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金曜日、夢がボディーブローしてくるんだが

作者: のばら



 少し日が暮れるのが早くなったそんな季節。私は帰り道を自転車で帰った。油が足らなくてギコギコと不快な音を立てる。また油を注し忘れた。明日こそはしなければ。


 ああ、お腹が空いた。いやそれよりも疲れてクタクタだ。空腹よりも疲れが、疲れよりも眠気が。

 よりにもよって今日は金曜日。今日こそは絶対に寝ないで徹夜をしよう思っていたのに。睡魔はいつもより気合いを入れて襲ってくる。


 「ただいまー」


 ガチャリと家の扉を開けてリビングへ。テーブルの上に置かれていたプラスチックの器に入っている目覚ましガムを数個口へ投げ入れ噛んだ。苦手なハッカ入りなだけにこれで効果がなく眠ったら絶対今後同じメーカーは買わないと密かに誓った。私の家にはコーヒーメーカーもインスタントコーヒーも無いから(香りがあんまり好きじゃないのだ)買い置きしてある缶コーヒを開けてグイッと一気に飲み干す。

 

 今日こそは徹夜をしよう。


 そう考えてソファに座った。ぐぅ。





 パチリ。一つ瞬きをし、シャボン玉が割れたような音と一緒に私は木々が立ち並ぶ森の中に私は居た。


 あぁ、結局寝ちゃったんだ。


 ガックシ肩を落とした。横を見れば一頭の黒毛の見事な馬が。自分を見下ろせば、もはや見馴れてしまった騎士服タイプの王子様が着るような服を身に着けていた。


 はぁ、とひとつため息を吐いて馬に飛び乗って馬を難なく進ませる。もう馬術もお手の物だ。


 金曜日の夜、一、二年前から私は変わった夢を見る様になっていた。夢の始まり方は二パターン。今日みたいにいきなり何処かに居るか、本棚が空っぽの書斎で革表紙の本を手にしてポツンと立っているか。今日は前者のようだった。

 内容はたまに大まかなストーリーが被ることがあるけれど、大体はバラバラだった。共通しているのは4点のみ。


 一つ目、夢の中、まぁつまるところ世界の舞台はいつも童話の中なのだ。なじみ深いシンデレラしかり、いばら姫しかり。いつも王子様とお姫様が出てくるお話。出てこなくても、役の地位が王子様とお姫様にすり替えられてる。


 二つ目、いつも夢は終わらせるまで覚めない。同じ方法で問題を解決させることは出来ないみたいだから厄介だ。一度だけ、ベットから落ちて目を覚ましたことがある。


 三つ目、なぜかいつも私が王子様役だった。声高に言わせてもらおう、私は女の子だ。胸だって歳相応にある。けれど見た目は現実の私と同じでも、夢の中の私は体の造りが違うようにしか思えなかった。剣だって、馬術だって体に染み付いているように何でも出来た。身体能力だって恐ろしい程高い。


 そして、四つ目。これが一番この夢を見たくない理由だった。なぜなら……


 「ーーぅ、ぇぇー」

 「ぉーーーきて、しー」


 涙声のボーイソプラノが微かに聞こえてきた。気付けば周りの木々は開いてきていて、馬が二頭ならんでも大丈夫な程になっていた。特に意識はしていなかったけれど、密集していた木にぶつからずにここまで歩いてくれた(無意識のうちに私が手綱を操ってたかもしれないけれど)お礼に馬の首をそっと撫でた。王子様なのに相棒が黒いことについてはツッコミ禁止だ。最初に見た夢から白馬のはの字さえも見かけなかった。私の格好が王道のカボチャズボンの服じゃないのも触れないでいる。今着ている騎士服のような方が断然マシな格好だからだ。三分の二は白いし、定番の赤マントだって着いてる。一応王子様の格好だ。……残りは黒寄りの色だけど。


 馬の歩みと共にだんだんと明るくなっていく視界。声も大きくなっていく。木々の間からは芝生のはえた小さな広場のような所に人が集まっているのがうかがえた。泣き伏せる様に膝を着いて何かに縋っている。

 ふと、脳裏にメジャーな童話が浮かび上がったけれどそれを掻き消した。あれだったとしたら拙い。この間夢に出てきたばかりだからまだ対策を練ってなかった。いやでも、森の中で泣きすがられる童話なんて他にもあるし。


 なんて内心言い訳をしていたら馬が止まる。自然と俯き気味だった顔を上げれば、広間には小さな家が。その前には泣き伏す小柄と良い辛い程小さいサイズの少年、に見える女性達。数はひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むぅ、な……やっぱなんでもない。じっと目を凝らせば女性達が取り囲んでいるのは透明の棺桶。その中には花が敷き詰められ、綺麗なドレスを纏った人が横になっていた。


 あぁ、今回は『白雪姫』なのね……。


 よりにもよってアレだったとは、と内心涙がちょちょ切れながらため息を吐きたくなった。棺桶の中に入っているのは白雪姫(仮)だろう。さて、どう物語りを終わらせようか。

 じっと見つめていたせいか女性あらため小人の一人とパチリ、目が合った。

 私に気付いて走り寄ってくる小人。それにつられて走り出す他の小人達。嬉々とした表情ながらどこかバーゲンセールに突っ込むおば樣方に似た気迫のようなものがあってぶっちゃけ怖い。


