中で、よくそれだけの技能を身に着けたもんだな」


「ありがとうございます」


 ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに微笑むラキアに、明洋が視線を外して小さく咳払いをした。


「以前は長もいらっしゃいましたし、私に気まぐれにですが、ご自分の知識や技能を伝授してくださる方もいらっしゃいましたから。元来風の竜族は物事にも場所にも囚われることを良しとしない気質の持ち主が多い一族なのです。そのためか、方々を旅して珍しいものを収集する方や、歌などの芸能に秀でた方、武術の型を集めている方もいらっしゃいました。以前は青の都の大図書館と並ぶ学芸の都だったのですが……」


 懐かしそうに昔を語るラキア。

 以前と言っても、それは400年は昔なのだろう。今となっては、人間でその時代を語れるものはない程のはるかなる昔。


「元々風の塔は口伝や相伝が大半で、記録を残す類の習慣がなかったのもあり技能を持った方々が出奔された後は、学芸の都としては機能していない状態です」


 もっとも、長がいらっしゃらないので風の竜族の都としての機能も失われてしまっているようなものですがと、ラキアは苦い笑みを浮かべた。


「昔が懐かしいのか?」


「そうですね。懐かしくないと言えば嘘になります。あの頃は、変わらない穏やかな日々がこれからもずっと続くのだと信じて疑いませんでしたから。ですが、きっとまた皆が笑いあいながら他愛ない話に興じる日が来ると信じていますから」


「ラキアさんは強いんですね」


 しっかりと前を見据えながらそう語るラキアに、麻衣は思わず感嘆を漏らす。

 しかしラキアは頭を振り、麻衣に微笑みかけた。


「強いのではありません、ただの願望です。ですが、心から信じたいと思っています」


「きっと叶いますよ。信じる者は救われるって言いますから!」


「麻衣、それは意味が違うと思う」


「えー、折角良いこと言ったんですから混ぜっ返さないでくださいよ明洋さん」


 むう、と唇を尖らせた麻衣に、笑うラキア。

 つられて麻衣も笑い出し、明洋も笑みを浮かべる。

 空から降り注ぐ光は木々の葉を透かして地面で、皆の肩先で、踊っている。

 軽やかで穏やかな笑い声の響く場所。


「ずっと、続けば良いのに」


 聞こえない程の小さな呟きを隠すようにラキアは微笑む。


「え? 何か言いましたか?」


「いいえ、もしあの時長が私に印を与えて下さらなければ、私を従者として選ばなければ、私はこうして光の当たる場所で誰かと笑い合うこともなかったと思いまして」


 空を見上げれば、木々の葉を揺らして優しい風が渡って行った。

 それを見上げて目を細めるラキアに、麻衣も深くうなずく。


「確かに塔の中って、日の光が入るように工夫はしてありますけど、なんだかちょっと薄暗いですよね」


「え、ええ、そうですね」


 一瞬の戸惑いを隠すように相槌を打って、ラキアは微笑む。

 その様子を見て、麻衣は首を傾げた。


「麻衣、それよりも今のうちに食べ物や水の確保をラキアに教えてもらわなくて良いのか?」


 麻衣が次の言葉を口にするよりも早く、明洋がさりげなく話題を変える。

 一瞬、ラキアと明洋の視線が絡まってすぐに外れた。


「そうですね、数日は持つぐらいの水と食料は持ってきましたが、今後のためにも麻衣様にも調達を手伝っていただきましょうか」


「ぜひお願いします。明洋によく、ご飯と休憩を忘れられるので」


 やんわりと微笑むラキアに、麻衣も笑顔で応じる。ついでに明洋の失敗についても、さらっとラキアに告げ口してほくそえむ。


「まぁ、そうなのですか? それは、私もよくよく心がけておかないといけませんね。では早速、休息がてらキュルツベリーを採りに行きましょうか。先ほど茂みにあるのが見えたので。では、明洋様少し行って参りますね」


「ああ。この木の根元で待っている」


 大げさに驚いてみせたラキアは、クスクスと笑いながら麻衣を伴って森の中に踏み込んでいく。


「良いんですか、明洋さんだけ残してきて」


「ええ、構いません。ついでに済ませてしまいたいこともありますでしょう?」


 明洋を気にして振返る麻衣に、理由をほのめかしていたずらっぽく笑うラキアの意図を察した麻衣は、赤くなることしか出来ず、小さく「はい」と返事を返した。


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