増殖する狂気②
鈴木孝樹は蒲田卓が新たに作り出した男子チームから離れてしばらくの間、何もしていなかった。正確に言えば、卓が出した指示に従う前に、すでに女子に好まれるであろう行動に何が必要かを考えていた。その所為でそう遠くない千鶴がいる二階に上がるまでの速度は、ほとんど止まっている。
提案されていたスパイは最初から孝樹にとっては利点がない。なぜなら、その事実がばれた場合、女子に一番嫌われるのが自分だからだ。ならば、最初から卓の行動を女子に教え、信用と好感度を上げようと考えた。
ひとまずそれだけの情報を引っ提げ、多目的ホールにやってきたのだが、すでにそこには誰もいない。そこでまた考え込んだ。
女子の好感度しか考えていない孝樹だったが、千鶴にスパイの件を話した後を想像してみれば、二重スパイの役割を与えられるのが自然な流れだ。
果たして、それは立ち位置としていいのだろうか?
うろうろと広い空間を、円を描くように歩きながら考える。ふいに、四角い中庭を挟んで目的のチームがいるのが視界に入る。それと同時、とっさに孝樹はしゃがむことで窓辺から見えなくなるよう隠れた。中腰の態勢でホールの角まで行くと頭一つだけ出し様子を窺う。
「…………喧嘩?」
声は聞こえないまでも阿部奈津美と熊谷志保の二人の言い争いでそう感じ取れた。
「やばっ!」
次第に千鶴のチームが次々に別の方向へといなくなっていくと、二手に分かれるような形で分断された。校舎の構造上廊下は四角に伸び繋がっている。階段を使い別の階層に行かない限り鉢合わせしてしまう。正しい立ち位置がまだ見つけられていない孝樹は、思考を言い訳に切り替える。
だが、最初に出て行った千鶴たちは階段を使い一階へと降りて行った。そして反対側を走り去っていった麻生望と鈴木加奈は三階へと消えていく。最後に奈津美と志保は千鶴達が使った階段の方へ走り去っていく中で、様子を窺うために顔を上げた先に教室に取り残されている田辺紀子が目に映った。
紀子は何をするわけでもなく、うろうろした後息苦しかったのか首元のリボンを取り、ワイシャツのボタンを一つ外した。何気ない、女子では普段見られる行動の一つ。男子ではそれがネクタイに変わるだけの日常的なもの。
だが、その瞬間、自分が置かれている状況を理解していないがため、狂気を含んだ欲が一気に膨れた。まるでそれを合図にするかのように、孝樹は二度目となるスイッチを見つけ出した。
孝樹が理想とした立ち位置は荒木修也に似ている。そこに違いがあるとすれば、男女の違い。それが孝樹の足を急がせた。




