ある一つの答えと影
良太がいる教室は二度目の絶叫を響き渡らせていた。ものの数分の内に黒板に書かれていた数字が減っている。
【残り三十三名】
実に七名の人間に何かが起こっていた。
「死んだのか……」
誰もが言えなかった言葉を荒木が口にした。おそらく誰もが一度は脳裏に浮かんだ言葉、しかし、口に出せば恐怖を煽る事、そして事実だと認めてしまうようで閉じ込めていた。
「荒木っ」
直がわざわざ言うことではないと怒りを露わにする。実際、直も同じことを思い浮かべていた。しかし、それは言葉にしてはいけない。言葉にしてしまっては、恐怖に支配されてしまう。
事実、直はどうしようもない恐怖に襲われてしまっている。
「クソは黙ってろ! 死んだなら死んだで確認しねぇといけねぇだろがっ!」
直の目つきが急に鋭い物に変わった。
恐怖が憎しみに変わると暴力へすぐさま転換される。強く握りしめた拳には輪を乱す者への戒めが必要だ。これ以上、場が荒らされる事を直は許すことができない。
そんな直を今度は良太では止められない。直が怒り和を乱したくない、という気持ちが分かると同時に荒木が言っていることが正しいことも理解できていた。さらに追い込むように良太は、不思議な違和感に襲われている。良太は、今直を止めるという行動よりも考えることに気が逸れ、他の事に気を遣うことができないでいた。
なんだ……、何かが引っ掛かる……。分かるためには、荒木の行動が必要なのか、それで本当に知る事ができるのか……、知りたい。この違和感が分かれば解決できるかもしれない……。
頭を抱えるように額を抑える良太に、直のチームにいた美紘は新しい助けを求め今いる最適な人間を見つけようとしたが、誰もいない。おろおろする鏡花とエナに豊に柴崎、腰を落として震えるだけの正吾、無関係だと視線を逸らす武雄と幸助、俊介といつの間にか些細な距離を取る梢。
意外にもその俊介が仲裁に入る。
「待てっ、笹倉」
拳は構えたままだか今にも飛び出しそうだ。
「ちゃんと考えろよ。本当に死んだ人間がいるなら、今度はそれを回避するためにも確認は必要だ」
「だとしてもっ、わざわざ言う必要ないだろ!」
俊介は元々相性の悪い直に対して舌打ちをした。しかし、良太を利用しようとして失敗し、それが良太に阻まれたかのように思われた出来事が実は他の手によるものだと俊介は薄々気づいている。
こうなってしまっては、自分の思うように事を動かすことはできず、それで得られる優越感もない。なにより、すでに敵の存在が見え隠れしている中で、単独行動、もしくは敵対するような動きはできない。だから、少しでも仲間という形の存在は必要だった。だからこそ、荒木も今度は柴崎を引き連れて勝手な行動を取らなくなっている。
しかし、相性が悪いと分かっている直を止めることができるのも俊介ではない。
「加瀬っ、お前もなんか言えよ!」
イラつきはどんどん伝染していく。
それでも良太から返事を返すような素振りが見えない。まるで、声自体届かなくなっているようだ。
「くそっ、なんなんだよ」
俊介には珍しく弱気な発言だった。
「おいっ良太、この馬鹿止めないなら、こいつ殺すぞ」
次々に伝染していく感情にとうとう荒木も拳を握りしめた。
お互いに睨み合う。
どんな些細なきっかけでも殴り合いの喧嘩が始まってしまう空気に、喧嘩を止められない者たちが息を飲んで見守る。
きっかけを与えてしまったのは、美紘だった。
直が一歩足を踏み出した瞬間、喧嘩が起こると先走り叫んでしまった。
「加瀬っ!」
直が飛び出した。
「お前が死んだタイミングで数が減れば確認できるなぁっ!」
迎え撃つ荒木が叫ぶ。
――その瞬間、良太が顔を上げた。さらに、二人の間に入るようにきょろきょろ教室の上部を見上げながら何かを探し始める。
直は止まらざるを得ない。ぶつかりそうな距離を横にそれ踏ん張った足の力で止まる。それでいて、怒りは治まらない。
「良太っぁ!」
直の叫びもむなしく、尚も良太は反応を見せぬまま、挙動不審な動きを続けた。
「……どうしたの? 加瀬君」
傍にいた鏡花が声を出し、喧嘩の仲裁に手助けを加える。
