崩壊とスイッチ
荒木の言葉にその三人が肩をびくつかせた。
その三人とは、佐々木鏡花、相沢武雄、上杉幸助だ。おそらく、『裏かくれんぼ』が始まってこの状況に一番違和感を覚えたのはこの三人だろう。教室の角に武雄と上杉が、その反対側に鏡花がまるで見つからないようにでもするように小さくなっていた。
すでにチームに入っていた人間ですら荒木の言葉に耳を傾ける。それが卓に焦りを煽るが、卓自身気が付いていなかったことに見守るしかできない。
「なぁ、なんでお前らが学校にいんだよ?」
良太は気付いていながらそのことを必死に誤魔化していた。何かしていたわけではないにしろ、何もしないことでその三人がいることを誰も気づいていないことにしたかった。なにより誰かがそのことに気付いてしまえば、結果が明らかだからだ。そんなことを考えていた所為で直に話しかけられていることへの反応が遅れてしまったのだ。
「答えろよっ」
しかし、荒木の二度目の追及ですべてが無駄に終わる。こうなってしまった以上、三人には話してもらうしかない。だが、全ての威圧のある疑いが一斉に集まる中でも、三人は似たような仕草で状況の説明ができないでいた。
「決まりだな。『裏切り者』はお前らだ。ルールじゃあ、『裏切り者』は一人なんて書いてなかったからな」
誰もが気付かなかったことに、はっとした表情を浮かべる。その中で良太以外に別の反応を示していたのは卓だった。自分がそのことに気付けなかった事に加え、その事実を発表した人物が荒木、さらにはその事で勝利を噛みしめていたはずの、チームが意味のない物へと変わってしまったからだ。
「ちょ、ちょっと待てって荒木、俺たちもなんでここにいるか分からないんだって」
「は? ざけんなよ、それを信じろってのか? この状況で」
相沢武雄が言うそれが真実ならば希望があるように見えてしまった卓は、間違った選択をしてしまう。三度目になる荒木の追及に卓が保身だけの為に三人側に立ったのだ。
「待ちなよ、荒木君。僕たちだって教室に寝かせられるまで、どうしてゲームに参加させられたのか分からなかったじゃないか」
荒木は見え透いた卓の行動を見抜いていた。
「疑わしいやつらをフォローってことは、お前もグルだな委員長」
「なっ、何を」
どちらでも関係がなかった。卓がグルでもグルでなくとも、疑わしい者を選別することこそが荒木の目的だった。だから人の意見に左右されチームを作り、そして一度は卓のチームに入ったクラスメイト達は卓もまた『裏切り者』として疑い、集まりが崩れていく。
そんなクラスメイトたちに荒木は鼻で笑った。
「とりあえず、こいつら拘束するか」
立ち上がった荒木が縛れそうな物を探し始め、ゲーム勝者の一つの形が出来上がろうとしていた。
「なんだあれ?」
四人が拘束される前、正吾が指さした先、教室の後ろにあるロッカーの上にスイッチが配置されていた。まっさきに反応したのはすでに教室を支配した荒木だった。手のひらに乗るサイズのスイッチケースを手に取り、投げつける。
「委員長、押せ」
「ど、どうして僕が……」
すでにパニックに陥っていた卓は冷静な判断ができず、荒木の支配による恐怖で押す事を躊躇ってしまう。
「押したら危険なんだな?」
その瞬間、『裏切り者』のレッテルは卓に確定されてしまった。その為にチームを作ったのだと、チームに入った者も疑わない。
「ち、ちがっ――」
「お前が押せばゲームは終わりだろ」
終わる、その一言で卓が外れたチームから「押せ」のコールが始まった。
「違う、違う、僕じゃない、僕じゃない、僕は『裏切り者』なんかじゃない」
卓は震える声で何度も唱え続け、助けを求めて手を差し伸べるがその手は握られるどころか、軽蔑の眼差しで弾かれた。いつも助けていてくれていた千鶴でさえ人の影に隠れて出てこない。
「早く、押せよ」
残酷な命令を下したのは、熊谷志保だった。意見を信じるといいながら、討論で何度も熊谷の名前を出し続けていた卓に、間違っていた時の保険を掛けているようにしか志保は感じていない。そして、『裏切り者』の疑いが掛かった卓は堕ちて当然の存在になっていた。
押すしか道がないと悟った卓は深呼吸をする。
卓は親しいといえる友達がいない。それは誰かに助けを求めない人生を歩み、人を手助けする立場にいたことで自然と一人でなんでも熟さなければならなかったからだ。
そして、初めてともいえる他人への助けは拒まれた。だとしたら、また自分で乗り切ればいいと冷静になれた。
「押せば、僕が『裏切り者』じゃないと認めてくれるかい?」
「ああ、認めてやるよ」
適当に荒木が言う。
「分かった」
そうして卓の手がスイッチに触れた。胸が締め付けられ、鼓動を速めていくのを感じながら、覚悟を決めて押した。
電気部品に電流が流れ、機械音が耳に届く。たまにしか使われない天井部に設置されていたTVの電源が入った。
映ったものを見て、誰もが言葉を無くす。
『んんーー、んん、んっ、んんっ』
古くなったブラウン管の向こうで、誰かが白い布で顔を隠され、椅子の上に手足を縛られた状態で立たされていた。その首には一本のロープが括り付けられている。
「……誰だ、あれ?」
誰かが見上げながら呟き、誰かが気付く。
「……白衣…………松村…………?」
この学校で普段から白衣を付けているのは科学の松村ぐらいしかいない。顔を隠されているが、その人物が誰なのか判明された。
その間にも、ブラウン管越しで何かが動いていた。
コツ、コロコロコロ、すーーーー。
その音は次第に大きくなって動いていた物体事態そのものも目に映る。
「ゴールドバーグ・マシン……?」
正吾がその正体を口にする。それは訊き慣れない言葉であったが、誰でも一度は見たことがある仕掛けだった。最初はビー玉が転がり、次々に連鎖的に起こるからくり仕掛けだった。
「…………まずく……ないか、あれ」
最初に気が付いたのは直だった。からくり仕掛けの最後は面を隠された教師の椅子にぶつかる。連鎖的に起き次第に大きさを増やす物体は簡単に椅子を倒すことができる仕掛けになっていた。
ドンッ!
と大きな音を立て良太が教室の扉を蹴り上げる。その音で肩を跳ね上げたクラスメイト達だったが、次には気付いた男子達が扉を開けようと動き始めていた。しかし、その扉は一向に開くことはなく、からくり仕掛けは最後の連鎖を繋ごうとしていた。
『んん? んんっ、んんん!』
教師は近づいてきた音に恐怖で悲鳴を上げた。
箒が大きく揺れ、ボウリングの球が椅子めがけて転がっていく。
それが冗談か、現実に起きている事なのか、半信半疑のままブラウン管から目を背けるもの、見続けた者反応は様々だった。
が、その瞬間はあっさりとやってきた。
ボウリングが椅子を倒し、上に立っていた教師は首に縄を括り付けられた状態で宙吊りになったのだ。
白衣を着た教師は低い唸り声をあげ、じたばたと暴れ、体の××××が漏れ出してから次第に止まる。その光景を最後まで見ていられるはずもなく、電源が落ちるのを誰しもが祈り続けた。
そして、自動で電源が消えるころ。
床を眺め続けられていた教室の扉の鍵が自然とガチャリと開く。
その開閉音が、教室内に妙に響き渡った。