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加速①

科学室のTVは普段使われないため、準備室に保管されている。よって、科学室にいた人間は流れた映像を見ていなかった。

それどころか、突然鍵が閉まった科学室の扉を、京子が命令し真達に開けさせようと躍起になっていた。

ただ、それも良太がスイッチを押したことにより、開錠。一瞬の隙の内に鍵が開き、扉は開いた。真達は押しのけられてでもすぐに京子は飛び出すと思っていた。


ところが、


「考えてみればさー、ここに隠れてればよくね? 誰かが『裏切り者』見つければでれるんだしさー。ごめんねぇ、開けさせたのに」


出てきた言葉は感謝でもなければ、賞賛でもない。それどころか四人の必死な姿を笑う中傷。

真も、美由紀も、淳子も、南も褒められるとは思っていなければ、褒められたいとも思っていない。しかし、京子がうっすらと浮かべる笑みはあまりに残酷だと感じた。このままここにいては、自分たちはずっと奴隷のような仕打ちを受ける。


逃げなければ――。


「あははは、マジ最低」

「ちょっとは手加減してあげなよー」


心にも無い二人のフォロー。

四人の意思は一致する。扉は開いているのだ。逃げるだけならできる。


「あ、そうだ。次は誰かが入ってこられないように、バリケード作ってもらうから。とりあえず、机で作ればいいか。四人なら運べるだろ」


京子の視線が外れた、今ならイケる。

最初に真が飛び出そうとした。


が、


「逃げてもいいけど、捕まえた奴は奴隷ね」


先手を打たれた。


その瞬間、四人の足は嘘のように動かなくなる。確かに、逃げることはできた。しかしそれは三人目まで。一番後ろの人間は前が扉を越えるまで部屋にいることになる。そうなれば、京子に取り押さえられるだろう。

必要なのは逃げるための覚悟でも、一瞬の隙でもない。たった数メートルの距離、たったそれだけだった。


「あれー、逃げなくていいの? 奴隷ちゃん」


誰かを見捨てれば逃げ切ることができた。ただ仲が良いというだけの関係で、それはもろくも崩れ去る。


「ちゃっちゃっと働いてねぇ」


見破った者が勝者、見限れなかったものが敗者。この瞬間、四人は励ましあうこともなく、自分達の弱さをただ憎らしく思うことしかできなかった。


それから、後悔はすぐにやってくる。


「ね……ねぇちょっと、あれっ!」


四人の奴隷がバリケードを作っている中、綾が見つけてしまったものを指で差した。まただ、スイッチがある。


「ほら、出番だよ」


京子の声色に恐怖はない。準備室にあるTVを見ていない科学室にいるメンバーは外で起きている恐怖をいまだ知らないのだ。


外ではすでに爆発音の意味を知り、動けないでいる。知らないからこそ、スイッチを押させることへの恐怖心はない。なにより、さっき押させたスイッチで変化が訪れていないと思い込む京子には罪悪感の欠片すら生まれてはいなかった。


指が差されたスイッチに近づき、持ち上げると四人の奴隷へ投げ渡す。思わず受け取ってしまったのは真だった。しかし、このままでいけないと思う一心で抵抗を試みる。


「……ど、どうしてまた私たちなの……。今度は――」


傍にあったビーカーが投げつけられる。ガシャンッ、と音をたてガラスが粉砕された。


「順番だよっ、順番! まだ一人目だろっ」


違う、順番なんかじゃない。この人は、スイッチが見つかるたびに私たちに抵抗もなく投げつける。

頭では理解していた。納得できるわけもない。でも抵抗は無駄だとも知っている。ビーカーはワザと外されただけ、もう一度逆らえば今度は何をされるか分からない。

殺されることはないとは思う。しかし、このゲームから抜け出した後、元の生活に戻れるかは明白。おそらく、卒業するまでの間、執拗なまでの嫌がらせを受け続けることになる。

それはスイッチを押すのと同様の恐怖だった。


逃げ道は……、ある。思わず友達三人の顔を見る。


「どうして……?」


そんな感想が漏れた。

三人の視線が外されたのだ。


別に誰かに変わってもらおうなんて思ってもいない。でもさっきは四人で押す事になった。美由紀が犠牲になりかけた時も、庇うように一緒に着いくことを言い出したのは私だ。だから今度は、誰かが共に押してくれると信じていた。


それはたんなる思考の違い。


美由紀は一度スイッチを押す事に選ばれてしまったことで、自分は回避していいものだと考え、南は背中を蹴られ実質スイッチを押したのは自分だから、今度は加わらなくてもいいと決めた。淳子は何もしていないという意識がなく、今後も起きるであろう災難をこれからも誤魔化していこうと思う意識が生まれている。真は逆らえない立場が同じなら、四人は運命共同体だと勝手に思い込んだ。


裏切り――単なる思考の相違がそれを生んだ。


どうにでもなれ、真の指が簡単に動く。

女の友情は消えた。

スイッチが押され、今度は科学室にいた人間だけにその変化が訪れる。重量を加えられ、科学室と廊下を繋ぐ窓にシャッターが閉じ塞がる。バリケードは無駄だった。それどころか、再び閉じ込められた事への恐怖から小さな悲鳴がいくつか零れ、事態の変化に戸惑う声も混じる。


「ふざけんなよっ、何押してんだよっ!」


理不尽な暴言、しかし、スイッチを押した真には対して効果がない。それどころか、笑みを浮かべ京子の慌てる姿を瞳に焼き付ける。

初めて京子は真の変貌に恐怖を覚えた。しかし、次には癇に障る。こいつはいずれ牙を剥くと感じた京子は暴力で立場の違いを分からせようと、割れたビーカーの破片を拾い上げた。


咄嗟の出来事に、


「なにしてんのっ、さすがにまずいって!」

「しょうがないじゃん、押せって言ったの京子なんだからっ!」


京子の暴走だと紗綾と綾が止めに入る。両脇から腕を掴まれた京子は一瞬動きを止められたが、すぐに振りほどいた後突き飛ばした。

尻餅をついた二人を見下す。


こいつらは何もわかっていない。勝手に着いてきて、私が操る四人をみて笑っているだけ、すでに威嚇をしてきた真にも気づかず、邪魔をするならこいつらは邪魔ものだ。一人で結構。暴力で操る人間さえ残ればこの二人はすでに道端に落ちている石ころと同じ、必要がない。


「うぜぇんだよ」


京子が言い残すと絶句の後、目つき鋭くなった二人から罵詈雑言の嵐。しかし、京子はそれを無視し、本来の目的に睨みを利かせる。

一人前に出る真の表情はいまだうっすら笑みが残る。背中を見つめる美由紀、南、淳子は何が起きているのか分からない。

京子が机を避けながら向かってきた。


その直後、科学室の電気が消える。唯一の光である電灯が消えてしまうと、周りは何も見えなくなった。暗闇の中で動けた者はいない。


数秒後、電気が付く。


沈黙の中、科学室のホワイトボードに【生か死か】と書かれた文字と、長い教卓の上に置かれた液体の入った七つのビーカーを誰とも言わず見つけた。

与えられた新たなルール、言わずとも理解できる。

突然現れた物体に普通なら手は出さない。


その中に暴走した人間がいなければ――。


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