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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第八十一話

(見えた!)


 レトラス軍の背面に辿り着く。攻略部隊には悪いが、ここも目的は通り抜ける事なので、参戦はしない。


輝大震衝(エル・クエイク)!」


 進行方向中心を狙って、大地を揺るがす。後ろから思いきり不意打ちを食らった形だから、耐えられずに魔人の多くが膝を着いた。


 突っ切ろうとした俺の隣で、ユニコーン二頭が鳴き声を上げる。精霊魔術の一種だったんだろう、強風が巻き起こり、倒れた魔人を更に転がして道を開けてくれる。


「精霊だ!」

「馬鹿な! 突破して来たのか!?」

「そんな報告はない! 前線指揮官は何をやっていたんだ!?」

「――死にたくなければ、どけ!」


 無事だった三方の兵士達から次々に声が上がる中、俺は周囲に負けないよう声を張り上げる。聞いて貰える期待はあまりしてないので、道は勝手に作らせてもらうが。


輝氷の槍エル・アイシクルスピア!」


 直線状に一本の太い氷の槍を打ち込む。速さは抑えたから、避けようとすれば避けられる。けれど、道は出来た。


「皓皇様!?」


 敵陣を突っ切ってきた俺達の姿を認めて、マトルトークの兵士が声を上げる。


「フィレナは!?」

「城へ行かれました! あの、一体何が――」

「変更は何もない! このまま頼む!」


 俺の勝手でここに来たが、作戦に変更はない。言う事も出来ない。しかし事情を問う事はせず、兵士は俺に敬礼だけを返して来た。


 レトラス城の門前まで来て、ユニコーンから降りる。まだ行ける、というように不満げに三頭は俺を見たが、首を撫でて俺は左右に頭を振った。


「城内は蹄痛めるし、走れないからな。こっちを頼む」


 片が付くまでこっちの戦線にも持ってもらわなくては困るのだ。ここを守ってもらうのも重要な役回りである。

 俺の言葉に小さく鼻を鳴らし、不満そうではあったが、頷いてくれた。エレメントの属性に気質も影響するのか、アイルシェルにいるユニコーンよりも若干好戦的な気がするな。


 とりあえず、城門前はもうフィレナ達によって突破されているので、問題なく中へと入れる。


(……うく……っ)


 しかし門を潜った瞬間に、思わず足を止めてしまった。


 ――血臭、だ。しかも、濃い――……。


 こっちに来ているのは人間と水蛇族がメインだから、生々しい斬り合いや、中には馬鹿力で体を真っ二つに裂かれた遺体など、凄惨な有様を晒す様相になっていた。しかも人数が半端じゃないから、マトルトークの時とは全く違う。


 生理的に込み上げてくるものを、唾を飲み込んで何とか抑える。光景でリタイヤしている時じゃない。


【大丈夫、ですか……? ご無理はあまり……】


「ごめん、大丈夫だ。行こう」


 吐き気は感じるが、これは本当にただ気分の問題だ。体自体が拒否しているとか、そんな事もない。

 動揺のないリシュアやライラと同じように、皓皇にとっては見慣れた光景なんだ、これも。視覚は勿論嗅覚だって、情報以外の意味は感じていない。


 リシュアに応え、先へと進む。まだ戦闘は続いていて四方から剣戟の音や爆音、悲鳴が上がってるから、どこへ向かえばいいのか少し迷った。


(……どうして)


 本当に、こうしなけりゃならなかったのか?

