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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第八十四話

「さあ、どうする? 皓皇……?」


 鎌から付加させていた魔力を消し、魔王は軽く俺の体を切りに来た。

 その刃をリシュアで受けて流した直後、背後からディードリオンの剣が軽く、しかし浅くない深さで、肉を抉る。


「ぅぐっ!」


 ディードリオンの剣を払えば、今度は魔王から一太刀受ける。どちらも一撃の深さはそれ程ではない。


(なぶり殺しにするつもりか……!)


「ふっ、ふふ……っ。ははっ。はっははははは! 実に、愉快だ! 痛快だよ!!」


 笑い声に含まれるのは、本物の喜悦。


(そこまで、俺が憎いのか)


 あぁ、そうだろう。きっと憎いんだろう。『俺』が彼から何かを奪ったのなら、きっと――……。


【皓皇様!】


「っ!」


 リシュアの警告にはっとした時には、遅かった。ディードリオンの刃が肩から腰まで、今までで一番の深さで袈裟がけに背を切り裂いた。


「――!!」


 悲鳴を上げようと開いた口からは、何も出て来なかった。激痛が声すらも奪って、俺はその場に膝を着く。


「ぅ……」

「終わりだな、皓皇」


 声を掛けられ、軍靴から上ってディードリオンを見上げると、ポタポタと血が青い刀身(・・・・)を伝って落ちていくのが見えた。


「ディー……ド、リオン……」


 お前、もしかして。


「兄様……っ。止めて、止めてよ……っ!」


 もがき、起き上がろうとしたフィレナの頭を、魔王は一顧だにせず踏み付け、動きを封じる。


「ハ・イグジェラ。そいつを殺すのは僕だよ」

「そうか。だがまだ行けるだろう」

「二、三太刀?」

「俺を馬鹿にしているのか? 頭を心臓だけ残すやり方ぐらい、心得てる」


 さらりと恐ろしい事を言ってのけたディードリオンに、魔王は楽しそうに軽快な笑い声を上げた。


「それはいいね。後学のためにも、ぜひやって見せてくれ」

「お望みなら」


 コツ、と軍靴が目の前で止まり、ディードリオンの手が俺の首を掴み、軽々と宙に吊るす。


「兄……様っ! 止めてえっ!」

「煩いよ」

「あぅっ!」


 ごっ、と持ち上げた頭を再び足で床に擦りつけられる。悲鳴と、鈍い音が部屋に響いて微かに首を動かし、何とかフィレナを視線を合わせた。


「フィレナ……!」

「ハル、ト……っ」


 見開かれたフィレナの瞳から、ぱたぱたと涙が溢れて零れ落ちる。

 王女という身分に生まれて、人に傅かれるのが当然だった少女が、頭を踏み付けにされる屈辱を受けながら、そのためでなく、おそらく俺のために。


「大丈夫だから」

「ハル……っ」

「泣くな」

「大丈夫か?」


 く、と喉で笑ったディードリオンは、俺から手を離し、ゼロ距離で蹴り上げ、俺を壁まで吹っ飛ばす。


「かふっ」

「そう願いたいものだ!」


 床を蹴って俺を追ってきたディードリオンが、迷わず剣を振りかぶる。青いエレメントの軌跡を描いて。



ごがっ!



「大丈夫、か?」

「大丈夫、だ」


 壁を壊した破壊音と土煙りの中で、ディードリオンは俺の耳に口を寄せ、小さく囁く。それに応えると同時に、再び蹴り飛ばされた。壊された壁の向こうにあった、隣の部屋の奥へと。


(本当……っ。遠慮ねえ……っ)


 見られてるからだって言ったって、もう少しやりようねェのか……っ。

 しかし部屋を移して、一体どうするつもりだ。この状況でフィレナとタタラギリムを置いて逃げろとでも――?


