変化
沈黙。
最後に笹倉直が声を出してから、誰も何も言わなくなった。
立花千鶴と古河愛を中心に置き、監視するように各自教室の端の空間に腰を落ち着かせる。元々チームとして存在している直と小池エナ、景山豊、渡辺美紘が近くに座り、一度恐怖を味わっている蒲田卓と伊藤典和は扉の近くに、その反対の扉近くに千葉俊介と加藤梢、黒板の下あたりに朝倉正吾、廊下とは反対の壁に相沢武雄と上杉幸助、その少し離れた位置に佐々木鏡花がいる。
現状何もすることができない。
解決の糸口になるものが見つけられない以上、安全を第一に情報をまとめる必要があった。だから、千鶴が出した案を受け入れ加瀬良太と荒木修也の帰りを待つしかなくなっていた。
十分も経たない頃だろうか、沈黙という緊張は上杉幸助の欠伸によって崩れた。次第に近くにいた三人が雑談を広げていく。
それが耳障りではあったが何も言わず数人は直の顔を見るだけで終わる。そんな直は三人の雑談よりも気になる良太の事を考えていた。
家族にも近い親友の些細な変化。
事なかれ主義である良太が、他人が絡む事で勝手な行動はしない。それも誰かに自分の行動も告げずにだ。それが引っ掛かっていた。
原因は分かっている、この状況下での精神的ストレス。
良太は他人事での不幸などの負の感情を感じやすく、そのまま自身もそれを背負ってしまう。それはおそらく運命か宿命か生まれ持った性格によるものだ。元はただの人見知り、だが、他人とも関わり合いを持ちたい、ただし事なかれ主義。だから人が嫌がることをしないように人間観察によってその他人を判断し、他人の立場に合せる。合わせた結果、他人の負の感情に引きずり込まれる。
呆れと心配の意味を込めて、直はため息を吐いた。
親友と言っても結局は他人、当人でしか解決できない問題の解決方法はもっていない。「大丈夫かな?」と思わず独り言が出る。
それに反応したのは、美紘ではなくエナの方だった。
「加瀬君の事ですか? 様子変でしたよね?」
直は純粋に驚いた。
直は元々人の思考や行動に関して鈍い方だ。良太のように気付いて無視するのとは違い単純に気付けない。だから、良太の変化に気付いた人間が他にいるとは思っていなかった。しかし、良太の親友とだけあってそれに気づく人がいるのだけは理解していた。
「よく見ているんだな」
それだけで十分だろうと言葉少なめに返した。
「え、あ。いや、あの、その、なんか、いつもと違うなぁと、えーと」
なぜか頬を赤く染め困ったようにしどろもどろな返事が返ってきた。直は人見知りかあがり症とだけ捉える。
すると、今度は呆れた意味だけを込め、直と同じポジションにいる美紘がため息を吐いた。
「…………鈍すぎでしょ」
「何?」
「なんでもない」
よく分からないまま直は、不良三人の雑談が次第に荒木の悪口になっているのを耳にしながら良太達の帰りを待つことにした。
だが、安息な時間は長くは続かなかった。
二階と同じタイミングでそれは始まる。
欠席組を除いた全員がその新しい危機に緊張を走らせ立ち上がった。
黒板に白いチョークで十字の線と赤いチョークで六〇:〇〇のカウント。
肩をビクつかせる校内に響く鐘の音。
そして、一文字ずつ綴られる親友の名前。
【加】【瀬】【良】太】。
「なんで良太の名前が……」
その答えに真っ先に気付いた四人の人間は、静かに思考を巡らせる。




