駆け引き
悲鳴をあげたのは、奈津美だった。
その声に続々と人が集まる。
「何っ!?」
最初に駆け付けたのは一番近くにいた千鶴だった。
後には、千鶴のチームの女子が、遅れて三階にいた直のチームが辿り着く。
「どうしたっ!?」
駆け付けた先で奈津美が振り向くとその手にはスイッチが収められている。
「またかよ」
その直の言葉を最後に沈黙が支配した。
誰も声を発しなくなった中で、良太はスイッチよりも現状把握に努める。
現在いるのは五つ並ぶ教室の中三つに連立する多目的ホール。本来ならば学年別に集まる際に使われる少し広く開いている場所だ。
各階にホールはあり、千鶴が率いるチーム九人で何かを見つけようとしていた。その矢先、奈津美がスイッチを見つけたということだった。加藤梢がいるが、景山の情報から分かれて行動しているようだ。
しかし、奈津美を囲むように集まった姿を見る限り、それぞれバラバラに二階を捜索していた。男子の姿がないのは、おそらく一階を探させているのだろう。まだここに来ないのは悲鳴が聞こえていないのか、たった三人で行動させられた腹いせに来ないつもりなのかは良太には分からない。
聞いてしまえば色々知りえただろうが、声を出せなくなった状況で聞くには無茶が多い。なにより、チームを作ったことで答えてくれるかも怪しかった。
そんな折、ホールから見える廊下の先にまばらに人が来るのが見えた。荒木と柴崎が二人で、その後ろに距離を取って俊介の三人が来ている。
何をするにも人が集まってからの方が、面倒が減っていいだろう。説明の二度手間は避けたい。しかし、そんなことよりも問題がある。荒木達三人を加えても半数にも満たない数が散らばっている。少しでも情報がほしいのに、協力は取れていないのだ。
どうしたらいいのか良太が考えているうちに、
「何があった?」
荒木が到達したことで場は展開を見せ始めた。
奈津美がスイッチを見せると柴崎は直と同じような反応を返してくるが、なぜか残りの二人からの反応は薄い。ただ興味がなくなっているのか、面倒程度の認識からくる反応なのかと、良太は特に気にしなかった。
すると、なぜか二人の人間と良太は目があった。
荒木は目を逸らし、続いて俊介も逸らすと梢がいる方に向いた。梢は人の間を静かに通り抜け俊介の横に並ぶ。目立った行動に誰もがどうでもいいように無視し、景山だけが、
「やっぱりな」
そう呟いていた。
疑問が増えているうちに、
「どうするか、それ」
スイッチの行方を直がこの場にいる全員に問いかける。きっとまた沈黙がやってくると思った良太だったが、すぐに答えは来た。
「押してみるしかないんじゃないか。手がかりそれしかないだろうからな」
俊介が答えると、おのずと思考は『誰が?』と言う部分に行きついた。
「私はヤダ」
成り行きでスイッチを持っている奈津美が、すぐに壁と一対になっているホールの椅子に置く。ヤダと言えるのは本人にとって利点だっただろう。この場でそれを言えてしまうのは我が強く、嫌煙されやすいが、スイッチを押さなくてもいい位置づけにいられる。
そうなると、自然に女子の視線は男子に向けられた。
この場で仕切った態度を見せた直に集まるのが一番多いだろう。次には俊介だったが、力関係とでもいうべきか、俊介は自分が選ばれる可能性を一気に摘み取った。
「加瀬、押してくれない?」
最低な頼みごとだった。
椅子から拾ったスイッチを放り投げられ、こうなると我を主張しない良太は断れない。
ただし、
「はぁ? なんで良太なんだよ」
別の人間が庇う。
「特に理由はないけど」
「ならお前が押せよ」
利益をそして、相反する態度にイラつき、荒木も良太を庇うように加わる。二対一の構造、もしくは複数対一の構造だったが、それこそ思う壺だった。
「押したくないから、断るよ」
「あ、ふざけんなよ」
「なんで俺が荒木に従わなければいけないんだよ」
「てめぇも、良太に押させよとしてんだろっ」
「俺は頼んだだけだ」
この場合、我が強い方が圧倒的に有利に働いてしまう。俊介はあくまでお願いしただけ、無理強いはしていない。その結果、どこかで争いが起こるならば……、それも自分が原因だと考えてしまう良太は、言わざるを得ない。
「いいよ、荒木。押すぐらいなら構わない」
「お前な……」
「なら、俺が押すから貸せよ」
「はいはい、二人ともありがとう。でも、別にいいから」
嫌な奴だ。きっと俊介は心の中で笑っているだろう。これで押さなくてもいいと思ったクラスメイトから敵も作らず、自分の思うように動かしたつもりでいる。
さらに、
「それなら次も頼む」
次と言っているが、これからもスイッチが見つかるたびに押させるつもりだ。実際、スイッチが見つかるたびにこの問題はやってくる。その争いを生まないためには、一人が犠牲になればいい。その一人に良太は都合がよかった。
直の足が動いた。あまりに横暴なやり方に、我慢の限界が来たのだろう。だが、良太は直を抑えるように腕で静止を掛ける。それにはイラつき良太を睨み付けた。
しかし、根本的な間違いがある。
「それは断るよ。それよりも、公平に順番に押していけばいい。だから次は俊介、お前に任せる」
誰にでも嫌いなタイプがいるということだ。
良太は『お前』は嫌いな奴にしか使わない。だから俊介、お前には使う。なぜなら、他人を見下すようなお前が嫌いだからだ。
おもわぬ反抗に俊介の表情が歪む。当然、それを呑むわけにはいかない俊介は再度、我を通そうとする。
「だからっ、俺はことわ――」
「確かに、公平の方がいいな。それなら俺が俊介の次に押す」
なるほど、と純粋に納得した直は良太の行動を勘違いだと認めた上で言い放つ。追撃には対応しないと巻き込まれる。
「勝手に――」
「なら、次は俺が押してやるよ。柴崎はその次だ」
「お、俺っ!? まぁ、荒木の次ならいいけど……」
荒木は仲良く他人とつるんだりはしない。その代り、嫌いな奴が追い込まれれば、例え嫌いな奴と手を組むような形になっても、自分を犠牲にしてもその一人を潰しにかかる。
そして、今回、それは俊介だ。
「ついでに、その後も俺が決めるぞ」
次々に順番が決められ、今拒否すれば、
「なんで私も押さないといけないのよっ! そんなの押せる人が押せばいいじゃん!」
「なら、ここから消えろ。他は誰も文句言ってねぇだろ」
順番に納得した者も、無理やり決められた者も、誰であろうと我を通せばチームから省かれる。チームが重要かはまだ分からない。しかし、人は何かをする場合、誰かしらの協力がないと何もできない事の方が多い。こんな状況ならなおさらだ。
一人拒否した奈津美が押し黙る。
その瞬間、その場にいる全員の順番が決まった。
「ここにいない奴らはどうするんだよ」
俊介の小さな抵抗。
「ここにいるのがA、まだいない奴らをBにして順番きめさせて交互に押せばいいだけだ。少しは考えろボケッ!」
荒木は嫌いな奴には容赦しない。
また、まだ省かれるわけにもいかない俊介も押し黙ることで全てを納得するしかなくなった。
怒声の後、また静かになったホールで豊が最初に気付く。
「あれ、なんか二年の教室のTV付いてない?」
その一瞬だけが、スイッチの存在を忘れる。
全員が一つの教室に入り込み、それを見た。
「なんだ……これ?」




