第九十四話
「――っ!!」
地獄耳だな、おい! 魔人になると耳も良くなるのか!?
……いや、身体能力も強化されるっぽいから、普通に有りそうだな。気を付けよう。
『お前ぇ、ちょっとどいて、その後ろ、見せてみなぁ……。弱いけど、確かに光のエレメントを感じる』
『――構わないが』
隠しきれないと思ったんだろう、ディードリオンは一歩、右に避ける。
擬似精霊だし、本当は見付かろうが切られようが何ともないんだ。……ただ俺があんま会いたくないってだけで。
「言っとくが、俺の本体はここにはいないぞ」
『あァ? 何だ、これェ……?』
言うなりがしっ、と手の平で擬似精霊を鷲掴む。今それだけで壊れそうだったぞ、馬鹿力!
「離せ!」
『確かに、声は皓皇だけどぉ……。これはただの、エレメントかぁ……』
詰まらなさそうにそう言うと、ぽいっ、と興味をなくして擬似精霊を放り投げる。本っ当乱暴だな!
「おい、ジ・ヴラデス」
『何ィ?』
嫌は嫌だが、顔を知っている相手がここにいたのは、ある意味幸運だったかもしれない。
聞きたい事は色々あるが、まずは一言いっておくべきだろう。
「――その、この前、大丈夫だったのか。後、助かった」
『……』
俺の言葉が意外だったのか、いつも眠たげな半眼をきょと、と見開き沈黙して。
『あっはっはっはっははははっ』
いきなり笑い出した。何なんだッ!
『私に、ここで会ってえ……。言う事がまず、それェ? お前、本っ当、甘いよねぇ……』
「この後絶対に殺伐とした話になるから、まず言っとこうと思ったんだよ!」
元気っぽいから大丈夫だったかどうかの返事はもういい。絶対大丈夫だ。どう見たって健康そのものだ。
「――っ。ここにいるの、偶然とか言わないよな。宮にいた闇の精霊達を殺したの、お前か」
『さァねェ……』
にやにやと口元に品の無い笑みを浮かべつつ、ジ・ヴラデスは答えをはぐらかす。女がそう言う笑い方するなよ、と思うが、似合うんだよな、こいつ。断じて、だからいいっなどとは言わないが。
『答えろ。重要な事だ』
俺とジ・ヴラデスの会話から、切っ先を向けていいかどうか迷ってたっぽいディードリオンが、まだ剣は作っていないものの、鋭い詰問口調でそう聞いた。
『答えてもいいけど……お前等さァ、聞いて、どうすんのぉ……?』
『どうする……?』
予想外の答えだったんだろう、ジ・ヴラデスの問いの意味が判らず、ディードリオンは眉を寄せる。そのディードリオンに薄い張り付けた笑みを崩さぬまま。
『私が言ったとして、お前等、ソレ、信じんの? 証拠も何もかも、なァんにもないのにィ?』
「っ!」
『本当の事、言っても、いいよ? 私はぁ……』
くす。くすくすくす。
俺とディードリオンがどう答えるか、楽しそうにジ・ヴラデスは笑う。
――疑う気持ちがある以上、言葉なんて意味のない物だ。まして相手がその気なら、振り回されるだけで終わる。
だが――
「あぁ。本当の事を聞かせてくれ」
『……』
光の擬似精霊を通じて言った俺に、ジ・ヴラデスは鼻白み、腹立たしげに眉を寄せた。
『嘘を本当に付かない、とか、信じてるとか言う気かぁ……?』
「いいや。悪いが俺はお前の事信じてない」
『じゃあ、何で聞きたい? 嘘か、本当か判らない情報に、価値なんてねェだろ……?』
「情報の価値はこっちで決める」
嘘か本当か判らない情報でも、知っておくだけなら悪い事は何もない。もしかしたら全然予想外の発想くれるかもしれないしな。
『はん……』
髪を掻き上げ、詰まらなさそうにジ・ヴラデスは鼻で笑う。
『ここに私がいるのは雑用でだ。生まれた闇の精霊を片付けてた』
「――っ」
事もなげに言い放ったジ・ヴラデスに、俺とディードリオンは絶句する。
やっぱり生まれて――殺されてたおか。
しかし、命を奪う行為を『雑用』と言い切るとは……ッ。
『それはいつの話だ』
俺と同じく絶句していたものの、ディードリオンの立ち直りは早かった。
そうだ、犠牲を悼む前に、俺達には聞くべき事がある。
