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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第七十八話

 北、南、東――三方の城塞を囲う所まで迫っても、レトラスは反応を見せなかった。常駐軍が十分な数いるから、という事なんだろうが、中央に動きがなかったのが残念だ。


「さて、始めますか」

「冷静なのか、後手に回る馬鹿なのか。――ま、前者なんだろーがな。それでも出さずにいられなくすりゃいいだけだ」


 ニィと好戦的な笑みを浮かべ――ネクスはざっ、と手を振り、叫ぶ。


「撃ェ!」


 フツカセから連れて来られた風の精霊族は、総勢千五百。全員ユニコーン騎乗。

 人数的には相手の三分の一強だが――流石に唯一、魔に拮抗している風のエレメント。視界すら揺らがせ大きく空気を波打たせ、城塞へと風の大砲が襲い掛かる。


 ばうっ、ともはや風を叩き付けているとは思えない、巨大な質量の重たい音がぶつかり合う音がして、城塞にぶつかる前に魔術の風は四散した。


「結界、結構強そうだぞ!」

「ふん。舐めんな。――アリスト」

「はい」


 答えて槍へと変化したアリストを手にする。自分でやるのか。


風陣の砲衝(エア・エリアブラスト)!」


(うくっ)


 自分に向けられたものじゃないのに、出足の段階で耳が圧迫され、少しばかり痛みを感じて思わず抑える。俺が自分の状態にかまけている間に、風陣の砲衝は魔力の壁と衝突し、破壊音と共に魔力の壁を粉砕した。


 邪魔な壁を取り払った事で、かなり長い射程を維持したまま、再び風の精霊族による攻撃再開。

 城壁からの反撃もくるが、散発の上、そう威力を保ったままの攻撃は来ない。下位の防御精霊魔術である風護障壁(ウィンドカーテン)で悉く弾き飛ばされ、一方的に攻撃を食らい続ける羽目に陥っている。


 風系魔術は熟練度の高い者が使えば使う程、射程が長くなる。勿論、遠距離になればそれだけ威力は拡散してしまうが、それでもこうして十分打撃になる程に。


「城攻めには相性いいな……っ。風の精霊魔術」

「魔力が遠距離に向かないってのが幸いなんですよ」


 おそらく、もっと近づいてからの高威力の精霊魔術でしか破られないと思っていたのだろう、想定外の距離から魔力障壁が破られ、一方的に攻撃を受け、動揺しているのが判る。


「どうすると思う?」

「射程が届かないんですから、討って出てくるしかありません。こっちのエレメント切れを待つほど馬鹿な真似は流石にしないでしょ」

「その頃には城壁、絶対落ちてるな」

「そゆ事です」


 耐えて駄目なら、被害を覚悟して討って出るしかない。距離がある上生身だから、今度は本当に狙い撃ちになるが。


「他に手があればまた話は別――っと……」

「……あったみてェだな」


 ネクスの声に苦い物が混ざる。晴れ渡った空に遠くから響いて来る雷鳴。一気に黒い雲が空に広がって行く。

 それだけ見ればただの自然現象と言えなくもないが、違う。魔力を感じる。


「水棲馬、本当に飼い慣らしたんですね」

「……本当に雷呼ぶのか」

「嘘だと思ってたのか?」

「思ってた」


 正直に答えると、ネクスからむっとした目で見られたが――仕方ないだろう! お前だってどいつか一頭とちょっと暮らしてみればそう思うって! 有り得ないけど。


「仕方ねェな。前進開始! 雷撃てねェ位置まで接近しろ!」


 水棲馬の攻撃は雷雨という所がポイントだ。水に濡れた地面に雷を撃たれたら危ない。だが同じ事が相手にも起こるから、ある程度近付けば雷は降らせられない。行くしかない。


 号令に応えて風の精霊族達が俊敏に動く。全員ユニコーンに乗ってるから機動力は高い。アイルシェルに生息している種と比べて、体毛が若干緑がかっているのがフツカセユニコーンの特徴だ。


 ユニコーンの移動速度は人の足となど比べものにならない。雷撃を無防備に食らう前に、一気に城壁まで詰めかける。


「城壁を崩せ!」


 城壁の上から、射程内に入った事で攻撃を仕掛けてくる弓兵・魔術師達は増加したが、無視。

 人数差が激しいので、どうやっても被害が大きくなる。それよりも城塞を崩し突入し、広範囲の魔術で一気に片付けた方が、風の精霊魔術には向く。


 一斉に唱和し放たれる風陣の砲衝。城壁の上にいる魔人達が魔力壁を作ったり相殺させたりと反撃する力に、幾らか威力を削がれつつも――



 ――ごっ!!



