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生徒と教師

授業中に加瀬良太はうっかり居眠りをしていた。普段は、どんなに眠くとも我慢できている。実際、数えるほどしか居眠りをした経験はなかった。しかし、してしまった。特に昨晩、徹夜をしたわけでもなかったのだが、とにかく授業が退屈だった。


科学の授業で実験の実習でもない座学は、淡々と進められる。それに拍車を掛けて担当教師は小さな声で説明をしながら板書だけを続けていた。

この科学教師、残念なことに人前に立つことで不得手なようで、授業が始まると生徒の方へ視線を向けることがない。おかげで見つかることはないのだが、仮に見つかっても注意はできないだろう。それが気の緩みに繋がった。

その退屈な授業が終盤に差し掛かろうとした時だった。良太の耳にざわついた雰囲気が伝わってきた。


寝ていたことを隠すように静かに瞼を押し開けると、珍しく先生が生徒へ視線をたびたび送っている。視線がきょろきょろと動き、まるで誰かに助けを求めるようにあちこちに移動を繰り返す。

寝起きの良太は何が起きているのかわからないまでも、不穏な空気に動きは少なめに状況を探った。

そこに、


「聞こえてないんすかぁ? 脳科学っすよ、科学の授業でしょお、松村せんせっ」


一人の生徒が何やら質問をしている。


「あの、ですから……」


その質問に対して消え去りそうな声で科学教師松村が答えようとしている。


「(脳科学?)」


良太は最近TVで聞き慣れるようなった単語に疑問を浮かべながら、隣の席にいるクラスメイトへ視線を送る。すると、クラスメイトは居眠りをしていた良太の把握加減を理解し、両肩をあげて面倒くさい状況だと教えた。


良太はそれでだいたいの状況を把握できた。


質問を投げかけている荒木修也という生徒は普段から素行がいいとは言えない。普段から授業は寝ていたり、学校そのものをサボるのは日常的なものだ。たまに起きて授業を受けていると思えば、終わってからクラスメイトに真面目に授業を受けていたと自慢げにノートを披露している。そして、機嫌が良いのか悪いのか、稀に弱い者に対して圧力を掛けて遊んでいる。それが今の状況だった。


良太は時計を見ると、授業時間は残り少なかった。


教師が解放されるまで残りわずか良太は心の中だけで適当に応援しておく。そもそも良太には関係ないことだ。悪いのは間違いなく素行が悪いクラスメイトの方、しかし、教師がその圧に負けて何も言い返せず、おろおろと聞こえない声で言い訳がましい事しか言えないのにも問題がある。そんな関係性の中に教師を助けるような言動をすれば間違いなく角が立つ。

とは思っていても、このまま野放しにするには可哀そうだなと思う気持ちも良太にはないわけではなかった。荒木のしつこい言動の攻撃に加えて、普段からつるんでいる柴崎薫の後押しに松村は白衣の裾を握りしめ今にも涙を流しそうな瞳を閏わせている。


この教室の中に「男のくせに」と思っている生徒はどれぐらいいるのだろうか。それほど松村はこの空間で弱い存在だった。

教師と生徒、立場が上であっても数では圧倒的に負けている状況で、これはあまりにもひどい。仕方なく良太はある程度の注目が浴びるのを覚悟して、動きを大きくした後小さく息を吐く。


「今起きましたよ」とアピールするように首を左右に傾け「現在の状況を知りません」としっかりした準備をした。それだけで張りつめた教室内の人間は良太に気付く。


「ん?」


寝ぼけていると言いたげな一言の後、問題を大きくしている存在の荒木と自然を装い視線を絡ませた。


「なに? なんの話?」


質問の遮断で張りつめた空気が一転する。荒木が良太の行動に声を出して笑ったのだ。良太の行動は、どちらの味方をしているわけじゃない。居眠りをしていたという部分で、松村には侮辱と助け船を、荒木には同じ立場としての味方意識を受け付けただけのことだ。

荒木自身気付いているだろうが、元々ふざけ半分でしていたことである程度の立場の人間が止めればそれ以上はしない。それ以上は意味がなくなるだろうし、教室内の人間が望んでいないことを続ければ立場が悪くなる。


「なんでもねぇよ。良太が寝てんの珍しいな」


その結果を良太は知っている。良太は荒木と中学からの同級生だ。会話もしたことがある、荒木の人柄も多少は知っている。だからこそ、下手な芝居ができた。


「いや、眠かった」


荒木は自分に合わない人間には冷たいが、距離が近い友人にはそれなりの接し方で敵視してこない。しかし、あの状況で対応を間違えれば誰であろうと荒木は自分の立場(・・)を考え、喧嘩を吹っかけただろう。

荒木の立場は云わば、『番長』自分が一番強いとアピールしたい場所にいる。対して良太は『両立』誰とでも無関係な場所にいる、それは良くも悪くも人との関係を保つ。


「だよな」


また荒木が笑うと授業終了のチャイムがスピーカーから流れた。

挨拶もなく松村が教室から逃げると、荒木と柴崎がお互いに教師を軽視したように笑いあっていた。


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