第八十九話
「どうって、俺は別に何も。覚悟があるなら良いんじゃないのか?」
もしディードリオンがレトラスの王のままだったら、また別の問題が発生しただろうが、今はフリーだし。後は個人の問題になって来るだろう。
「あんたは、どう? あ、もしあんたが碧皇だったら、って意味よ」
例えがディードリオンじゃなくてユーリィだったらってのは、俺が精霊王だからなんだろうが……ちょっと微妙だぞ。
「ユーリィとってか、人と付き合うかどうかって事だろ?」
「そう」
「……あー……」
あんまり好奇心で聞かれたくない類の話だ。けど、フィレナの表情は好奇心以上に真剣だったので、それは言わないで真面目に答える事にした。
「俺は多分、覚悟ないかな」
「――……そう」
「寿命が違い過ぎると、それだけでしんどいだろ。まあ付き合う程度なら問題ないんだろーけど。でもそれは俺に都合良過ぎだよなあ」
「……そっか。そうよね。今は同じぐらいでも、すぐ私の方がおばあちゃんになっちゃうのよね……」
「そうだな」
やっぱりそれはお互いしんどいんじゃないかと思うんだよ。若くい続ける方も、先に老いて行ってしまう方も。歩む速度は同じなのが丁度いいんだ。
――……けど。
「それでも、って思える相手がいたら、いいと思う。それは凄く幸せな事だろうから」
俺はろくに恋愛経験ないから判らないけど、そういう相手も世の中きっといるんじゃないか。つか、いて欲しい。その方が夢があるだろ。
「丸々駄目って事じゃないのね」
「そりゃあな。だってどうなるか判らないだろ」
気持ちだって考え方だって変わるものだし。
「ってか、何で俺に聞く。精霊王だっつっても、俺とユーリィは別人だぞ?」
「判ってるわよ。あんたに聞いたの」
「……何で」
俺の考えが、フィレナの何に必要なのか。参考か? 別にならないと思うけど。重ねて言うけど、俺は俺でしかないから、誰であっても別人だし。
「判らないの?」
「判る訳ないだろ」
読心術の力は精霊王にもない。なくていいけど。
「全然?」
「……」
全然――……。全然か。判って当然な言われっぷりに、少し考えてみる。
これが別の子なら俺に興味があって、とか思わなくもないが、フィレナだし。無い。大体、フィレナには好きな奴が――
(あ)
「判った」
「な、何よ、急に!? 判ったの!?」
緊張と期待がないまぜになった強張った表情で、フィレナは肩を跳ね上げ俺を見上げた。
「アレだ、お前が好きな相手も精霊なんだな」
「――っ!!」
おぉ、当たりっぽい。
(けど、フィレナに精霊の知り合いってそんな多くないと思うんだが……)
そして碧皇や俺を引き合いに出すぐらいだから、ほぼ同格の相手だと見るべきだろう。精霊社会に精霊王以外の階級制度はないが、暗黙の了解的な部分はあるのだ。リシュア達が先代のフィリージアを『殿』づけで呼ぶような感じで。
だがまずは――
「ネクスか」
「お断りよ!!」
憤慨した表情で即答が返ってきた。照れとかそんなの一切無い。
「そ、そんなに力一杯否定する事ないだろ。ネクスは結構女ウケ良い方だと思うぞ?」
背ェ高いし、男っぽい美形だし、口悪いけど面倒みいいし。
「あんた、美形だからって自分を嫌ってる相手に好感持てるの?」
「……無理かな」
「でしょう。美形なのは認めるわよ。あんたや碧皇への態度見てても、そう悪い人じゃないってのも判ってるわよ。でも嫌。絶対嫌。ハンデ乗り越えて好かれる努力しようとか全然思わないわ」
……そうですか。
「でも後お前が知ってる精霊って、アリストとか」
「好みじゃないから」
こっちもバッサリ切って捨てた。こっちはそうだろうなって思ってたけど。
だとすると、後は俺の知らない相手だな。
「判んないの?」
「つーか、何で判んなきゃいけないんだよ?」
「だからっ。あんたがそうだから――」
フィレナが勢いに任せて口にしようとした言葉の続きは、脈絡なく吹いた強風に吹き消された。
いや、脈絡なくないな。エレメントの干渉があったから。
「ハルト、行くぞ」
竜の健康診断は終わったらしい。俺が人と一緒にいるのを良しとしないネクスだが、今日はそれに輪を掛けて不機嫌な様相で歩み寄って来ると、上からフィレナを威圧的に見下ろした。
「どけ、王女。そこはお前の居場所じゃねェ」
「……っ……」
気圧され――それと同時に後ろめたそうな顔をして、フィレナは黙って一歩、俺とネクスから離れた。
「お前も、すぐ敵になる相手と慣れ合ってんな」
「敵にならないっつってるだろ」
「なるさ。ルトラは再生した。すぐにアズも助け出す。後は居場所の判らねェクートだけだ。まァアレは頑丈な上馬鹿だから、少しぐれー後になったって堪えやしねーだろうし」
今の言葉から察するに、境皇=アズ、閃皇=クートだな。
「全員揃えば、人間なんか必要ねェ。どころか一々内側を気にしなきゃならねェだけ害だ。ルトラとアズを助けたら、俺は魔人を、人間を駆逐する」
「……っ……!」
間違いなく、この場にいるフィレナに対しての宣戦布告だった。息を飲み、言葉を返せずにフィレナは硬直する。
「させないって言ってるだろ。そうなったら、俺は人を守る。お前と戦う気はないけど」
「俺もお前と戦う気はねェが――躾けはアリだ。忘れんな」
「……」
俺が人側にいても、仕掛ける気か、ネクス。
(同族で戦争とか、本当馬鹿みたいな……)
でもこのままだと、やりかねないぞ、その馬鹿な事。
「とりあえず、今はルトラだ。さっさと来い。行くぞ」
「……判った」
確かに、今一番急がなくてはならないのはルトラだ。頷き、俺は翼をたたんで地面に降りてきた一頭の青竜の背に乗った。
けど――
(もう時間はあんまりなさそうだな……)
ネクスを止めるには、どうすればいいんだろうか。




