第八十三話
「ああ」
「君じゃ勝てないよ。まあ、僕は別にいいけど。自分から死にに来るなんて、酔狂だね」
「逆だろ。お前は後ろからしか襲って来ないタイプだ」
そして勝てる戦いしかしたがらないタイプだ。
しないタイプだ、とは言わない。
「……それは言われた事なかったな」
少し思い返す様な間を置いてから、魔王は認めて頷いた。
「でもそうかもね」
「つまり、今本調子じゃないんだろう」
降り立ち構えを見せた上で、俺を引かせようとした。こいつがそんな親切な訳がない。
「ジ・ヴラデスに、それなりに手傷を食らったみたいだな?」
「……本当、嫌いだよ。色ボケ女は手に負えない」
どうやらやはり、俺の推測は間違っていないらしい。
俺にすら負ける可能性があるから、今は戦いたくなかった。けれどここに居座ってたのは、ディードリオンと戦って消耗した後で、俺の首を取りたかったからだろう。
(やれるうちに、やるしかない)
こいつが忌避したって事は、可能性はあるって事だ。上手くやれば、きっと。
「あいつはどうした?」
話が出たついでに、少し心に引っ掛かってた事を一緒に聞いてみる。
「何、気になるの。精霊王が、魔王を?」
「何かおかしいか?」
嘲笑しようとして、しかし平然と答えて返した俺に、魔王は不快そうに笑いを引っ込めた。
「精霊王が、魔王を、心配?」
「助けてくれた相手だからな」
巻き込みやがった相手でもあるけど。
「――ふざけるな!」
しかし俺の答えは余程魔王の気分を害したものだったらしい。今まで、それでも大した戦る気は見せていなかったのに、いきなり大鎌を作り出し、両手に握る。
「汚らわしい! 貴様になんか、精霊王である資格なんかないんだ!」
「っ!」
向けられた言葉はただの偶然だろうが、俺をぎくりとさせるには十分だった。
――そして次の言葉は、偶然ではありえない正確さで、俺を戦慄させた。
「死んで詫びろ! 簒奪者!!」
「――ッ!?」
叫ばれた怒りの台詞に、相手も頭に血が上っているんだろう、無駄に大振りな大鎌の刃を、俺も同程度の動揺で対処の反応が遅れる。
【皓皇様!!】
「っ!」
リシュアに叫ばれ、慌てて後ろに飛びのく。胴を真っ二つにしようとしていた刃がぞり、と大きく肉を削った。
「――っ!!」
堪らず膝を着き、その場で輝治癒を掛ける――が、相手も待ってなどくれない。
「死ね!!」
「皓皇様、失礼します!」
切羽詰まった声と共に、リシュアは武器化を解き、俺からライラを奪って自ら魔王の刃を受け止める。
【あぅっ!!】
「ライ……っ」
「耐えなさい!」
軋んだ刀身にライラが悲鳴を上げるが、リシュアは一喝しただけで刃を引かない。従具精霊の武器としての力は、本人と、使い手両方に依存する。
俺の力でも敵わないのに、リシュアじゃ無理だ……!
急いで、強引に傷口だけを塞ぐ。数度打ち込んで少し相手も冷静になって来てる。もう危ない。
「リシュア、ライラ!」
力不足は二人とも判っているから、呼び掛けに応えるのも早かった。反撃を一切考えない大きなバックステップで俺の近くまで戻って来ると、すぐさま武器へと姿を変える。
「――我、この一撃でエレメントを打ち砕かん!」
「!」
魔王の叫びは俺達への脅し、ではない。その一言には強い魔力が籠っていた。放たれた誓いの言霊は、黒の大鎌に更なる魔力を注ぎ込む。
「デス・ソウルリッパー!」
『呪い』ではなく、『死』を冠した魔力の塊。肌でその不吉さはありありと感じ取れる。これはヤバいっ!
