一つじゃない①
同じ頃、加藤梢と千葉俊介の場所にもその声は届いていた。
「ねぇ、聞こえた?」
怯えた様子の梢とは対照的に興味がなさそうに俊介は答える。
「なんだろうな」
「行かないの?」
価値観の違いは意見の相違につながる。
「行きたいの?」
「だって、何あったのか気になるよ」
俊介は考えるまでもなく相手の意見を尊重した。
「そっか、じゃあ、行きたいなら行っていいよ。俺はもう少し、調べてみるから」
だが、それは二ではなく一の考え方。相手を思いやるというよりも、個人の考え方の尊重でしかなかった。
梢の気分は怒りに気付かないフリをした。だから、俊介の事を嫌いにもならない。せっかく付き合えたのだ。こんなゲームがなければ二人はきっとうまくいく。
「そっか、じゃあ、何があったのかだけ来たら戻ってくるね」
「ああ、分かった」
梢は今いる場所を確認して声が聞こえた方へ走り出した。歩いてゆっくりその場所にいくのは怖かったのだろう。
そんな姿を俊介は目で追いかけたりはしない。すでに興味は別にあるからだ。それは『裏かくれんぼ』なるゲームにだ。
昇降口に向かっていく途中、柴崎が急いだ様子で職員室に向かっていく所だった。
顔も良ければ頭も良い俊介はそれで柴崎も声が聞こえた事での行動だと確信する。それと同時、外に出られなかったのだということも知っていた。
梢に合わせて移動している途中、何かを叩く音を聞いていたからだ。それは柴崎が昇降口のドアガラスを叩いていた音に間違いない。
「(昇降口にもシャッターがあるってことは閉じ込められてるな)」
俊介は知っていても誰もいなくなった昇降口を一人で調べた。万が一を考え、誰かの行動を信じていないからだ。
「っち」
それでも、外には出られそうになかった。
昇降口を調べるのは止める。次に近いのは職員室、だが俊介は初めからそこに行く気はない。荒木と同様、映像からある程度の情報を掴んでいる。
俊介は踵を返して別の場所へと向かう。
その途中、俊介は思っていた。
一番危険性が高いとこに誰が行くかよ。どうせ、誰かが調べるだろ。そこに行くのは俺以外の誰かがやればいい。俺が犠牲になる必要は一切なんかない。じゃあ、誰がそこを調べる。クラスの連中なんかで気付くやつがいるのか。
さっき職員室に入っていったのは、柴崎? あいつが気付いている……いや、それはない。いつも荒木に引っ付いているだけの奴が何かに気付けるはずがない。ならどうして職員室に入っていった? そうか、荒木がすでにいる。しかし、見に行っているとしても教えるはずがない。あいつはそういう奴だ。見に行ってさらに俺に教えそうな奴は……。
俊介の頭にどれも利用できそうな人間の顔が数人浮かぶ。
「誰でもいいか」
うまく言葉で誘導すれば動きそうな生贄はいた。
一度、俊介は人が集まる場所に戻っていく。
その途中、明らかに不自然なものが階段の中央に転がっていた。
「え?」
スイッチだ。
しかし、おかしい。さっき梢と通った階段だ。気付かないはずがない。なにより、梢がなぜ無視できた。梢なら道を引き返しても俺に教えるはずだ。だとしたら、梢が引き返した時にはなかった?
「誰だ…………」
疑心が膨れ上がった。
だが、俊介は同時にある事に気が付いた。このスイッチを利用すれば、犯人が分かる。その方法は至って単純だ。このスイッチを持っていき、誰かに押させればいい。ためらった奴が犯人だと。
もし、集まっている中にいなくとも、押させる人間を選べばいい。それを誰にするか。職員室に向かわせるのと訳が違う。あの映像からも簡単には押そうとしないだろう。
「いるな」
次の瞬間には俊介は自分でも気づかないうちに笑っていた。
大勢の前で押し付ければNOと言えない人物。
それは、加瀬良太だった。
俊介はスイッチを拾い上げ、自分で押さないように気を付けながら歩き出した。
「偽善者め」
俊介は呟いていた、一人行動している朝倉正吾に聞かれているとも知らずに。