 圧倒的な暴風が、数キロメートルに渡って石で積まれた城壁を薙ぎ倒す。


「ハルト、ケルガム、来い! 大将首を取りに行くぞ!」

「い、いいのか?」


 予定と違うぞ! ディードリオンもエレネアも出て来てないし!


「遠くからチマチマ削るつもりだったが、時間掛けてっと被害出る形になったからな。リスク背負ってまで待つ気はねェ。その内どっかにゃ出てくんだろ。行くぞ!」

「判った!」


 崩れた城壁を突破し、城塞の内側へと入る。

 この先がそのまま町なので、ここも突破されないよう入り組んだ作りになってたっぽい――のだが、何分風に薙ぎ倒されて、何も無くなっている。視界の奥には外の物よりは一回り小さいものの、十分立派な内壁がある。そちらも少し、壊れていた。


 そんな有様だから、外壁のすぐ近くで待機していただろう予備兵も、一切ここには存在していない。おそらく皆纏めて吹っ飛ばされてる。


(指揮官は……っ!?)


 隊が乱れている間に押さえたい――と視線を巡らせると、頭上から金属の輝きがちかりと雷光を反射した。


「っ!」

水流斬(アクア・スライサー)!」


 俺とネクスの行く手を阻むように、鋭利な水の刃が眼前を切り裂き、ユニコーンの足を止める。


「いきなり乱暴ね。強引な男は嫌われるわよ」

「生憎、ソレが嫌だって女に会った事ァねェ」


 人によっては殺意を覚えられかねない台詞を吐いたネクスに、クス、とエレネアは艶のある余裕の笑い声を返し、城塞だった瓦礫の上から飛び降りて来た。


「魔神、って所か」

「そうね。でも、そんな呼ばれ方はつまらないわ。私はエレネア・レク・レトラス。貴方のお名前は?」

「風のエレメントの司、奏皇だ!」


 名乗ると同時に、エレネアの間合いにまで切り込み、アリストを振るう。先がどうなるか判らないからだろう、エレメントをあまり消費せずに戦いたい思惑が透けて見える。


 女性一人に男二人が借りってのもどうかと思うんだが、騎士道精神を発揮している場合じゃないので、死角を突く形で俺も参加させて貰う。


風斬(エアスラスト)!」

「んっ!」


 近距離から刃の軌跡に乗せて放たれた風斬を、剣を振って四散させ、直撃を防いで後ろに飛びのく。


輝光(エル・ライト)!」


 飛びのき、着地に動きを制限されたエレネアの後ろから、利き腕なんだろう、右肩を狙ってリシュアを振るう。魔剣と打ち合った強度からして、体の方は斬れると思ってたが、やはり斬れた。


「ぁうっ!」


 決して浅くはない傷の痛みにエレネアは呻いてよろけ、無防備に俺とネクスから距離を取ろうとする。


 ……エレネアのこの行動、凄く覚えがあるぞ!

 装飾の多い軍服は、勿論魔力補強なりエレメント補強なり元々されてるんだろうが、それでも実践に向くとは思えない。


 ――つまり、慣れてない! 俺と同じだ!


「ハッ! 腰が引けてんぜ!」

「っ……!」


 技術はあるが、経験はない。恐れる必要なしと踏んだか、ネクスは魔術は使わず後退したエレネアへ踏み込み、正面から突きを放つ。


「くっ、うっ」


 ギン、と澄んだ音を立て盾にされた剣が砕け散る。

 武器破壊を行った動きを止めぬままモーション少なく首まで刃を上げ、横凪に振るう。確実にエレネアの首を捉えた深さ。――瞬間、ふ、とエレネアの表情がほっとしたように、緩んだ。


(!?)


「ネクス、待て!」

「っ!?」


 下からアリストの刃を叩き上げ、エレネアから刃を逸らす。さっと髪を掠めて逸れた槍の刃先に、エレネアは驚いたように目を見張る。


「ハルト、テメェッ! いい加減にしろ!」


【皓皇様!】


 無理もないが、ネクスとアリストから、同時に非難の声が上がる。


【皓皇様……?】


 流石にこっちは非難とまではいかないが、リシュアとライラも戸惑っているのが手の平から通じる。こっちも、当然だ。


「何故止めるの」

「過剰な攻撃はしない主義だ。……つーか元々、戦る気無いよな?」

「……嫌ね、なくはないわよ」


 俺とネクスに挟まれ、手の置き場に困って――結局組むに留まってエレネアは息を付きつつそう答えた。肩の傷はもう塞がっている。


「殺られる気はあるみたいだが」


 それは戦うつもり、とは違うよな。


「……」

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