一つじゃない③
先頭を歩いていたのは校則を破って金髪に髪を染める櫻井京子だった。ゲームの目標がなくとも、自分が移動しているのは人を見つけるためだ。
「どこ行ったんだよ、荒木達」
舌打ちを何度もしながら、窓辺から階下の廊下を眺める。京子もまた自分を女だと理解しているからこそ、普段友達なんて言わなくとも付き合いのある荒木と行動を共にしようとしていた。
「誰でもよくない?」
「だぁから。教室にいたらいいじゃん」
その目的に面倒くさい、の一言でしぶしぶ付いて歩くのは、だらけ切った様子の目黒綾と、顔を変形させてまで動きたくない様子の桜庭紗綾だ。
「だったら、いればいいだろっ! ついて来いなんて言ってねぇよ!」
綾と紗綾は顔を見合わせ、
「あらやだ、かわいくなーい」
「なーい」
それでも二人はついてきていた。
二階まで降りてくると、二年生の教室の中に入って何かをしている千鶴たちがいた。別に横切っても良かったのだが、自然な流れでそれを拒み、反対側の廊下へ方向を変えた。
学校には中庭が四角形で存在し、廊下も自然のそれを囲むように四角形に伸びているため、千鶴たちは気付かなかったようだ。
この学校の本校舎には階段が二か所あり、京子達は非常口が近い階段から降りてきた。その方が教室も近いから千鶴たちも同じだったろう。
だからこそ、反対の昇降口側から来た、別の女子チームは委員長とは別行動。それも、女子の中でも男子とは話をするのが苦手な、暗いと分類されている女子たちだった。
その女子チームは京子達を見つけた途端、あ、とした表情を浮かべる。しかし、次には顔を伏せて向かってきた。そこまで来て、来た道を引き返す方が、角が立つと考えたのだろう。
京子はそれを承知で後ろにいる二人に、笑いながら呼びかける。
「なに、あいつら」
「はは、雑魚の集まりじゃん」
「金魚のいない糞ね」
聞こえる声量だった。
何も言わず、それでも歩だけは緩めない。それが京子の癇に障る。
「なんか言えよ」
近づいた距離にそれだけ言い放つ。しかし、四人もいるはずなのに、言葉は発せられなかった。
余計にムカついた京子だったが、何を言ったところで返事はないだろう。それならば、駒としての役割を果たせようとした。
「何か、見つけた?」
その問いかけだけは答えなければいけなかった。中傷と違いそれは、質問。答えなければ無視するという喧嘩の火種を生む。
女子チームの一人、運悪く先頭を歩いていた井上真は顔を上げられなかったが、言う。
「とと、とくには……」
震える声まではどうすることもできなかった。冷静になるには時間が足りず、性格的にも緊張でそうなってしまう。
「あっそ、なんか見つけたら教えろよ」
「…………は、はい」
消え去りそうな声で答えるのが精いっぱいだった。
そのまま、通り過ぎれば終わる。安堵するにも完全に離れ、三人に気付かれないようにしなければいけない。真は息を吐くことすら我慢して後ろを歩く友達を引き連れ進む。
ところが、
「ん、何あれ」
綾が何かを見つけたことによって終わりは訪れない。
女子チームの四人は怯えながらも、京子達三人が見ている方向を見た。教室とは反対側の廊下に連立する一室、科学室。その教卓の上に赤いボタンのスイッチがある。
「…………スイッチ」
その正体を口にした途端、松岡美由紀の制服が誰かによって掴まれた。
「お前、押して来い」
美由紀は一瞬何を言っているのか分からず、ぽかんと京子の顔を見上げてしまう。
「お前何もしてないだろ。だからだよっ」
「どうして……」
何もしていないって、なにを……。どうして私……? そう思わずにはいられなかった。確かに真は説明の役割を果たした。それについては後で真に謝るつもりだった。でも、私以外の二人も同じではないか。それなのに私だけ。
足が進まない。スイッチが危険ではないと証明はされている。だけど、さっきみたいな映像を見るのはもう無理だ。ホラー映画ですら見られない美由紀には作り物だとしても無理なのだ。
他の二人を見た。何か言いたそうに口をパクパクさしているが、ここで出しゃばれる程の勇気はないようで、目を泳がせた後、誰か助けがいないか探し始める始末。
でも、誰もいない、諦めるしかない。
「わ、私も一緒に行くよ」
だが、真がまだいた。断ることができないとしても、その提案は美由紀にとって救いだ。さらに続いて、
「わ、私も……」
「うん……。皆でなら……」
見捨てられたわけじゃない。ただ、京子という存在が怖いからただ言い出せなかっただけ、そう思うと美由紀は足を動かせた。
「うぜぇんだよ、どうでもいいからさっさと行けよ」
その瞬間、美由紀が中に放りいれられ、続いて真、中川淳子、佐藤南の順で中に入れられた。
四人の足取りは重い。いくら皆で押す事になったとしても、押したくないのに変わりはないのだ。
美由紀がスイッチまで辿り着き後ろにそれぞれが距離を開けずに並ぶ。
動けたのはそこまでだった。
手を伸ばしたくない。スイッチに触れてしまっては、京子の一言で実行に移さなければならなくなる。だが、小さな抵抗は時間稼ぎにもならない。
「押せよ」
四人の後ろを、逃げ場をなくすように三人も科学室の中に入り込んでいた。
震える手でスイッチが持ち上がる。
手を持ち替え、手のひらに乗せた後、赤いボタンの上に置かれた。
すると、次々とその手の上に手が浮かれていく。
美由紀が見上げると、友達三人が頷いてくれた。純粋にうれしかった。この危機を乗り切るために、一人じゃないことがうれしくて、涙が出そうになる。
「うぜぇんだよ」
絵に描いたような女の友情。青臭くても四人が大事にしているものを京子は簡単に壊そうとする。それが、四人には理解できなかった。
例え青臭い光景だとしても、本人達からしてみれば、大事な物だ。なのに、関係ない他人でありながら、のけ者にしたわけでもない、恨みの一つだって買った覚えのない人になぜそこまで言われなければいけないのか。初めて、美由紀、真、淳子、南は怒りを覚える。
だから、弱弱しくも睨むことができた。
きっと、ドラマや漫画なら相手は怯んだだろう。だが、これは現実。人を嘲笑い、見下し、力で相手を怯ませる存在が強い最低な世の中なのだ。
例え、勇気を出したとしてもそれは変わらないことの方が多かった。
「調子にのんなよっ」
京子の前にいただけという不運で、南が蹴られその衝撃で、カチ、と小さな音が薄暗い科学室という不気味な空間で漏れた。
この直後、近くで悲鳴にも似た叫びが聞こえた。
科学室からではない。
そうなると、二階にいた千鶴の女子チームの誰かだった。
ボタンを押してしまった科学室のTVのモニターがうっすらと漏れ出した。
だが、この時はまだ知らない。
スイッチを押すことで犠牲者が出るという事を。