「いや、どこに監視カメラがあるのかと思って」
鏡花の声に反応したのかは分からない。しかし、荒木の言葉に何かを突き止めたような答えに直を含めた全員が教室の天井を見上げた。
「おいっ、良太!」
「タイミングだよ」
「タイミング?」
「なんの……?」
ようやく良太の耳に皆の言葉が届く。
顔を下ろした良太は一人ひとりの顔を見ると、
「やっぱり、タイミングが良すぎる」
それに分かりきっていることと、荒木が言う。
「そんなもん、こんなことさせてる奴がいるなら当たり前だろ!」
「それに確信が持てるなら、ルールの解釈が変わってくる」
そう言われて初めて目的を持った視線で各々がカメラを探し始めるが、見つけることはできない。そんな中でも会話は続いている。
「どういう意味だっ?」
【裏かくれんぼルール
・ルール①クラス四〇名が鬼となり、裏切り者を見つける。
・ルール②君達自身を鬼に見つけてもらう。
上記のどちらかを満たせばこの教室から解放される。】
「『裏切り者』……つまり、この学校の敷地内に犯人がいる。俺たちが見つけるならそっちだ」
「だから、『裏切り者』を見つけて吐かせればっ――」
「『鬼に見つけてもらう』その『鬼』が差している意味が俺たちと同じだとしたら、それは、身内や警察が、俺たちが監禁されている場所を探す」
だが、荒木の発言を止めてまで良太の説明は続く。しかし、その前に気付くべきことに俊介が口に出す。
「身内……、っ!? 明日から休み……、ってことは制限時間があるってことか!?」
「え? どういうこと? ……大丈夫ってこと?」
そこまでならすでに卓が答えを出していた。
良太は首を振る。
「まさか……」
考えたくないことを考えれば誰でもわかる。
「全員死ぬってこと……?」
頷いた。今まで恐怖を与えないようにしてきたことに対して、初めて良太は不安を煽る真似をする。それは荒木が行った行動と変わりない。しかし、直は怒りを鎮めて信じられる者が口にしている真意を悟る。
不安で恐怖を誤魔化すよりも、恐怖を受け止め解決しなければいけない事を皆で行わなければいけない。それが伝えたかった良太の真意。
「全部だ……、全部説明しろっ、良太ぁあっ!」
それまで、直を含め、リーダーの元に集った人間の行動の目的は『裏切り者』を見つけることだった。阿部奈津美の発言で他にも犯人がいる可能性を示唆されてはいたが、結局、『裏切り者』が全ての現況でこの犯人だからだと思っていたからだ。
しかし、良太、荒木、俊介、卓、千鶴だけは、別の人間が犯人の可能性を高く見ていた。それは、映像が流されるタイミングがあまりに良すぎ、クラスメイトがバラバラに行動してからも続いたことが大きい。それでいて、『裏切り者』にも警戒していたのは、情報があまりに少なすぎたからだ。
千鶴は、チームのリーダーになることで、各々の性格を判断できる人間を傍に置いた。その上で、『裏切り者』の観察と排除を目的とした。それは卓の真似に等しかったが、卓は傍観と排除ではなく、傍観のすえ攻略を他人に委ねる事を目的とする。
俊介は自分の価値を、そして周りの視線を考慮し、端から誰も信用していない。梢が犯人ならば、それはそれで自分の手の平で傍観するつもりでいた。
荒木も同じように誰も信用せず、最終的に犯人を見つけることで確固たる自分の立場を築き上げることを目的に行動する。
そんな四人の共通していた物こそが『裏切り者』の存在であり、警戒を解けない理由でもあった。
そんな、己が目的の為だけに行動していた者と違い、他人の為を思い、救うことだけを念頭に置いていた偽善者たる良太だけが気付けた。
それが、
「このゲーム、初めから【『裏切り者』=犯人】を捜すようにできていた」
『裏切り者』がいないことを信じてみて、見つけ出した答え。
「『裏切り者』がいなかったってことかよっ」
初めから『裏切り者』がいなければ、今までの行動は全て犯人の思い通りの結果。そうなると、散り散りになり各々が行ってきた行動は初めから無意味だった。
「足りてねぇ! なんでそう言い切れるのか説明が足りてねぇっ!」
しかし、それを説明するだけの時間は与えられなかった。




