加速①(主人と奴隷の関係)
最初に真が端っこのビーカーを飲み干した。飲み干した後、叩きつけるようにビーカーを机の上に戻した。
視線の先には京子がいる。
もう後には引けない。
教卓の前までやってきた京子は真とは反対のビーカーを飲み干した。
まだ何も起こらない。
変化がないことに、突然始まったロシアンルーレットはその場にいる者全てに強要を求めた。
真と京子の視線が三人に向く。
味方だった真がおかしくなり、奴隷の主人のような立場にいた京子、その二人が同じ意思を持った時点で言葉の一つさえ出せない。仮に抵抗したところで逃げ場を失った奴隷には、もう道はなかった。抵抗は新たな傷を生む。逃れる方法はたった一つ、ビーカーに入っている液体がただの水であること、それのみ。
三人は同時に残っているビーカーを掴むと一気に飲み干した。
まだ終わらない、ビーカーは残り二つ、残っている人間もまた二人。
「ぜぇったいに私は飲まない!」
「私もヤダからね!」
目も合わせることはなかった。しかし、真と京子は残っているビーカーを手に取ると二人に近づいていく。
「イカれてる……。あんたたちイカれてるよッ!」
綾が叫び、隣にいた紗綾が腕を掴んでビーカーに視線を送った。紗綾が意図していることが綾に伝わる。残っている液体の入っているビーカーは二つ。だったら飲まされる前にできなくしてしまえばいい。
奴隷の三人とは違い、綾と紗綾は抵抗をやめる気はない。
二人は息を飲んだ。やることは簡単だ、ビーカーを持っている真と京子の腕を捕まえるなり、タックルを決めるなり、ビーカーを落とさせるか、あるいは、中に入っている液体を零させるか、成功は限りなく高い。
チャンスを窺う綾と紗綾は近づいてくる真と京子の距離を測る。勢いが付けばその分だけ自分たちは助かるのだ。
その時は来た。
今だ!
発せられないタイミングで綾と紗綾の二人は突進を繰り出した。
「ごほっ」
しかし、先に聞こえたのは綾の鈍い吐息だった。
「ひっ」
続いて紗綾の悲鳴。
二人の作戦はあまりに浅はかだった。
確かに、ビーカーさえなんとかすればいい。だが、そのことを二人が気付かないはずもない。京子からすれば奴隷の三人も、主人に引っ付く下僕も大差なかった。
突進してきた余る距離、それに足を使って綾の腹部に蹴りを入れた。
痛みで大口を開けて苦しむ綾の口内でビーカーに入った液体は流された。
一方紗綾の方は、暴力は使われていない。ただビーカーの液体を被せられるフリをされただけ、その一瞬の怯みで隙を生み、その間に今度は本当に口めがけて液体を浴びせられた。
少量とはいえ飲み込む。
綾と紗綾がもっと警戒していれば……、もしくは未だガラスの破片を手に持つ京子に気付いていれば、計画は少しは違っていただろう。しかし、京子におんぶに抱っこだった二人は見落とした。
科学室にいる七人の全ての女子が液体を飲み込んだ瞬間、症状は現れる。
ビーカーが落ちて割れる音と共に、四人が吐血した。
液体が何かは分からない。しかし、それが命にとって致命傷の薬品だということだけは事実だ。
吐血し、倒れ込んだ四人が動かなくなると、一人の少女が大声で笑う。
「あははははははははははははははははははははははははははっ!」
生き残った真だった。
死んだのは、真を裏切った美由紀、南、淳子。そして何度も命令を繰り返し、勝負に乗ってきた京子の四人だった。
真は京子の死体に近づき、握られるガラスの破片を掴み取る。ガラスの破片など、今やその辺に転がっている。それなのに真は京子の持つガラスを手に取った。
それは新たな主人が誕生する儀式、恐怖の植え付けだ。
ガラスの破片を持った真は、腰を落とし、死に逝くクラスメイトを震えて見ていた綾と紗綾に近づいた。
そして、京子の死体の傍にいた綾の首元にガラスを当てると、
「ねぇ、私に着いてくるよね?」
笑顔でそう言った。
壊れている真にNOが言えなくなった二人は、閉じ込められたままの科学室で、奴隷になったことを認めるために小さく頷いた。