受けるのも無謀と判断して、俺は振るわれる鎌からただ身をかわす。
「我が一薙ぎ、我が魔力の残滓は死の欠片となりて大気に舞う!」
「天上の光幕壁!」
どうやら、魔王の発する言葉は言霊として力を持つらしい。何が起こるのか判りやすくはあるが、その分言った者勝ちの器用な力とも言える。バレても力押ししてしまえという発想も魔力らしい。
しかしそれでも魔力は魔力だ。範囲結界を張って魔力をエレメントで捩じ伏せる。
それでも、大元の力にまだ差があるせいで、全て完璧に駆逐出来た訳ではなかった。
「――ごほっ」
つい吸いこんでしまった魔力の欠片に咽て咳き込む。結界で相殺した分マシにはなってるはずだが、それでも欠片だけで体内のエレメントが食い潰されたのを感じる。
「弱い、弱過ぎるな、皓皇!」
「っ……!」
嘲笑と共に振るわれる魔王の大鎌を、ただ避けるしか術がない。だがその一撃を食らわなくても、相殺しきれない魔力が確実に俺達から力を奪っていく。
(何だ、この感覚!)
こいつとやり合うのは二回目、一回目は戦いとも呼べるものじゃなかったから、これが一回目カウントでいいだろう。お互い手の内は知らないはずなのに――
こいつが、俺のやりずらい手を打って来るのはただの相性の問題か?
「はっ、はははははっ。そうさ! そうだろう!」
ただの嘲笑だった笑い声が、次第に興奮がまじり、歓喜のそれへと変わって行く。――何だ?
「お前、クリスタルを使えないんだろう。使えるなら使わないはずがない!」
「さあ、どうかな!」
背筋が冷やりとしたが、顔には何とか出さずに済んだ……と、思う。クリスタルを使えないのは弱みだ。知られるべきじゃない。
ただのカマ掛けなら大丈夫なはずだ。消耗が激しいのはアリストを見て知っている。使いどころを考えているという言い訳も、通じるはずだ。大丈夫……!
「詰まらないハッタリはいらない。ふふ……っ。そうだろう、そうじゃなくちゃ……っ。お前に使えるはずがないんだ!」
「――?」
興奮気味に喋る魔王の態度と言葉に、俺は違和感を覚えた。
(俺がクリスタルを使えないってのを言ったのは……ただの当てずっぽうじゃないってのか?)
何かの確証がなければ『そうでなくては』とは出て来ないだろう。
「……お前は……何か知ってるのか」
「知ってるとも。全部――全部を! 言っただろう! 『簒奪者』と! 貴様には何の資格もない! クリスタルを使えないのなど、当然だ!」
「――!」
当然――……っ。
そこまで言われる確信とは、一体、何が。
(い、や……)
違う。それは逃げだ。判ってるんだ、俺だって。
(もう……言われてる……!)
本人が言っている。俺の事を、『簒奪者』だと。
俺が彼から、奪ったのか。
俺が持ってる中で『簒奪』と言われる様な物は、一つだけだ。
(――『皓皇』――?)
けどそんな物、奪えるのか? でも――でも奪ったから、言われてるんじゃないのか!
だって俺には、判らないんだ――!!
「どうした!? 皓皇!」
「っあッ!」
動揺のせいでかわし損ね、腕に浅く刃を受けてしまった。薄皮一枚程度だったのに、刃が体に触れた瞬間、エレメントが大きく破壊されたのが判った。
(まず、い……っ)
上手くやれば勝てるだろうと言う目算だったのに、上手く戦ったのは相手の方だった。妙なやりずらさと動揺が足を引っ張ってくれたのもあるが――完敗、だ。
「少しは罪悪感でも感じてるのか?」
「……っ……」
判らない。感じるべきなのかどうかすら、判らないけど――。
「ふん。今更後悔されても遅い。後悔も懺悔も、現実を何も変えはしないのだから」
鎌を携え、最後の断罪を加えようとする魔王から、俺は自然、一歩、二歩と後退し――。
がっ、と足が何かに突っかかって、つい視線を足元にやる、と。
「――!!」
転がっていた何かは、フィレナの体だった。少し離れた所には、タタラギリムも。
「ふふ……っ。そっちも、決着、付いちゃったね」
「後は貴様だけだな、皓皇」
魔王とディードリオンに挟まれる形になって、逃げ場を失う。
「にい……さま……」
俺がぶつかった事が多少の気付けになったのか、フィレナがか細く、必死に声を紡ぐ。
しかしそれにも、ディードリオンは最早一瞥もくれない。俺を倒した後で首を刎ねて黙らせればいい、そう言いたげな無関心さだった。