 せめて原作の流れがいいなぁ。出回ってる絵本の方じゃなくて。


 小人達に相棒から引きづり落とされている中ぼんやりと考えた。



 「王子様!王子様!」

 「来てくださってありがとう!!」

 「白雪姫、帰ったら家で死んでいましたの!」

 「白雪姫ったらこの間、誰かに貰った櫛を髪に通した所為で死にかけたばかりなのに!」

 「知らない人に何か貰ったらダメだって言ったばかりなのに!」

 「白雪姫ったらケチ気味だから貰えるものは何でも貰ってしまうのよ」

 「倒れていても原因だと思うリンゴを握っていたの。リンゴを取るのにかかった時間ったら、一食分の食事が出来てしまう程掛かったわ!」 


 あぁ、(かしま)しい。テンションもう少し下げてほしい。さっきまで悲壮にくれてたじゃないか。心なしこれ以上進みたくなくて足を地面に突っ張る。けれどズリズリと引きずられてしまう。

 抵抗虚しく私はとうとう小人達にガラス製(クリスタル製?どっちだ)棺桶の前まで引っ張りだされてしまった。


 美しい花ばかりが敷き詰められた棺桶。中に入っているのは童話どうりの雪のように白い肌、血みたいに赤い唇、コクタン(黒褐色の木のこと)のように黒い髪を持つ彫刻レベルの美貌を持つ人物。身に纏っているのは生地のグラデーションと刺繍の美しい品の良さが一目でわかるドレス。森に差し込む幻想的な光はスポットライトのように白雪姫(仮)を照らし、映画のワンシーンみたいで眼福モノだったろう。


 私はそっと顔を逸らした。心なし肩ごと。うん、白雪姫は眼福モノだったろう。……男でなければ。


 キッメェェェエエエエッ!!


 いくら細かろうが男。女性より骨太いせいでドレスは若干横にひっぱられていて、筋肉に包まれた腕や首がふんわりとした華麗なドレスから覗くのは、いくら美形だろうとキモイ。推定十代後半から二十代前半の男性が女装して似合うのは所詮二次元だけである(私にとってだけれど)。リアルな人物が、しかも細マッチョがしても気持ち悪いだけである。生理的に受け付けられない。細マッチョがしても気持ち悪いだけである。大事なことだから二回言った。

 

 四つ目、この世界の男女は性別が逆転している。童話で出てくる男の役は女性に、女の役は男性に。そのくせ服装は逆転してないからシンデレラの童話の世界だった時なんて……うん、舞踏会とだけ言っておこう。 


 グッと服が引っ張られて反射的に小人達の方を向く。そして、小人の1人が悪夢の言葉を吐いた。


 「王子様!目覚めのキスをお願いします!」

 「ごめんなさい」

 「さぁ!遠慮なさらずに、さぁ!!」


 遠慮じゃねーよっ!

 そう口荒く突っ込みそうになって耐えた。夢の中だといえ、見知らぬ誰かにキスするなんて嫌だ。現代風の緩い性格なのに性に関する事にだけは私は頭が固い。そしてキスする相手が女装している男性なんて嫌なのもある。


 だから、キス以外の助け方をしている。同じ方法は出来ないから仕方は同じでも実行する人を変えたりして数を誤摩化している。結構判断がアバウトだった。


 「とりあえず、白雪姫(仮)を棺桶から出して下さい」

 「?何か白雪姫の後に付いているような気がするような……」

 「気のせいです」


 自分は、女装した男(しかも細いとはいえマッチョ)が白雪姫なんて認めないっ!(仮)付きで充分だと思う。

 微笑みに誤摩化された小人達は丁度白雪姫(仮)を脇から支える様にして棺桶の外で上半身だけとはいえ、立たせている。

 私は白雪姫(仮)背中の方に回り込んで片膝を突いた。そして、小人の一人にオックオンした。


 「お願いがあるんですが、この手を思いっきり叩いてくれませんか?」

 「?」


 片手の甲を白雪姫(仮)の背中に向けて差し出した。

 小人は戸惑いながらもパチーンッと音を鳴らして叩いてくれた。


 「もっと強くです」

 「え、えいっ」

 パチーンッ!

 「もっとです!」

 「た、たぁっ!」

 バチーンッ!

 「あと一歩です!もう少し!」

 「や、やぁっ!」


 叩く強さを却下し続けられ、意地になって手が大きく振りかぶられた様子を見て私は……。


 スッ

 バーンッ!!

 

 手を引っ込めた。

 

 もちろん勢いづいていた手が、腕が急に止められる訳も無く、私の手の後ろにあった白雪姫(仮)の背中へと直撃した。見事な音が白雪姫(仮)は小人達を巻き添え前に倒れかけ、ポロリと、口から毒リンゴの欠片を吐き出した。同時に白雪姫(仮)の瞼がピクリと震えた。


 「う、ぅ……」

 「白雪姫!」

 「白雪姫起きて!」

 「なんで外に……?」

 

 見事なハスキーボイス。掠れていて、こういうのが腰に来る声と言うんだろう。


 「白雪姫ったら言いつけを破り死んでいましたのよ!」

 「でももう大丈夫!」

 「王子様が助けて下さいましたの!!」

 「王子様?」

 

 きっと白雪姫(仮)の目は少し熱(なんのとはあえて言わないが、)に潤んでいるだろう。今までのように。実際王子様と呟いた声も熱っぽかった。けれど私はそれを確認することはしないし、出来ない。


 「そうです!こちらの……あれ?」

 「王子様〜?」

 「どこですの〜?」


 なぜなら私は白雪姫(仮)が完全に目覚めきる前に馬に乗ってその場を離れ爆走していたからだ。私の役割はもう終わったのだから夢が覚めるまでお姫様(仮)から逃亡する。絶対にその目に映りたくない。夢の中でバージンを奪われそうになったトラウマは伊達じゃねぇぜ!!


 こうして私は小人達に再び見つかることも無く今週の悪夢をどうにか逃げ切った。




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