『ほんの五、六分前だねェ……。取りこぼしがないか見回ってたら、お前達の声がしたから、今ここにいる』
(五、六分前……)
俺達がルトラと会い、眷族は一人しかいない、と断言されたのはもう一時間程前になる。何より殺されてたら、生まれてないとは言わないだろう。
ジ・ヴラデス自身が言った通り、証拠がある訳じゃない。だからそれが真実だなんて断言はできない。
だが……ネクスに言えば間違いなく失笑され、次いで怒鳴られるだろうが、ルトラよりも、ジ・ヴラデスの言葉の様が、信用出来る気さえする。
「――それは、お前の意思じゃないだろ?」
『……さァねェ……』
わざわざ宮に乗り込んで、殆ど力を持たない精霊を虐殺――、しかも念入りに見て回るなんて、らしくない。
即答せずに誤魔化した台詞を吐いた時も、不愉快そうに眉が寄ってた。
「あいつの命令か」
『……』
『あいつ』と指したのは、勿論ローブの魔王の事だ。あいつならジ・ヴラデスにも命令する気がする。
ただ、あの時はっきりと『従わない』と言っていたジ・ヴラデスが従ってるなら、それは自分の意思じゃないはずだ。
(何か、あったんだろうな)
俺を逃がしたその後で。
「何かされたのか」
『何かって、ナニよ?』
くすり、と笑ってジ・ヴラデスは妖艶な笑みを浮かべる。成熟したグラマラスな肢体と肉食獣っぽいきつめの顔立ちと雰囲気だから、迫力があって凄く似合う。でも。
「そういう系統じゃないだろ」
『そういうって、何ィ?』
どうしてもそっちの方向に話を持って行って言わせる気か! 訊かれるのが嫌だからなのかもしれないが、いい加減にしろ本当。
『少し脅されたり何だりした所で、言う事を聞くようには見えん、と言ってるんだ』
『あァ?』
ニヤけた薄ら笑いを引っ込めて、ジ・ヴラデスは苛立ったような声を上げ、ディードリオンを睨む。
『今、皓皇と話してんだけどぉ……。テメェ、さっきから邪魔だなァ……』
『俺も身のない話に飽きてきた所だ』
「おい、ディードリオン……っ」
戦闘は出来る限り避けたい。制止の声を上げた俺に一瞥を向けてから、ディードリオンは魔剣を作り出す。
『皓皇、世の中には話して判る相手と、そうではない者がいる』
「そ、それは判ってるつもりだが」
『貴方もあまり体を留守にしておくのは良くないだろう』
「っ」
頭の片隅には置いてあった事を指摘されて、ぎくりとする。
ここは光の宮で、ほぼ眷族しかいないし、いつもなら世界のどこよりも安全なんだが――
(ルトラ……っ)
『そういやぁ、皓皇、お前、今どこに居んのォ?』
「誰がわざわざ教えるか!」
『助けてやった礼ぐらいさァ、してやろうとか思わねェの……?』
「そもそもの元凶もお前だからな!」
更に言うと一番の原因はセ・エプリクファだったりするし、そこから助けられた事を換算すると、やはり助けれられた事になるんだろうが、その辺はあえて無視をしておく。
『皓皇、俺は貴方の度量の大きい所は尊敬しているが、誠意の通じない者は間違いなく存在する。相手にするだけ無駄だ』
「いや、別に度量が大きい訳じゃねーけど……」
どっちかといえば『小心者』が正しい。こんな所にも皓皇フィルターが発動しているとは。
「俺も人類皆兄弟とか別に思ってないから安心してくれ。――まあ、ジ・ヴラデスに話が通じないとも思ってないけどな」
『っ!?』
ディードリオンは勿論、自分でも意外だったのか、ジ・ヴラデスも息を飲んで言葉に詰まった。
人を支配して満足するのではなく、ただその心を求めるのなら――
「話せば判るとは言わないが、話は通じる」
『……っ……』
珍しく、というか初めて見たが、ジ・ヴラデスは戸惑って口を僅かに開閉させただけで、何も言わない。薄い褐色の肌が微かに上気しているのは、照れてる、のか?
「さっき言ってたの、嘘じゃないだろ」
『本当の事、言ってやるって言っただろ』
「ああ。言ってたな」
『……』
即座に肯定して返した俺に、ジ・ヴラデスが返して来たのは沈黙。どう返そうか迷っている感じだ。




