現状整理
美紘の圧に良太が怯んでもなお現状整理は続いていた。
「無くなった物は、携帯、良太の腕時計、机、椅子だけだな」
「時計は加瀬が忘れたんじゃなくて?」
「俺、いつも時計はしてくる」
ちらっと見られただけですぐに良太は視線を逃がした。人見知りが原因と言えば原因だが、美紘のようなタイプが苦手がということも大きな要因だった。
「でも、教室の時計はのこってるじゃん」
全員が教室の時計を見る。
確かに教室の時計は正常な時間を指して、今も動いていた。
「とりあえずはいいよ。時間は分かるし、そこが問題じゃないだろ」
直の意見に、豊の軽い返事にそれぞれ意識を論点に戻すと、今度は変化のある学校に意識がいく。
「なんでもいいから気付いたことない?」
直が仕切り、その問いかけの後良太を一度見た。その意図に気付かない良太は何かしなければいけないと思い立った。しかし、その意味を捉えきれないために、すぐ動けるようにその場で立ち上がるだけ。
すると、
「ん? 座っててもいいぞ」
「え?」
立ち上がる途中で遮られ良太は中途半端な態勢で顔だけ上げる。そこにはもう直の視線はなく別の方向を向いていた。なんの意味があって見られたのか良太は分からないまま、他から来る視線に気づくと、もう一度座るのは気恥ずかしく、理由がないまま立ち上がることになっていた。
「ふっ」
美紘が良太の行動に小さく吹き出し、エナが袖を引くことで戒める。
良太は何も言えぬまま、勘違いを生んだ直に心の中だけで恨んだ。その間に全員が立ったことで豊も立ち上がると、直の視線の理由が明かされていた。
「三人も何かあるか?」
自然と集まったチームは直を抜いても四人いる、だから、それは教室に残っていた別のクラスメイトに向けられていた。
「お、おいっ」
豊が思わず、関わりたくない三人に対して停止を掛けようと直に詰め寄った。
すでに怪しいとしてクラス中から相手にされていない三人の意見は危険でしかなかったからだ。
同じことを美紘とエナも感じただろう。豊が先に声を出したことで何も言わなかったが、美紘がエナの手を引き、一歩後退する。
しかし、直という人間はこういうことを平気で出来る人間だった。『正義』と一言で説明できるほど人の区別をしない性格は、時に連帯感を生む。それが、直を部長にした理由だ。
良太は良太で、チーム、そしていなくなったクラスの事を考え、一人でその質問を誰にも気づかれないような形でするつもりだった。だから、直の悪意の無い行動を純粋にうらやましいと思う。
そして、その行動の結果だけが、直と良太の共通点でもあった。
『結果が誰かの為になればそれでいい』
すでに済まされた直の行動によって良太がすべきことが一つ失っていく中で、
「何にもねぇよ」
残された三人の不安をよそに、置き去りにされた者の回答は拒否だった。おそらく誰が聞いても結果は同じだっただろう。佐々木鏡花は日常の時点で違う立場に陥っていたが、相沢武雄と上杉幸助は荒木と同じ系統の人間。自分たちが省かれた時点でこの二人は信用できる人間が制限されている。
「まぁいいか」
言葉で拒否の確認を取れればそれ以上は何も聞かないと決めていた直は、自分のチームに向き直る。
「勘弁してくれよ」
豊が小声で直に注意をするが、直は一言でそれをあしらった。
「なにが?」
それだけで、終わる。
美紘とエナの不満は明かされない。下手に出る形でチームに入った二人は、文句のほとんどを言えない立場になっている。そう意味では豊も必要な存在になっていた。
早速チームに亀裂が入りそうになるが、
「これから何かするとき相談はしときなよ。意外と直はすぐに行動起こすタイプだから」
こういう時、エナと同様の位置に付くのが良太だった。
「そうでもないだろ」
「うるせぇ」
「てめっ」
二人の日常のじゃれあいにチームの体裁が元通りに戻り、話は振り出しに戻る。
「で、なにかある?」
「窓にシャッターがされてる。まぁ、ベランダにも出れないよな」
「非常階段も塞がれてるの?」
「空いてたらもう出てる。たぶん、全部塞がれてるんじゃないの」
「ですよね……」
「あ、はい」
「挙手はいいよ」
「あ、そうだね。私たち以外の皆いなかった」
「なんで俺たちだけなんだ?」
各々が考えに耽る。
「あー、とりあえず考えるのはやめるか」
考えても結論が出ないのは時間の無駄だった。
「後は……、電気が通ってるな」
「それって当たり前じゃん。窓、塞がれてるから光入ってこないし」
「(結構重要なんじゃ……)」
「あ、」
豊が何かを思い出したように声を上げるがすぐには答えない。
「なんだよ、言えよ」
「なんつうか、他の連中廊下から中庭を通して見えたんだけど、今は関係ないかなって」
「いいよ、どうせならそれも知っておこうぜ、どうせもう無いみたいだし」
チームを組んだりしていた分、行動はほとんどしていないこのチームでは知り得ることが少ない。
「じゃあ……。柴崎は見えなかったけど、荒木は職員室に入っていった。後は、立花、達……でいいのかな。男子と女子に分かれて二階と一階に降りて行ったのを見かけた。そういえば、俊介と加藤って付き合ってんのか? 二人でいたぞ」
「最後のはどうでもいいな」
他の人間であれば避ける場所を、荒木なら映像の元を調べに行きそうだと、良太は荒木の行動は理解できた。だからといって、自分で行ってみないと情報は得られそうにないとも思う。聞いて答えそうになかったからだ。
そんな良太が次の行動を決めかねている姿を美紘は見ていた。良太は一人で行動すると言った。そして、直を茶化す時もそれは続いている。その理由は理解しているが、こんな時でも一人を好む行動を多くするのかが納得はできない。
エナは、美紘の視線が良太に行っているのに気づいていた。だから幼馴染である美紘の分も何か言わなければいけないと思っていた。しかし、すでに出ている情報以外思いつくことがなく静かに唸る。
豊は自分が提示できる情報を明かし終えると、恋人という羨ましい存在のネタを元の日常に戻った時に話そうと密かに企んでいた。
「ふー、」
すでに話し合いの目的に集中していないことに直がため息を付いた。誰からも役立つ情報が出なくなったことで、エナ以外当初の目的を忘れている。
「結局、分かんないことだらけだな」
そう言って、現状整理が終わる。
「俺達も何かあるか探し回ってみるか」
それ以外できることがなかった。誰からも否定はされない。廊下に出てから、唯一というべきか、別行動を取るといったのが良太だった。
「なんで?」
それに意義を唱えるのは美紘。
「一人の方が動きやすいから……かな」
「なんか誤魔化してるでしょ」
誤魔化しているつもりはなかった。言ったことが事実であり、嘘はない。しかし、この場合、納得できる説明がないと受け入れられるはずもなかった。
良太はどうにか理由を探し、言葉を選ぶ。
「えーと」
すぐには見つけられない理由を皆が待っている。本当ならすぐに答えたかったが、嘘がつけない、頭の回転はさほど速くない良太が追い込まれていく。
「――――――――」
そんな折、別の階層から誰かが誰かを呼ぶ声が届いた。
一旦、良太の説明が忘れられる。互いに顔を見つめ合い、良太達は声がした方へ走り出した。