「ハルト?」

「!」


 俺の疑問の全てに応える、涼やかな女性の声にはっと俺は顔を上げる。出所はもう少し離れた、部屋の最奥から。


「――ユーリィ……」


 口を突いて出た名前は、やはり『俺』は知らないもの。

 それでも判る。懐かしさと共に在る馴染んだ名前。


 腰まで届くだろう長い紫の髪は、今は座ったベッドの上に広がっている。名前を冠するに相応しい澄んだ碧の瞳。年齢は二十歳に届くかどうか、といった所だろう。


 長い虜囚生活でやつれた印象はあるが、その影すらも彼女の美貌を翳らす事はなく、いっそそれも儚さという危うい美貌を更に与えただけの様な気さえする。

 水の精霊王――碧皇、だ……っ。


(そうか!)


 いつからディードリオンが正気だったか判らないが、少なくとも彼は俺がクリスタルを使えない事、そして魔王がそれを警戒していた事を知ったんだ。だから俺をユーリィに会わせた……!


「ユーリィ、話は後だ。クリスタル、使えるか!」

「判ったわ。水のエレメントの力、貴方に託します」


 結構な騒ぎだったから、もしかすれば状況もある程度は判っているのかもしれない。すぐさまユーリィは頷いて。


「我が、女神の神名が司りし全ての水よ、示現せよ。ユーリュシュカ・アル・アクアイア!」


 ユーリィの掲げた手の平の上に、澄んだ碧色のクリスタルが現れる。その形は一本の百合の花の姿をしていた。


「リシュア、ライラ!」


【お任せ下さい!】

【参ります!】


 俺の声にすぐ様答えた二人を繰り、水のクリスタルを斬る。水のエレメントを生み出す全ての力が二人に宿り、その刀身を透明度の高い碧に染め上げ輝かせた。


「!?」


 壁崩壊の土埃が収まり、開けた視界の中で俺を認め、魔王は輝く刀身の正体をすぐに看破した。


「ハ・イグジェラ!?」

「……何だかな」


 慌てて自分を振り向き、動揺の声を上げた魔王の姿に、ディードリオンは嗜虐的な笑みを浮かべ、楽しそうに呟いた。


「貴様に呼ばれるその名は、非常に腹立たしいわ!」


 今度は魔力を具現化した自身の持ち得る最大の武器で、魔王へと斬り掛かる。合わせて、リシュアとライラを携え、俺も同時に床を蹴った。


「さっきと逆だな!」


 ディードリオンへと向けられた鎌を、潜り込ませたライラの刀身で俺が止める。澄んだ金属音を響かせ、止められた。手応えも軽い。行ける。


 一方で武器を封じられてがら空きになった魔王の胴に、悠々とディードリオンが刃を滑らせる。ローブを切り裂き、くぐもった悲鳴が魔王から上がった。


「この……っ」


 魔王の声に含まれる、明らかな焦りと――怖れ。怒りも見えるが、一番強いのは恐怖だ。


「貴様は戦うには向かんな! 臆病者が!」

「お前達蛮族と一緒にするなよ」


 不快気にそう言うと、阻害されて邪魔にしかなっていなかったいた大鎌を消し、魔王は大きく後退した。

 一定の間隔を開けて、互いに睨み合う。


 ディードリオンと魔王の実力差は実際の所明らかだし、クリスタルを得て力は増したとはいえ、俺も深手を負ってて長く激しくは動けない。長時間の立ち回りは不可能だ。


「……時が悪いな」


 ちらりと窓の外を見て、魔王は呟く。今でさえ大きく力を落としているのに、更に消耗した所をもう一人――多分俺達の中でディードリオンと並んで容赦ないだろう、ネクスに襲われるのが嫌なんだろう。


「ハ・イグジェラ」

「何だ」

「やはり人は信用ならないね。使えない」

「信用などしてもいなかった奴の台詞じゃない。大体これは、俺の意志でもない。今の状況にのみ言うなら、貴様が信用せずにおくのは貴様の実力だけだ、下衆が」


 冷やかに応じたディードリオンに、ふんと魔王はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「それでもお前のした事が消える訳ではないけどね」

「当然だな」

「どう償うか、楽しみにしてるよ。ケダモノ」


 最後に一言、ディードリオンの心を抉るために台詞を吐き捨てて、魔王は足元に広げた闇に沈んで、消えた。


(……行った、か)


 あの性格なら、帰ったと見せかけて不意打ちぐらいして来そうだと思ったが、どうやら今回に限っては杞憂のようだ。戦うのに向かない、というのは確かなようだな。ありがたいけど。

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