新たなるスイッチ
初めて見る校長室は綺麗な机と椅子が並んでいた。
中に入ることはなかった。
それだけで荒木は理解したからだ。あの映像が流れてから多く見積もっても一〇数分。仮に死体は片づけることができてもゴールドバーグ・マシンの部品の全てを回収するのは不可能だった。
次に荒木は放送室へと向かう。その目的があったからこそ、校長室を調べるまでしない。いくら荒木といえ緊張が鼓動を速める。もし、放送室にあの映像を流した人間がいるならば、それは『裏切り者』とは違う、それこそこのゲームをしくんだ犯人がいるからだ。
警戒心を強め普段から使う武器に力を込める。扉の前に近づいてから辺りに人がいないことを確認し、勢いよく扉を開けることを選んだ。
放送室の出入り口は、職員室側からと廊下側の二つ。廊下側はすでに確認しているが誰も出た形跡はない。それに何人かのクラスメイトが体育館への渡り廊下へ進んだことから、出れば誰かしら目撃している。
可能性は目前の扉だ。
腕を振り切った扉が大きい音をたてた。
扉の背が壁にぶつかり、誰かが隠れられる隙間はない。中には誰もいない。だが、気を緩めてはいけない。放送室の中は、ラジオ局のように中央に机があり、その下は人一人が隠れられる空洞がある。
一度机の側面を蹴って威嚇をした。出るなら出てこい、ぶち殺してやる。
「っち」
しかし、誰も出てこない。人の気配もない。必死に息を殺してそのタイミングを計っている可能性はまだある。遠回りで二つあるうちの近い方を確認する。
誰もいない。
残るは一つだ。
これだけ大きい机だ、椅子を収めても人は入れる。机を体から話した距離から、収まっている椅子を引き抜いた。飛び出してきても勝てる。中腰以下での座っている状態に近い人間が、奇襲するには有利なのはこっちだ。
まだ来ない。なぜだ。なぜ飛び出してこない。もっと奥にいるのか、こっちが腰をかがめた瞬間襲ってくる気か。持久戦か、短期戦か、どっちを狙っている。
待つか、いや誰かが入ってきてこの状況を見られるのは癪だ。勝っているのはこっちだ。
その瞬間、机の端を持ち上げてひっくり返した。これで隠れるスペースも、考えていたであろう奇襲もすべてぶち壊してやった。
「……はぁ……はぁ」
しかし、誰もいなかった。あれだけ考え、警戒し、ここで大元を見つけ出せば、全員を出し抜くはずだった。しかし、いない。
荒木はイラつき余った感情で目に入った椅子を思いっきり蹴り上げた。空中で一回転しながらも、すぐに静寂がやってくる。
「くそっ」
何もないじゃ赤っ恥だ。何かないかと辺りを見渡し、それはまたある。
赤いボタンのスイッチだ。
机をひっくり返した瞬間、引出しから落ちたようだ。何も変化がないことから、押すまでの衝撃は加わっていないようだ。
それを屈んで拾い上げようとした時だった。
「荒木っ!」
柴崎が開けっ放しにしていた扉から入ってきた。
荒木は驚いた拍子に姿勢を戻すと拾うのを止めた。
その後に声の方を向く。
「今、誰かが叫んだ!」
放送室は防音が整備されている。だから良太達が聞いていた声を荒木には聞こえていなかった。
「分かった。今行く」
その声は冷静だ。
柴崎は荒らされている放送室には目もくれず、職員室から廊下へと駆け出した。
再び放送室には荒木以外、誰もいなくなる。荒木は異様なまでの存在感を出すスイッチを一瞥すると、それを拾い上げて引出しに戻した。
これで誰も気づかない。
荒木は嘲笑の笑みを浮かべ、棚にあったガムテープを持ち出すと柴崎の後を追った。