 フィレナに国を渡すためだって言っても、こんな――……


 とにかく上りの階段を捜して、見つけた端から上の階へと向かう。

 ディードリオンは逃げるつもりはないだろうから、傲慢な支配者らしく、きっと上で待ってるだろう。そこに至るまでの道筋で多くの魔人を殺させる為にも。


 同じ『城』という括りでも、マトルトークとは訳の違う広い敷地を駆けて――見付けた。大きく開かれた両開きの大扉。他の部屋とは装飾のランクからして違う。


「――フィレナ!」


 絶対にこっちにいるはずだ。そう思って飛び込んだ部屋に、確かに役者は全員揃っていた。

 フィレナ、タタラギリム、ディードリオン。


「ハルト!?」

「皓皇!? 何じゃ、どうした!」


 飛び込んで来た俺に動揺の声を上げたのはフィレナとタタラギリムだけだったが、その程度は、実はディードリオンも同程度だっただろう。


「茶番は終わりだ、ディードリオン」

「……茶番か?」


 くっ、と唇を歪めて笑い、微かな間を置いてからディードリオンは俺に向かって駆けて来た。はっとフィレナが剣を握り直し、その前に立ち塞がる。


「兄様、覚悟!」

「煩い」


 突き出されたフィレナの細剣を圧倒的な質量差のある長剣で払い、金属補強された軍靴でその柔らかい腹を蹴る。


「ぁ……っ」


 よろめいたフィレナを、躊躇いなく拳で顔を殴り、自分の進行方向からどかすと、俺へ向けて駆けてくる。


「お前っ。女だぞ!?」

「戦場に立つ者に、男も女もあるか。顔が大事なら引っ込んでいろ」

「このッ!」


 正論だが、この茶番劇出は相応しくない。だからこそ、ディードリオンもやるんだろうが。


「いい加減にしろ、馬鹿兄貴!」

「……っ」


 俺の持つリシュアとライラの力を見て取って、僅かにディードリオンは避けるように身を引いた。武器を守ろうとしている。

 左右から振るわれる二刀を、後退して避けつつ、無理な物は弾くが、剣を使うのは最小限に留めている。


「お前も魔剣は使いたくないみたいだな?」


 多分フィレナにこそ聞かれたくないだろうから――ここで言ってやるよ、俺が。


「黙れ!」


 俺が自分の目的を判っているのを理解して、ディードリオンは青ざめた。素早くエレメントの長剣を鞘に仕舞うと、魔剣を作り出す。


(そこまで喋られたくないか)


 使いたくない魔剣を使ってまで、どうしても避けたいらしい。


 ――喋るけどな、俺は。


 フィレナにも判りやすく教えるため、わざと俺は突っ込んでディードリオンの振るった剣を真正面から受け止める。途端、慌ててディードリオンが力を抜くのが感覚で判った。


「もういいだろう。いくらフィレナの治世を楽にするためだって言っても、こうしてる間にも、お前が残したい人材だって殺されてんだぞ!」

「煩い、黙れっ!」


 ディードリオンの魔剣をリシュアで受け止め、鍔迫り合いの形になったまま、そう叫ぶ。

 ディードリオンが本気なら、勿論こんな状態を維持できる訳はない。それはフィレナにも判っただろう。


「――にい、さま?」


 自分の治世、という単語に反応し、血を吐きつつフィレナは顔を上げる。殴られた頬は青く、すぐに腫れてくるだろうが造作が崩れる程じゃない。ちゃんと綺麗に治るだろう傷痕だ。


「フィレナ、ディードリオンは元々ここでお前に殺されるつもりだったんだよ。レトラスを、ミットフェリンの戦力を纏めた上で! マトルトークに逃げて、魔と戦うお前のためのレトラスだ!」

「っ!?」


 驚愕にフィレナは目を見開く。それからじわり、とのその瞳に涙が浮かんで――


「妄想も大概にしろ!」


 ギリ、と歯を噛みディードリオンの腕に再び力が入って、俺を弾き飛ばす。まだ茶番を続ける気か。


「兄様!」


 体勢を崩した俺に向けられたディードリオンの魔剣の前に、フィレナは俺を付き飛ばし無防備に身を躍らせた。

 リシュアとライラに抗うために持ち替えた魔剣だ、人間の体など、それこそ綺麗に真っ二つに出来るだろう。


「――っ!!」


 俺が受けるか、避けるかする事を前提に、多少の怪我を負うぐらいを計算して振るわれたはずの魔剣。当然威力も十分ある。


 フィレナにも、フィレナに押しのけられた俺にも咄嗟には何も出来ない。

 今フィレナの命を助けられるのは、ディードリオンだけ。

 振るった刃を止める、という行動だけだ。

 そして空を凪いだその刃は――


「……兄様」

「……っ……」


 自分の身に届く事なく止まった魔力の刃に、フィレナは振り向き、真っ直ぐにディードリオンを見詰める。


「言い訳利かないな、これで」

「……」

「兄様……」


 往生際悪く、無言でしばらく俺達の視線に抗っていたディードリオンは、ややあって諦めた溜め息をついた。


「どうしてこんな事……」

「俺が魔人だからだ」

「魔人だからって……そんな。人である事に変わりはないわ!」

「人が妹を襲うと思うのか!!」

「っ」


 怒鳴られた勢いと内容に、フィレナは息を飲んで言葉に詰まった。


「それは人じゃない。ケダモノだ。俺は人じゃない……ッ。もう、魔人だ」


 魔剣を握るディードリオンの手に力が入ったのが、判った。本当は――それでかっ斬りたいのは、自分の首なんだ、きっと。

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