加速②-1
「それって……」
「ああ、最初の奴だよな」
「『裏かくれんぼ』のルール……」
一字一句間違えず卓が黒板に書いたものは、このゲームに巻き込まれた生徒なら誰でも知っているルールだった。
卓は書いた文字の横にいくつかラインを引く。
「何か思いついたことはある?」
どことなく楽しそうに卓は尋ねた。
しかし、それだけでは何を意味しているの分からない三人は頭をかしげる。
期待していた反応に卓は気持ちよさそうに説明を始める。
「僕たちが与えられた条件はこの二つだけだ。でも、この二つの条件はそれぞれが別の意味を差している。一つは、僕達がかくれんぼの鬼になっているということ、そしてもう一つが、別に鬼がいるということ」
ラインを引いた箇所をチョークで叩きながら、着いてこられていない人がいないかを一度確認する。
「僕たちは最初、この『裏切り者』を見つけなければいけないと思っていたけど、この『裏切り者』が隠れている人物だとしたらどうだろう」
初めて三人に反応があった。
それを博文が最初に答える。
「確かに、かくれんぼって隠れている人を探すしな」
「そう。僕も冷静になって熊谷の言葉を考えたときに気が付いた。かくれんぼはあくまで隠れている人を探す。でも教室にいた人間は隠れていないんだよ」
「ああっ」と三人が合唱する。
「つまり僕たちがしなければいけないことは隠れている人を探すということ」
そう考えれば、今までの行動が間違っていたことに気付く。初めて映像が流れて行ったのは、校舎から出る場所を探すということ。さらに、その場所がないと分かってからは、クラスメイトの中で『裏切り者』が誰なのかを探し、そのためのヒントを見つけるということだった。
「根本的に間違っていたのか……」
「そう考えれば、一つ目の条件は、ゲーム攻略の目的を現している」
そこまで理解しているうえで、郁は疑問に思った事を口にした。
「でもさ、どっちにしてもある程度誰かしら調べた後なんじゃ……」
不確定な部分は多いとはいえ、三階、二階、一階、教室からバラバラに出て行った誰かが見つけていてもおかしくはない。それなのに、誰も見つけたという情報が流れていないならばそれは見つけられていないということだ。
「そうだね、事実誰もいなくなっていないなら――」
言いかけた瞬間、TVのモニターが付く。映し出されているのは、机や椅子が設置されシャッターが閉じられていない自分達の教室。
「誰かがスイッチを押した……?」
知り得ている情報からその答えを導き出した卓だったが、すぐに注目を戻させる。
「ちょっと待った、映像はとりあえず放っておこう。きっと他の人も見ているだろうし、何かしら行動を取るなら、その情報は後で手に入れればいい」
「おい、シャッター無いぞ!」
しかし、卓の面持ちとは別に映し出された脱出ができそうな映像に輪が乱れる。
「三階に行けば出れるんじゃないか!」
「よし、行ってみようぜ!」
最後に博文が行動の号令をかけたことで、卓はイラついた。
ここまで説明してまだ分からないのか。バカばっかりだな。どう考えたって、抜け出せるわけがないじゃないか。
卓は本当の気持ちは隠し、黒板を強くたたく事で注目を元に戻した。バンッ! と大きい音がなると驚きで三人の動きがいったん止まる。
「な、なんだよ卓、早く行かないと……」
慌てる気持ちが伝わる。それは卓も分かっているが、それよりも自身の感情を冷静に務める方に集中し、静かな言葉遣いで諭し始めた。
「一度冷静になってほしい。最初に見た映像でも解ると思うけど、映像が録画の可能性がある」
落ち着きを取り戻せそうな空気が漂う。
が、
「でもさ、念のためにってこともあるし」
揺らぐ。
だが、今度こそ卓がその可能性のない事にトドメを刺した。
「ないよ。このゲームは校舎が包囲されているから、一人抜けた段階で全員が抜け出せることになる。まぁ、その一人が外に出て、こんなゲームに協力しなければだけどね。それにしても、簡単に脱出できるようにしているなら、ここまで大がかりにしないだろうし、仮に本当に脱出できるなら数は限定される。そんな状態で一回にいる僕たちが抜け出せるのは無理なんだよ」
つじつまは合う。しかし、可能性がゼロじゃなないなら、そこへ行きたいと思う心理も働いている。
「でもさ、それでも可能性は……」
「じゃあ、なんで三階にしたと思う。皆が皆逃げ出せるようにするなら、そんな危険な場所よりも、普通に校舎のシャッターを開ければいいだけじゃないかな?」
確かに、TV番組の仕掛けだとしても安全は優先されるだろう。それならば三階を、それも教室を脱出口に使うのは常識的に考えにくい。
ようやく、チームに冷静さが戻った。
期待が現れてから奪われるのは疲労が想像以上にあふれ出る。落ち込んだ様子の三人をよそに、卓はチームのリーダーとして新しい希望を与えようとした。
「まぁ、僕も説明が遅かったのかもしれない、そこに関しては謝るよ。実は二つの条件のうちもっとも重要なのは二つ目なんだ」
驚きの反応はない。期待するだけ無駄と言われた後では、何を聞かされても虚しいだけ、感情のない空返事だけが続く。
「一つ目の条件が目的だとしたら、二つ目の条件は期限を現している」
ところが、期限という終わりが見えるタイムリミットに食いついてきた。
「き、期限って時間制限があるってことかよ!?」
「いつッ、何時なんだよ!?」
「なんでそんな事分かるんだ!?」
これだ、僕が求めているものはこの神を崇拝するような期待の目だ。頭も悪く、自分達ではなにもできない凡人の目が僕を奮い立たせる。
卓は優しい笑顔で慌てる三人宥めた。
この時間を長く保つためには、焦らし、甘い餌を適度に与える。それが上に立つ人間の役目。僕に与えられた使命だ。
「それじゃあ、説明するよ」
「早く、教えろよ!」
「早く、早くっ!」
「早く言えって!」
言葉に感情を含めてはいけない。それは一度荒木との争いで失敗している。感情を含ませず、道を教えてやることが成功への道だ。
「ふふ、今日は何曜日?」
まだ明かしてはいけない。チームの上下関係を作るうえで、それぞれの存在価値も高める。
「何、関係あるんだよっ。そんなことよりもその時間っていつなんだよ!」
「結構重要なことなんだよ」
いやらしく微笑む笑顔。それでいて、何も教えない。
教えてほしかったら、質問に馬鹿みたいに丁寧に答えろ。
「金曜だろ、金曜! 明日休みなんだから、覚えてるって!」
凡人の感情が手に取るようにわかる。焦りと、重要な情報を得ることで、他人よりも優位に立てると思う醜い感情が浮き彫りになっている。
「まだ、分からない?」
もう少し焦らしてみよう。そうすれば、
「いい加減に教えろよ!」
ほら、怒り出した。はは、なんてわかりやすいんだ。
どす黒く濁る卓の心に三人は気付くこともできないまま、卓に術中に嵌っていく。
「わかったよ、そんな焦らなくても教えてあげるよ。僕たちはチームだろ」
――ただし、そんな浅はかな企みは、このゲームで一切通用しない。
「こんな大がかりな仕掛けができるのは、金曜の放課後から日曜日の夜ぐらいまでしかできない。つまり、このゲームを攻略しなくても二日待てば終わるんだよ」
――それはすぐに証明される。




