信用できる者①
発狂は誰もしなかった。現実とは受け止められなかっただけかもしれない。そんな中でも荒木が最初に動いた。
「しば、行くぞ」
「え、あ、どこに?」
「いいから行くぞ」
「お、おう」
そうして、出られなかった教室からあっさりと二人の人間がいなくなる。釣られるように数人のクラスメイトもいなくなっていた。そんな放心状態で行動の正解不正解を見いだせない中、直は良太を心配し様子を窺っていた。
「大丈夫か?」
良太はその声に顔を上げると気遣ってくれた直を気遣い、「大丈夫」と笑みを浮かべて気遣い返した。だが、その表情は余計に直を不安なものにさせた。良太は普段から他人の行動を気遣いながら行う。人を観察する癖も、他人と衝突しないのもその表れだ。
「大丈夫って……まぁ、いいや。じゃあ、どうする?」
心中察しながらも何を言ったところで帰ってくる言葉を理解出来てしまう直は、それ以上は言葉を飲み込み、現状やらなければいけないことに対して口にする。
人が一人死んだ。この事実はすでに自分たちの身に降りかかる事態へと急速に姿を現した。そうなれば、次がやってくる前に、自分たちに降りかかる前に『裏かくれんぼ』を攻略しなければいけない。どうしても早い切り替えが必要だった。
「そうだな……えーと」
動揺を隠しているつもりでも思考が追い付かない。そんな折、静かに動いていた女子によって邪魔が入る。
「あのさ、直君ちょっといい?」
訪ねてきたのは渡辺美紘と小池エナの二人。妙に小声で話しかけられ邪魔が入ったことに直は訝しんだ表情を作る。が、その二人の行動の意味を解っていた良太が自分の時間を作るためにも二人の味方になる。
「廊下で話な」
誰かに気付かれていないか慎重に直に伝える。きっと直はその意味をまだ理解していない。一瞬躊躇し、良太を残していく事を拒む仕草をしたが、些細な行動でも今は危険な行為と判断した良太はすぐに言葉を足す。
「すぐ行く」
直は、映像のショックから一人になりたいのだろうと判断したのだろう。小声で会話されることに習い、同じように返事を返して廊下へと三人で向かっていった。
廊下に出ると美紘とエナは、さらに人の捜索と視界を防げるように階段の陰まで移動した。直はこの身勝手な行動に教室を振り返る。柱の陰に隠れてしまっては探しに来た良太が見つけられないと思ったからだ。
一人柱の陰から体を出したが、二人が腕を引っ張り隠された。
「何?」
強引な行為に何かがあると思い、仕方なく諦める。きっと良太なら必死に探そうとしたりはしないだろう。予想できる範囲に、良太ならある程度時間を置くと信じられた。
「あのさ……、ちょっと聞いてる?」
二人の用事で連れ出されているのに高圧的な態度が気に障った直は不機嫌そうな表情を作った。
「ひろちゃんっ」
「あぁ、うん。ごめんね。で、話なんだけど」
「うん」
エナのフォローで直も自分の対応を反省し、真面目に聞く態勢を整える。
「一緒に行動してくれない?」
一瞬、なんのことを言っているのか分からなかった。
それは二人に伝わる。
「はっきり言うけど、誰が『裏切り者』か分からないじゃん。だから、自分の身は自分で守らなきゃいけないし、でも私たち女だから信用できる男の子が必要だと思うのね」
「一番信用できる男子っていうと笹倉君ぐらいしかいなくて」
こんな時でも信用という言葉は純粋に嬉しいと直は思う。それに普段から直は良太と行動を共にしている、さっきの光景からも良太も少なからず信用されていることが分かる。一人だけ呼び出されたのは単純に直の方が話しやすいからだろう。
「俺は別にいいけど……」
問題があるとすれば一緒に行動するつもりでいた良太が良い返事をするかどういうことかということだった。
「たぶん、そういうと思ったから直君に聞いたの」
一応はクラスメイト良太の性格もある程度考えられている。
「加瀬君って人当り良いとは思うけど、人付き合いでいうとあんまりだと思うのね。だって、話しかけない限り話ししたことないし」
「まぁ、あいつ人見知りする方だし」
「だから私とエナが一緒に行動していいか聞いてほしい」
美紘の言い方は判断を直に任せると言っているが内心では、説得の意味合いの方が強い。
「ちなみにさ。なべの方は良太と話したことあるだろうけど、小池って話したことってあるの?」
「え? たぶん、ないかも」
「それでいいわけ?」
「それはさ――」
「小池に聞いてるんだけど」
美紘が表情を硬くする。会話の途中美紘のフォローで口を挟むがエナは美紘の言葉としてしか、会話をしていない。こんな状況に置かれたとしても直には納得できないものがある。
「ご、ごめんね、えーと、あの」
「エナも人見知りなのっ、だからっ」
「悪い、責めてるつもりはないんだわ。ただ、一緒に行動するようにしても、溝できそうだから」
正論だったが美紘も良太の人見知りに対して文句を言いたかった。だが、持ちかけた話を崩さないためにも黙り込む。喧嘩はもちろん敵対するような事態になってしまっては、なんのために廊下まで連れてきたのか意味がなくなる。なにより、その結果で自分たちが『裏切り者』として見られるのは避けたかった。
「私は話をしたことはないけど、今日の科学の時間とかで加瀬君の行動見てたから、だから信用はできると思う」
直の指摘に、孤立する事を恐れるエナも口下手なりに美紘が思う事態は避けようと説明をした。その口下手な話し方に美紘は一抹の不安を抱き、直の表情を窺う。
「それならそれでいいんだけど、後は良太次第だな」
美紘の不安は杞憂に終わったが、自分の行動を棚に上げ疑問を尋ねた。
「あのさ、加瀬君は別にってできないの?」
「――っ、ひろちゃんっ」
余計な一言だとエナが思わず声を上げる。
間隔はほぼない。
「それはない」
直は純粋に思った事を告げ、いまだ来ない良太がいる教室に戻っていった。