再起動
良太は一部始終を見ていた。単独で行動し始める者、少数で動き始めた者、再度チームを作り出てった者、残された物。
初めの頃は映像のショックでまともに脳が機能していなかったが、教室から出ていくクラスメイト達がいたおかげで感覚的に理解し終えていた。映像は確かにリアルだったのだが、映像は所詮映像でしかなく、あれが偽物の可能性があるということに。
まだ教室にはそのショックから抜け出せていない者もいる。それはそれで仕方がない。無理に言葉を掛けるのは戻って来られなく可能性もある。なにより何と言ってこの非常識なゲームに引きずり込むのか、その手段も覚悟も良太にはなかった。
やるべきことはすぐに決まる。ゲームはやるしかないのなら、必要な情報を集めるということだ。その為には、荒木に疑われた三人に事情を訊くのは最低限必要だと思われた。
そして、その場面としては今がチャンスと言える。大多数のクラスメイトはすでに教室を離れなにかしらの情報を得る為に動いている。そして教室に残されたクラスメイト達は考える力を失っていた。荒木のように争いを生む可能性は限りなく低かった。
ようやく重かった体が動こうとした。
途端、教室に誰かが戻ってきた。
景山豊だ。
悪いことをしているわけでもないのに良太は思わず、やろうとしていた行動をやめる。瞬間的に自分自身に疑問が浮かぶ。なぜ、やめてしまったのだろう。
その単純な理由に気付く前に、豊は教室中を見渡し良太を見つけると隣に腰かけてきた。緊張感がその二人の間で膨れた。
気付く。
「(ああ、そうか。疑われたくないのか)」
今度は、良太は自分が持つ警戒心に嫌悪感を抱く。そしてトリップしていた。きっと漫画の主人公ならこんな薄暗い感情をいだくこともないのだろうと。
その間にも豊がなにやら小声で話し始めた。
「なぁ、俺とチーム組まないか」
思わず、はぁ? と声が出そうになった。クラスメイトに関わらず男子なら良太が直と仲が良いのは知っているはずだ。だから良太はこんな時でも行動を一緒にするのは当たり前だと周りも理解していると思っていたのだ。
だが、豊の次の言葉で何が起きているのか分からなくなった。
「お前、疑ってるんだろ」
誰を? と聞きたくなる。しかし、良太は止めた。それが誰の事を指しているのか逆算から理解したからだ。そして豊がなぜそう思ったのか聞き出そうとした。
「……なんでそう思うわけ?」
「え? 知らないのか? 直と女子が廊下で話してるの聞いたんだよ」
予想外の事態に豊は一瞬悩むも、すでに後戻りはできないと話を進める。そして、良太もその廊下で話している内容については知りたくなり豊の言葉を待つ。
「あの三人チームを作り気だ」
当然、良太が見送ったぐらいだから把握している事実だ。それに美紘というクラスメイトは直と普段から話をしていることがある。加えて、普段から合理的に物事を進めていくタイプの人間だとすれば自然な成り行きだ。矛盾があるとすれば普段から小池エナと一緒にいることぐらいだった。
「それが?」
「はぁ? いや、だから」
「あ、いや、その前に訊いていい?」
「あ、ああ」
「その三人の会話最初から最後まで聞いてた?」
豊の目が何かを疑うものに変わる。
その反応で良太は豊の早とちりだと思い始めた。景山豊という人間は、人を疑いやすく慎重な割にどこか抜けていることが多い。それなのに行動は人一番早く失敗している。その失敗をフォローしたことが良太にはあったのだ。
たぶんだけど、と付け加えて良太は豊の目を見ながら尋ねた。
「三人の話盗み聞きしてたろ?」
返事はなかったが、豊の目が泳ぐ。
「さらに言うなら、勝手に推測して早とちりした挙句、俺が直たちを『裏切り者』だと疑って俺とチームを作ろうと?」
行動を見透かされたことで動揺が明るみになった。豊は音が出るほどの唾を飲み込み、額から汗をにじみ出していた。
「な、なんで?」
良太は呆れながら教える。
「直が出ていく前俺と話してたし、出て行った理由もなんとなく知ってた」
「じゃあ、なんでっ!?」
直たちに付いて行かなかったのか、という質問に対して良太は自分の弱さと、説明の面倒くささでため息を吐く。それでいて弱さを隠し、恥ずかしながらもシンプルに話した。
「疑ったんじゃなくて、信用したから」
物語のセリフ以外でそんな言葉を言われると思っていなかったのだろう、それだけで豊は押し黙った。
最後には、
「そ、そうか……」
がっかりしたように落ち込んで見せた。
哀れだった。しかし良太も自分を信用してくれたことにはうれしくも思う。それでいて親切のつもりで尋ねる。
「ちなみに、なんで俺の方に来たの?」
「あ? だって、チーム作ってる方が怪しいだろ。荒木も『裏切り者』は一人じゃないみたいなこと言ってたし」
「ちゃんと説明してほしいんだけな……。つまり、俺が直達を疑ってると思って、それなら俺とチームを組めば最低でも『裏切り者』と離れられると思ったんだろ。たださ、それだと、俺が『裏切り者』じゃなくなる理由にはならないよ」
「そうだけど、可能性は低くなっただろ!」
まるで小さい子供がむきになって突っかかってくるようだった。それをあやすように口調穏やかに良太が言う。
「目線を変えれば逆もしかりだろ」
おそらく、豊は初めて気づいたのだろう。良太が直を疑っていれば、豊が考えた図式は成立するが、逆に直が良太を疑ってチームを作ったのならば、『裏切り者』に接近している危険性は高まる。
「あ…………ああ」
こうなってしまっては、提案はなかったものになり、それでいてどうしたらいいのか迷い始めた豊は静かに考え始めてしまった。それを邪魔するわけでもなく、隣に座ったままの良太は動くに動けずただその時を待つしかない。
そして、ようやく豊は答えを出した。
「チームに俺も入れてくれない?」
今さらながら小声になった問いかけに、良太は笑みを零してしまった。
「馬鹿にすんなって、俺だって恥ずかしいのを我慢して言ってんだから」
「はは、ごめんごめん。でも、ちょっとまってくんない。俺は――」
と、そこに直が戻ってきた。
「来ねぇのかよっ」
「あ……、すまん、忘れてた」