信用できる者⑤
荒木達がいなくなってから、直を含めた十数人が教室からいなくなり、こうなる前と同じ用に人は輪を形成しようとしていた。それを良太はぼんやりと眺めている。
信用を失った卓を取り残し、新しくチームの先頭に立っていたのはもう一人の委員長の千鶴だった。
「そうだね、私と一緒に行動したい人っている?」
卓とは完全に距離を置いた状態での言葉。すでに人の欲を垣間見た千鶴は卓がチームにいることを危険と判断し、それでいて卓とは違うチーム作りを始めている。
それを遠目で見ていた卓は近寄ろうともしない。近寄ったどころで弾かれるのが目に見えていたからだ。だから卓は別の行動に移る。
さっきまでのチーム作りを無駄ではなかったと証明するために。
念のためにその行動を見張っていた千鶴だったが、優先すべきことは自分の周りを固めることだ。だから、取り巻きのように普段から行動を共にしている、古河愛、波真奈美、萩原祥子から声を掛けられればすぐに気持ちを切り替えた。
「もちろん、私たちは一緒にいるけど、これからどうするの?」
「学校から出るにしても窓もシャッターみたいなのに塞がれてるし」
「今って下校ぐらいだよね? 外の明かり入っておないけど時計はあるし」
千鶴は一度時計を見た。時間は一日の授業スケジュールを終え、とうに部活か帰宅をしている時刻になっている。
「まずは皆で校舎内がどうなってるのか調べよう。廊下に出てった人が誰も戻ってきたないし、校舎に誰もいないのか気になる。ただ、単独行動は禁止、それと放送室に近寄るのも止めといたほうがいいと思う」
荒木達の行動とは対照的に危険には一切手を付けない。今は外に出ることへの情報を少しでも集めておこうとしていた。
「じゃあ、最初に非常口から調べにいこう」
そう言って四人が出て行こうとする。
そこに、
「ああー、ちょっと、」
卓が作ったチームがなくなり、取り残されていた男子数人のグループにいた伊藤典和が千鶴たちを引き留めた。
「あのさ、なんていうか」
歯切れの悪い言い方ですぐには用件を口に出さない。その理由には『恥』、『情けなさ』『男』という体裁の悪さを誤魔化したものがある。千鶴、それに他の三人もそのことに気が付いている。つまり、千鶴たちと一緒に行動したいということなのだろう。
間が空く、
「あー、えーと」
いつもならその間を空けず千鶴が助け船を出してくれていた。だから今度もその優しさに甘え返事を待っていた男子数人だったが、いつになっても帰ってこない返事に待ちきれず、気付いてほしそうにいい加減な言葉を垂れ流す。
そして、千鶴以外の三人もこんな時千鶴が対応してくれていたことに一切の口を出さない。
「なに?」
千鶴が気付いていないはずがない。
だとすれば、これはポジション争いに他ならない。
ここで千鶴が作ったチームが下手に受け入れれば、意見がぶつかった時対等な対応をしなければならない。そんなことをすれば、時間は無駄に消費されるあまりか、チームで一緒に行動してあげている立場から、守ってもらっている意識まで植えつけられる。卓の一件もあり千鶴はそれを嫌った。
対して男子数人も女子相手に下手に出るのを嫌がっているから、次の言葉が出てこない。だが、優柔不断の集まりでどうしていいか分からず、リーダーのように『責任』と『統率力』を持っている者がいない男子グループは圧倒的に不利。
よって、
「何にもないなら行くから」
「ちょ、ちょっと、待てって、だから――」
「あのさ、俺は千鶴たちと一緒に行動したいからチームに入れて」
典和が懸命に面子を賭けて戦っているにも関わらず、鈴木孝樹があっさり男子チームを裏切り一人で千鶴のチームに入れてもらってしまった。
ところが文句が出なかった。現状では孝樹の行動は最低ながらも利口だったからだ。それでも納得はできない、入るなら入るでなぜ全員を入れてもらえるような言い方をしなかったのか、だから余計に言い辛くなった。
「俺も入れてくれない」
「俺も」
「お、俺も頼む」
そんな典和を一人置いて裏切り者が繁殖する。
典和は唖然とした。
余っている男子の中では一番話しかけやすいという空気から典和が犠牲になったにも関わらず、誰一人としてフォローを入れず置いてけぼりにした。典和から『恥』が消え、怒りでいっぱいになった。
この時点で典和は意地に支配される。
「それなら早く言ってよ。それで伊藤君は?」
追い打ちを掛けられた。
典和からは千鶴が王座に座る王妃が偉そうに笑っているように見えた。
怒りが憎しみに変わる。
自分を上から見るな。
憐れんで見るな。
力いっぱい拳に力が加わる。
「な、なぁのりも一緒にいこうぜ」
「行かない」
典和の頭の中は裏切り者の一言でいっぱいになり、まともに考えられなくなっていた。
「俺は別行動取るから、別にいい」
それでもそれら全てを隠す。
「そ。じゃあ、男子は男子で別の事に動いてもらうから廊下で話そう」
典和は完全に取り残された。
その上でもうチームを作ることも、チーム入ることもできない。
全てはプライドの為に。
典和は教室の後方まで下がると誰も視界に入らないように床ばかりを眺め座り込んだ。
千鶴はその単純で馬鹿な判断を無視して教室から出る際、扉の近くにいた良太を見た。意味があったわけではなかった。
事実、良太も床に視線を送ったまま、横を素通りする千鶴たちを見上げることすらしなかった。ただそれだけのはずなのに良太にイラつきを覚える。
それでも千鶴は何も言わず、作り上げたチームを引き連れ教室から出て行った。
・平田勝
女王様が一人の平民に負け犬のレッテルを張り悠々に外に出ていく光景を勝は見ていた。そして負け犬になった典和が何をしているのか気付かれないように一瞥する。
その一連の流れに勝は声も出さず、表情の一切を隠し笑っていた。
まるで昼ドラの主婦たちを見るような寸劇が面白かったのだ。
そして一言、
「(くだらなっ)」
心で呟いた。